第7話 違和感

「鷹には特徴があるんだ」

リロがそう言うと、全員が注目した。

「特徴?」

「そう、まず1つ目」

リロは人差し指を立てて、焦らすようにゆっくりと歩きながら全員を見回した。全員の視線が集まっていることを確認すると、ニヤリと笑って言った。

「大柄な男だ」

沈黙が流れる。当然だった。一般的に知られているのは小柄な男という特徴だったからだ。そもそもそんな情報はほとんどの人が知っているような情報だ。それをこんな勿体ぶって話すなど、そんな当然のことすら知らないのかという印象を与えてしまっていた。しかもその情報が間違っているのだから、信用などできるわけもない。

「あの、小柄で性別は分からなかったんじゃなかったんでしたっけ?」

ヨーゼフが控えめな声でそう言うとメリルが圧のある笑顔でリロに迫った。

「あれぇ、おじさん?」

「あれ?」

リロは空気が悪くなっていることに気づいて少し表情を引き攣らせた。慌てた様子で手を振りながら笑った。

「あー、2つ目は大丈夫だから!」

そう言うと懲りずに人差し指と中指を立てて、自信たっぷりに話し始める。

「2つ目。鷹は若者だ」

「若者じゃないって聞いたけど」

「えっ」

間髪入れずにヨーゼフに反対意見を言われて、リロは冷や汗を流しながらたじろいだ。殺気を感じて横を見ると、目の前にさっきと同じ圧のある笑顔をしているメリルが立っていた。

「あ」

「もう流しちゃおうよ、このおじさん」

「え、どこに?」

「トイレに」

「トイレに⁉︎」

このままではまずいと思ったのか焦った様子で、今度は3本の指を立てて話し始めた。

「まだ3つ目があるよ!」

その3つ目を発表しようとするリロはさっきまでと違い、不安げな表情で声も小さくなっていた。少し怯えたような声でゆっくりと話し始める。

「筋肉質、だったり……?」

ヨーゼフは呆れた表情になり、戸惑いながらもそれを否定した。

「いや、細身だったと思うけど……」

「えっ!」

「おじさん」

さっきよりも激しい殺気を感じてリロは恐る恐る振り返る。予想通りメリルが立っていた。

「全部間違えてるじゃん」

「すみません……」

リロはくるりと方向を変え、クラウチングスタートの姿勢をとった。

「どうもすみませんでしたー!」

そう叫びながら力強く地面を蹴って逃げていった。

「あ、待てー!金返せー!」

そう言ってメリルは走って追いかけていった。走って行く2人を見送ってからローニンはため息を吐いた。

「あの情報屋、結局全部嘘ばっかり言ってたね。ごめんね、アラン。無駄な時間使わせちゃって」

申し訳なさそうに笑いながらアランの方を見ると、アランは目を見開いて2人が走り去っていった方向を見つめていた。

「……アラン?」

ローニンが声を掛けてもアランは気づいていないようだった。

……なんだ?

ローニンは何かを感じていたが、それが何なのかは分からずにいた。

何か、違和感が……。

「アラン!」

不意に聞こえてきたアンナの声で思考が途切れた。見るとアンナがアランに微笑み掛けていた。

「そろそろ行こっ」

「……ああ」

とりあえず倉庫に行ってみてから考えても遅くはない。

「すまない。ちょっと行ってくる」

ローニンにそう声を掛けてからアラン達は出発した。


街を抜けて、10分ほど歩いたところにその倉庫はあった。巨大なコンテナが大量に置かれている大きな倉庫だった。周りには人はおらず、自分達の足音以外は聞こえない静かな場所だった。

「ここですか?」

アランが尋ねるとヨーゼフは頷いた。アンナは周りを見回した後、倉庫を見つめた。

「ギャングとかが使ってる場所って考えると少し不気味に見えてくるね」

少し怯えた顔でアンナが言う。

「確かにこの場所はあまりいい噂は聞かないな。犯罪関係でよくこの倉庫の話が出てくる」

ヨーゼフが顎を撫でながらそう答えた。アランも同意した。

「人気もないし、あまり警察もやってこない。何か犯罪絡みのことをやろうと思う連中にとっては都合のいい場所だな」

アランは倉庫のドアを開ける。重みのある横開きのドアを開けると、コンテナがたくさん置かれて迷路のようになっている光景が目に入った。思ったよりも明るいことに気づき見上げると、上の方にある窓から光が入ってきていることに気づく。窓の数は結構多く、倉庫の中がそれなりに明るく照らされている。それでも薄暗いので、遠くは少し見えづらいが全体の様子がわかる程度には光が入っている。

地面には酒の瓶や煙草の吸い殻、ビニール袋などがところどころに落ちていた。近づいて煙草の吸い殻を拾い上げてみると、それが最近のものであることが分かった。

「この辺のゴミは事件の関係者のものかもしれないから、鑑識に調べてもらおう」

他に何か手掛かりになるようなものがないか確認しようと、周りを見回した時だった。離れたところにあるコンテナの陰から銃口をこちらに向けている人影を見つけた。銃声が響いたと同時にアランは頭を下げ、銃弾を避ける。銃弾はコンテナに当たった。

アランはヨーゼフの近くにあるコンテナを指差し、「そこに隠れろ!」と叫んだ。ヨーゼフは困惑しながらも指示に従い、コンテナの陰に隠れた。アランは驚いているアンナを抱きかかえ、近くにあるコンテナに向かって走った。銃口がこちらに向いているのが視界に入る。アンナが被弾しないように、自分の体でできるだけアンナの体を隠しながら走る。しかし、銃声はしないままアラン達はコンテナの陰に隠れることができた。

2発目は撃ってこなかったか。

コンテナから少し顔を出し、相手の様子を確認する。先ほどと同じ場所に人影があった。

まだいるな……。

その時、背後から啜り泣く声が聞こえてきて振り返る。アンナが膝を抱えた状態で震えており、怯えた表情で泣いていた。突然襲われて怖かったのだろう。

「心配するな。怖がらなくていい」

泣いていたアンナは顔を上げてアランを見た。アランはいつも通り無表情に近い表情をしていたが、その瞳には優しさを感じられたような気がした。

「アンナにも、アンナの父さんにも傷ひとつつけさせない」

アランはアンナの目を見つめながら言った。

「必ず守るよ」

「……アラン」

アンナはアランを少し見つめたあと、涙を拭いた。

「そこでじっとしてろ」

相手の様子を確認しながら言う。

さて、どうするか。

上着の裏に隠していた拳銃を取り出し、アンナに渡した。

「1つだけお願いしてもいいか?」

アンナは少し驚いたような顔をした後頷いた。

「この拳銃の先が相手に見えるようにここで持っていてくれないか。だが、手はしっかりコンテナの陰から出ないように気をつけろ」

「それはいいけど、この銃で攻撃したらいいんじゃない?」

「一応持ち歩いてはいるが、銃の腕前はイマイチなんだ」

「そっか……。わかった」

「10秒程度で終わらせる」

そう言ってアランは相手から見えないように気をつけながら、その場から離れた。アンナは指示通りコンテナの端まで移動して、銃の先だけが相手に見えるように銃をちらつかせた。


アラン達を狙っていた人影は、荒い呼吸を整えながらコンテナの陰からアラン達の隠れたコンテナの方を見た。コンテナから銃が見えている。

あいつ、銃を持ってやがったか。くそ、どうやって仕留める。

コンテナの陰から見える銃を睨みながら考える。

下手に近づけばやられる。どうする。

そう考えながら歯を食いしばる。

「顔を見せろ」

頭上から声がして声の方を見ると、アランがコンテナの上から飛び降りてきていた。

しまった、あの銃は囮か!

そう気づいた時にはもう遅かった。鈍い音がしたと思った時には自分の頭が地面に叩きつけられていた。数秒遅れて殴り倒されたことに気づき、痛みに襲われた。平衡感覚が狂い、起き上がることもできない。呻くことしかできず、倒れた状態のままアランを見上げていた。アランは倒れている人物の顔を見る。

「……知らない顔だな。ここで鷹と取引か何かをしていたギャングの仲間か?」

それはマッシュルームヘアをした男だった。男は呻きながらもその質問に頷いた。その後、怯えた声で懇願するように言った。

「勘弁してくれ……。俺たちは命令されただけなんだ……」

「命令?」

背後で物音がした。まだ何人かいるのか。アランは焦った様子もなく振り返る。


「これで全員か」

残っていたギャング達を難なく倒したアランは、その中にいたボスらしき男のところへ行った。

「おい、お前がボスだな。……その顔、ヨハンか」

記憶の中から犯罪者のデータベースに関する情報を引っ張り出し、その男がヨハンという男であることに気づく。ヨハンは小さく悲鳴をあげてアランを見た。うまく体を動かすこともできないため、這いずり回ることもできずにアランを見上げていた。

「お前ら、命令されてこんなことをしたようだが、誰に命令されたんだ?」

ヨハンは言ってもいいものか悩んでいたが、観念したように言った。

「た、鷹だ……」

アランは眉間のしわを濃くした。

「鷹だと?」

確かにタイミング的にはそれが自然だろう。

「顔を見たのか?」

「い、いや。顔は知らない……」

「じゃあなぜそいつが鷹だと分かったんだ?」

ヨハンは一瞬ぽかんとした表情をしたが、すぐに恐怖で震え始めた。

「わかるさ、あれは鷹だ……。間違いない……。間違えるはずがない!」

「……?根拠はなんだ」

「私には分かるんだ、あれは鷹なんだ……」

アランは怪訝な顔をした後、口に手を当てて考え込んだ。

なんだ、この感じ……。

アランは強い違和感を感じていた。

何かが、おかしい……。

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