第9話 対決

「お前が、鷹?」

ヨーゼフは信じられないというような顔でそうつぶやいた。

「そうだ」

2人は数秒間、沈黙して睨み合っていた。先に口を開いたのはヨーゼフだった。

「いや、おかしいだろう。鷹の特徴に小柄というのがあったはずだ。お前はどう見ても小柄ではないだろう。それともあの情報は間違っていたということか?」

「間違っていない。小柄だと言われていたのは、あれは10年前の情報だからだ。10年前、俺は11歳で身長も年相応の身長だったからな。どこかで目撃されてしまったんだろう。鷹の正体が子どもだなんて普通は思わない。小柄な大人だと思ったその目撃者は小柄だという情報を伝えてしまったんだろう」

鷹が凄腕の殺し屋だったといっても、いつも目撃されずにいるということはなかなか難しかった。親からは目撃者は全て殺せと教えられていたが、アランは一般人を殺すことはしなかった。殺せなかったと言った方が正しい。幸運にも仕事では裏の仕事をしている人間がターゲットだったことしかなかったため、仕事はうまくやれていた。

「11歳で殺し屋をしていたっていうのか」

「そうだ。殺し屋として育てられたからな、させられていたっていう方が正しいかも知れない」

まだ何か訊こうとしてくるヨーゼフを無視して、アランは話し始める。

「俺の話はもういいだろう。お前の話をしよう。どうしてこんなことをしたんだ?まさか、金のためだとか言わないだろうな」

比較的穏やかに話し続けていたアランが、急に圧のある殺気だった顔で睨みつけ、ドスのきいた声で言い放つ。

「アンナをこれだけ傷つけようとしたことに、納得できる理由がもちろんあるんだろうな」

ヨーゼフは怯みそうになったが、それに気づかれないように笑った。

「ごめんよ、君の期待には応えられない」

ヨーゼフは邪悪な笑みを浮かべた。

「金が欲しかっただけだ。最近借金もしてしまってたしね」

「……期待した俺が馬鹿だったよ」

アランは怒りを隠そうともせず、目を見開きながら殺気を込めてヨーゼフを睨みつけた。

「お前は処分してやる」

「偉そうに。お前も犯罪者だろ」

挑発するようにヨーゼフが言って嘲笑する。

「私の超能力を甘く見ているだろ」

ヨーゼフはポケットからリモコンのようなものを取り出し、アランによく見えるように持った。

「世の中には知らないことってのがたくさんあるんだよ」

スイッチを押すと、事前に設置してあった機械から白い煙が吹き出した。その煙は辺りを曇らせていき、少しずつお互いの姿が煙で見えなくなっていった。

「この煙は高濃度の硫化水素だ。これを吸い込むと死んでしまうぞ」

ヨーゼフは勝ち誇ったようにそう言う。アランはその煙を見つめる。

この煙は無害な煙だ。だが嘘っぽかろうが、どれだけ疑わしかろうが、これが硫化水素ではないと分かっていなければ私の超能力は効く。疑うことができなくなってしまう。近づけずにいる間に私は逃げさせてもらう。そしてこの煙に囲まれて動けなくなったお前を、仕掛けてある爆弾で吹き飛ばして終わり。お前の負けだ。

「無知って怖いねぇ」

ニヤリと笑ってそう言った。

「そうだな」

その瞬間煙の中から腕が伸びてきて、ヨーゼフは頭を掴まれた。

「むぐっ!」

驚く暇もないほどの速度で壁に頭を打ちつけられる。世界が歪んだような感覚になり、激痛に襲われた。額から生暖かい液体が流れてくるのを感じて、それが血だと気づく。パニックのような状態になり、状況を把握できない。微かに冷静さを取り戻して、頭を握られたまま宙に浮いている状態になっていることを理解する。

「ぐっ、なん、で……」

なぜ躊躇なく煙に触れられる!

「適当なことを言っても通用する超能力に甘えて勉強を怠ったな」

「ど、どういう、意味だ……」

「有毒な気体を調べて名前だけ覚えたんだろう。その特徴まで調べてないな。硫化水素は孵卵臭がするんだよ。これは無臭だ。これが有毒な煙ならわざわざ硫化水素だと嘘をつく必要はない。嘘をついたのはこれが無害な煙だからだ。おそらくスモーク液を使っているんだろう」

「う、うぐ……」

「いいか、覚えておけ」

嘲るような声でそう言うと、アランはヨーゼフの耳元に口を近づけた。それから囁くように言う。

「騙すのにも知識は必要なんだよ」

ヨーゼフは震えながら自分の頭を掴んでいる腕を掴み、逃れようとしたが無駄だった。アランの腕力の方が圧倒的に強かった。

「お前は死ぬ気が全くない。だから思い込ませられるなら無害な煙で十分だ。だがな、それはあくまで思い込ませられるならだ。俺は勉強が趣味でな。様々な分野の知識を有している。医学、薬学、物理学、化学、生物学、数学、言語学、心理学、社会学、法学、天文学、それ以外もいろいろな。当然、俺にも知らないことはたくさんある。だが、それが何かお前には分からない。お前が知っている程度のことは、俺は全て知っているからだ」

軽蔑の目を向けながらアランは続ける。

「自分に必要な勉強も怠っているような奴に俺を騙すことはできねえよ」

ヨーゼフは必死にアランの手を外そうとするが、びくともしない。アランは握る力を強めた。骨が軋むような音が聞こえたと同時に痛みが走る。

「ぐあっ!」

宙に浮いた足がジタバタと暴れるが、状況は全く変わらない。完全に力負けをしている。どうすることもできない状況に絶望感が広がる。恐怖と痛みに支配され、失禁しそうになる。

「どうした?振り解いてみろよ」

「ぐううう……」

「……そうか、できないか」

握る力がさらに強くなる。頭蓋骨が割れそうな感覚に襲われ、ヨーゼフは悲鳴を上げながら暴れ回る。しかし、それも無駄な足掻きでしかなかった。

「体を鍛えることも怠っているのか?」

頭蓋骨にヒビが入ったと思った。そんな感覚があった。

まずい、まずい、殺される!

「口でも勝てない」

助けて!助けてくれ!

「力でも勝てない」

やめてくれ!

「お前は一体、俺に何で勝つつもりなんだ?」

皮膚が破れ、血が吹き出した。ヨーゼフは悲鳴をあげ続けた。

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