第12話 痛み

「なんだ、てめえは?」

Gがリアを睨みつけながら言うと、リアは親指を立てながら笑顔で答えた。

「通りすがりのマゾです!」

「……お前も売られたいみたいだな。商品が増えるのは大歓迎だぜ」

Gがニヤリと笑う。それと同時に白い光線のようなものが見え、何かが凍りつくような音が聞こえた後、冷気を含んだ風が周囲にいる人間の体を撫でた。

アンナが短い悲鳴をあげて、全員の視線がアンナの方に集まる。アンナの腕を掴んでいた男の頭が氷漬けになっており、男は膝から崩れ落ちた。

「魅力的なお誘いだけど」

愕然としているGに向かってリアは言った。

「仕事だからそうもいかないんだよね」


港ではヨーゼフの絶叫が響いていた。アランはヨーゼフの頭を掴み、万力のように握る力を強めている。ヨーゼフは足をジタバタと動かしているが、それから逃れることはできない。

「な、なんなんだあいつは・・・・・・」

ロブが怯えながらアランを見ていた。するとアランはロブの方へと視線を向けて睨みつけた。

「お前もそこを動くなよ。次はお前なんだから」

殺し屋の目をしたアランは、ヨーゼフを掴んでいる手に力を入れる。骨が軋む音が聞こえてきた後、ヨーゼフは呻きながら痙攣するように体を動かした。

「なんで・・・・・・」

ヨーゼフが苦しみに耐えながら、消えそうな声で言った。

「何で分かったんだ、私がこうすると・・・・・・」

アランは冷めた目で見た後、蔑むような声で話し始めた。

「・・・・・・笑ったからだ。お前が俺に殺されそうになっている時にアンナが来ただろう。あの時にお前は笑っていた。アンナを案ずる気持ちがあったなら、あの場面で笑うはずがねえんだよ。殺し屋もいる危険な場所に娘が来れば、その場から逃がそうとするか、自分の本性を知られてしまったと不安になるか、笑顔を見せるようなことはない。あそこで笑ったのは、アンナを利用すれば助かるかもしれないと思ったからだろう。その時点で改心していないことは分かっていた。だがあの場で殺してしまうと、アンナの目の前で殺してしまうことになる。父が犯罪者じゃないと信じきっている状態で目の前で殺せば、計り知れないほどの心の傷を負わせてしまうかもしれない。せめてほんの少しでも傷つかない方法でやらなければならない」

少し心を落ち着けるように、ここで一呼吸置いた。

「アルファとの取引に失敗したお前は、もう一度アンナをアルファに売ろうとするだろうと思った。金が必要なのもあるだろうし、取引が不成立のままだとアルファから命を狙われる可能性もあるからな」

頭蓋骨が割れる音が響いた。ヨーゼフの体が跳ねるように動いて、「ぐあっ」と声が漏れた。

「やめ・・・・・・て・・・・・・。殺さないで・・・・・・」

涙を流しながら弱々しく懇願する。体は小刻みに揺れて、意識は朦朧とし始める。黒目が上を向き始めた。

「お前が犯罪者だということを、しっかりと見せてから殺そうと思った。アンナには辛い思いをさせてしまうが、どの道アンナはひどく傷つく。少しでもアンナが傷つかないようにと思ってこうしてみたが、正直正解かどうかなんて分からない。だからこの後のアンナのケアは死ぬ気でやる。俺が選択したことだ。責任はとるよ」

ほとんど白目をむいている状態のヨーゼフは、痙攣しながら意識を失いかけていた。

「許して・・・・・・」

アランは曇った表情をした後、呟くように言った。

「・・・・・・正直、期待していなかったわけじゃない。お前が改心して罪を償い、アンナが幸せに暮らしている未来を」

骨の軋む音が大きくなる。ヨーゼフが最後の力を振り絞るように叫ぶ。

アランは悲しそうな顔を見せて言った。

「残念だよ」

ヨーゼフが「あっ」と声を漏らした後、骨の砕ける音とともに頭が握りつぶされた。ヨーゼフの意識は途切れて息絶える。

アランは手を開き、ヨーゼフの体は崩れ落ちるように倒れた。倒れた体は一度大きく痙攣してから動かなくなった。

5秒ほどその体を見つめた後、ロブの方へと視線を向ける。

「おい」

ロブは短い悲鳴をあげて一歩後ろへ下がった。アランは威圧するように睨みつけたまま、低い声で言った。

「仲間に連絡しろ。アンナに手を出すなと」

ロブは震える手でスマートフォンを落としそうになりながら取り出した。何度か操作を失敗しながら、Gに電話をかけた。コール音がなっているが、一向に出る気配がない。一度切り、もう一度電話をかけてみる。しかし結果は同じだった。

「……だめだ、出ない」

絶望的な表情でそう言った。それを聞いてアランは頷いて言った。

「そうか。良かった」

「……良かった?」

「全滅したんだな」


男たちは全員息絶えていた。氷漬けにされた者。黒焦げになった者。さまざまな状態の死体がそこら中に転がっていた。

リアは男たちの死体を一瞥すると、つまらなさそうな顔をして去っていった。


「……全滅?」

ロブは言っていることの意味が理解できず、間の抜けた顔でアランを見つめていた。しかし、アランはそれには答えずに睨みつけながらロブに近づいていった。

「お前には聞きたいことが山ほどあるからな。生かしておいてやるよ」

そう言ってロブへと手を伸ばした。


メリルはアンナをPSIの拠点へと連れて帰っていた。そこでアンナは椅子に座っており、メリルはその隣の椅子に座ってアンナの背中をさすっていた。

アンナは顔を手で覆いながら泣いていた。嗚咽しながら手で涙を拭うが、涙は止まることなく流れ続ける。どれだけ泣いても癒されることのない痛みだと分かっていても、その涙を止めることはできなかった。息苦しさや頭痛、吐き気などに襲われて冷や汗も止まらなかった。

「アンナ」

そこにアランが帰ってきた。アランは申し訳なさそうに俯いていたが、意を決したように顔をあげて、泣いているアンナの顔を見た。アンナは俯いたままアランの方を見ずに泣いている。

少し待ってみたが返事はなかったため、アランは話し始めた。

「悪かった。こんな目に合わせてしまって」

しばらくアンナの泣き声だけが部屋に響いていた。少しだけ落ち着いたタイミングで、アンナは口を開いた。

「パパは・・・・・・?」

「殺した」

アンナの体が痙攣したように動いた。泣き声が一層大きくなり、アランは再び沈黙した。

「パ、パパは、死んじゃったの・・・・・・?」

「死んだ」

震える声で言うアンナに、アランはきっぱりと言った。メリルがその様子を静かに見ている。

「パパは、私を・・・・・・」

そこで言葉に詰まり、しばらくその先の言葉を発することはできなかった。それを言ってしまうと、全てのことから目が逸らせなくなってしまうような気がして口をつぐむ。

やがてアンナは泣き声と共に言った。

「愛してなかったの・・・・・・?」

「おそらくそんな事はない」

その可能性はゼロではないが。

「愛情がなかったなら、ここまでアンナをしっかりと育てることなどできなかっただろう。もっと嫌な思い出がたくさんあっただろう。それができていたんだから、愛情はあったはずだ。自分の超能力に気づいたこと、仕事がうまくいかなかったこと、借金をしたこと・・・・・・。そういった様々な要素が重なって犯罪に走ってしまったんだろう」

世の中には子どもを愛せない親は確かにいる。俺の親のように。でもヨーゼフは、きっとそうではなかったはずだ。俺の親とは違ったから。根拠はそんなことだけで、俺はそう信じたいだけかもしれない。アンナはちゃんと愛されていたと。

「俺は父親を殺した男だ。憎んでもらって構わない。でも」

少し迷うように視線を動かした。

「でも、俺はアンナの幸せのためなら何でもするつもりだ。助けてほしいと言うなら必ず助けに行く。やって欲しいことがあれば何でもやる。二度と目の前に現れるなと言うならそうする。俺が嫌なら仲間に頼む。だから絶望しないでほしい。原因を作った俺が言うのもおこがましいが・・・・・・」

「アラン・・・・・・」

アンナの声が聞こえて言葉を切る。アンナを見ると、さっきまでと同じ体勢で泣いていた。

「そばに来て・・・・・・」

予想していなかった言葉に戸惑った。どうすれば良いのか分からず、しばらく立ち尽くしていた。

「アンナ、俺は・・・・・・」

アンナは顔を上げてアランを見た。眉間に皺を寄せながら苦しそうに泣いているアンナの顔が見える。涙で濡れた顔でアランを見つめていた。

「お願い、アラン・・・・・・」

アランに向かって手を伸ばしながら呟く。

アランは目を伏せて考えた。行くべきだ。そう思った。アンナが望んでいるのならそうするべきだ。

しかし躊躇もしていた。本当に行くべきか。メリルを見ると、メリルは優しく微笑んで頷いた。

それを見てアランは足を踏み出した。アンナの隣まで行き、隣にある椅子に座る。

しばらく沈黙が流れる。居心地の悪さを感じながらも、その場を離れることはしなかった。

これは俺が招いた結果だ。俺が傷つけた。俺が追い詰めた。だから俺は全てを受け入れなければならない。

「アランは悪くないからね」

隣からアンナの声が聞こえて思考が止まる。アンナを見ると、涙を流しながらも笑顔をアランに向けていた。無理して笑っているようにも見えて、アランは少し胸が痛くなった。

「だからそんな顔しないで」

そう言うとまた涙が溢れ始め、アンナは顔を伏せた。

「悪いのはパパ。分かってるの。だけど、パパがそうだったことが、パパが死んじゃったことが・・・・・・」

大きな声で泣き始める。悲鳴にも似たその泣き声は、聞いているアランも辛い気持ちにさせた。アンナはアランの体に抱きついた。

「すごく、辛くて・・・・・・。苦しくて・・・・・・」

抱きしめる力を少し強くしながらそう言った。アンナの震えが伝わってくる。

「ごめんなさい・・・・・・」

声を震わせながら言う。

「弱くて、ごめんなさい・・・・・・」

アランは少し迷いながらもアンナの頭に手を置いて、優しく撫でた。

「弱くないよ、アンナ。心は、強い人しか痛まないんだから」

アンナの泣き声は、しばらく聞こえ続けていた。

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