第6話 情報屋
「ほら、行っておいでよローニン」
ローニンの後ろに立ち、背中を押しながらメリルが言う。
リアとメリル、そしてローニンの3人は聞き込みをするために街中を歩いていた。前から30代くらいの女が歩いてくるのを確認したメリルは、ローニンに対してそう言っていたのだった。
しかしローニンは抵抗して行こうとはせず、泣きそうな顔でメリルを見た。
「嫌だよぉ。引かれたりするかもしれないじゃんか」
「えー?そんなのやってみなきゃ分からないじゃん」
「分からないから嫌なんだよ。怖すぎる」
ローニンは幽霊でも見たかのような表情で怯えながら天を仰いだ。
「できるかどうか分からないことなんて怖すぎてできないんだよぉぉぉ」
「臆病なのも大変だねぇ」
じゃあ私が行くかとメリルが思っていると、リアが「私行ってくる!」と言って走っていった。
「すみませーん!」
歩いていた女は振り返る。女の近くまで行ったリアは笑顔で尋ねた。
「殺し屋知りませんか?」
「え、知りません」
そう言って女は急いでその場を離れていった。途中怯えた表情で振り返っていた。
その様子を見ていたローニンとメリルは顔を見合わせた。
「ほら引かれたじゃん」
「そりゃ引かれるでしょ、あれじゃ」
2人とは対照的に、満足げな笑みを浮かべながら2人のところにリアが帰ってきた。
「引かれちゃった」
「よ、良かったね・・・・・・」
ローニンが引き攣った笑顔で答える。
「そ、それより鷹について何か知ってる人なんているのかな」
話題を変えようとしたが、リアは余韻に浸ったままで返事がない。
この子大丈夫かなぁ・・・・・・。
ローニンはとうとう心配になり始めた。心配したところで無意味なのは分かっているので、すぐに切り替えて周りを見回す。
すると、少し離れたところで1人の男が道ゆく人たちに声をかけていた。
「安いよー。情報屋だよー。いい情報売ってるよー。お得だよー」
中折れ帽を被り、スーツを着崩している。顎髭を生やし、髪は前髪からもみあげまではストレートだが、後ろの方はパーマをかけているのか跳ねている。年齢は40歳くらいに見えた。タレ目なのが少し温和そうな印象を相手に与えていた。
「情報屋だって。話聞いてみる?」
「情報ってあんな野菜みたいに売るもんだっけ・・・・・・?」
こんな怪しい部分だらけの情報屋に近づくのは躊躇われた。
「やめとこうよ、怪しいよ」
疑わしいものには近づかない主義のローニンはその場を早く離れたかったが、リアは興味津々の顔で情報屋を見ていた。
行っちゃ駄目だよ、リア。
ローニンは祈るようにリアを見ていたが、リアは駆け出して情報屋のところまで行ってしまった。
「行っちゃ駄目だってば!」
「仕方ないよ。リアはそういう子でしょ」
メリルが笑いながら言う。ローニンも諦めたように情報屋の方へと歩き出した。
「おじさん!情報をくださいな!」
リアが声をかけると、情報屋は愛想よく微笑みながらリア達を歓迎した。
「いやぁ、よく来たね。僕は情報屋のリロだ。よろしく。それにしても僕に目をつけるなんてなかなか見る目のある子たちだねぇ」
どこかへらへらとした感じがして、なおさら疑いたくなる。
「信用できるような情報を持ってるんですか?」
あからさまに疑惑の目を向けながら、ローニンは言った。リロは特に怒ったりもせず、胡散臭い笑顔を浮かべた。
「何を言うんだい。僕の情報は信用できることで有名なんだよ」
「そもそもあなたを知らないんですけど・・・・・・」
「それは君がまだまだ世の中を知らないだけさ。私は地元では有名なんだ」
「地元でか・・・・・・」
これは一気に信用できなくなったぞ。
「おじさんは殺し屋の鷹のことは知ってる?」
リアが質問すると、リロは「ほう」と声を上げた。
「もちろん鷹は知ってるよ。有名だからね。でも鷹の情報は結構高いよ」
「お金なら大丈夫だと思うよ」
メリルが財布を取り出しながら言った。
リロはメモ帳と鉛筆をポケットから取り出した。
「ほう、そうだな。それじゃ、この値段でどうだい?」
メモ帳に書かれた金額をメリルは確認する。メリルの後ろからローニンも見る。
確かに高額だ。これはガセネタを摑まされたらちょっと痛いな。
しかしメリルはあっさりとその金額を渡してしまった。慌ててローニンがメリルに声をかける。
「ちょっと。確かに払えない額ではないけど、騙し取られたらちょっとダメージあるよ」
ローニンが警告するが、メリルは「大丈夫だよ」と能天気な口調で言っている。
「もしかしてあの人のこと信用してるの?」
「信用?まさか。あいつの挙動も発言も何か企んでる奴のそれだよ」
「え、じゃあ何でお金を渡したの?」
メリルは悪戯っぽい笑顔を浮かべてローニンの耳元で囁いた。
「面白そうだから」
「・・・・・・はあ?」
「さあ、おじさんお金も払ったし、その情報を聞かせてよ」
メリルがリロに少し近づいた。
「ああ、そうだね。それではお話ししよう。鷹の重要な話を」
「あんたの名前はなんて言うんだ?」
アランが少女にそう尋ねた。
「私の名前はアンナ・ヴァイツだよ」
「アンナか。わかった。俺はアラン・ガルシアだ。それで、アンナの父さんの話ってのはどんな話なんだ」
アランがメモ帳と筆記用具を取り出してアンナの話を促す。
「パパは記者でね。鷹の記事を書こうとしてて、鷹を追ってたんだ。それである日、鷹に関する重要な情報を知ってしまったんだって。それから鷹に命を狙われ始めたんだって言ってた」
「・・・・・・なるほど。その重要な情報は何のことだ?」
「さあ。話すとお前にも危害が及ぶ恐れがあるって言って教えてくれなかった」
「そうか」
しばらく俯いて考え込んだ後、顔を上げると「お願いがある」と言った。
「父さんに会わせてくれないか。父さんと話がしたい」
「うん、それは全然いいよ」
「助かる。それじゃ早速案内してくれ」
2人はアンナの家に向かって歩き始めた。アンナの家はここから30分ほど歩いた場所にあるという。
「ねえ、さっき警察じゃないって言ってたけど、警察じゃないならアランは何のお仕事してるの?」
アランは少し迷いながらも正直に話した。
「超能力犯罪対策班って聞いたことあるか?」
「あ、知ってるよ。結構いろんな事件を解決してて最近有名になってきたよね」
「そこに所属している」
「え、すごい。有名人じゃん。アランって優秀なんだね」
「有名人じゃないし、別に優秀ってわけでもない」
PSIの名前は世間にも最近になって知られてきたが、メンバーについては公開しているわけではないためあまり知られていない。秘密にしているというわけでもないので、知っている人間もいるし、自分から名乗ることもある。
「PSIのメンバーってことは、アランも超能力者なの?」
「いや。そもそもうちには超能力者は2人しかいない」
「え、そうなの。でも超能力犯罪対策班って言われてるくらいなんだから超能力者を相手にするわけでしょ。超能力者じゃない人たちでなんとかできるの?」
「対応できる奴らが集められているからな」
PSIのメンバーで超能力者なのはソーンとリアだけだ。他のメンバーは超能力を持っていない。
「超能力者じゃないのに戦える人たちっているんだね」
とはいえ無能力者が超能力者と戦うことは危険なことには変わりないし、Sランク犯罪者を相手にする際には1人で対応することはない。基本的にはチームで行動し、リスクを極力減らすようにしている。
「超能力者ってやっぱりビームみたいなの出したりするの?」
「そういう奴もいるが、いろいろだな。何種類あるのかは分かっていないが、大別すると4つだな。それぞれ属性系、神経系、強化系、特殊系って言われているが、アンナは別に覚える必要はない。俺たちにとってはこの分類は意外と重要だったりするから覚えているが」
「何が重要なの?」
「この分類は、能力の特徴で分けてはいるんだが、それ以外にも共通点がある。それは武器にも超能力の影響を与える時にかかる時間だ」
「どういうこと?」
「分かりやすく言うなら、炎の超能力者が超能力を使ってただの剣を炎の剣にするのにかかる時間みたいなものか。そういうことをしようとした時、それぞれ武器に影響を与える時間が違う。属性系はいくつの属性を使うとしても共通して10秒だ」
「めっちゃ時間かかるじゃん」
「そうだ。圧倒的にデメリットが大きいから、そんなことをする奴はほとんどいない。一方で強化系は0.5秒だ。武器を活用してくることが多い。神経系はそれができない。まあ、能力自体が洗脳だったり、記憶の改ざんだったり、幻覚だったりとかだから武器で使うメリットもないけどな。特殊系は1秒。十分使えるレベルだから、こちらも武器に注意した方がいい」
「なるほどねぇ」
アンナは分かったような分からないような微妙な表情でそう言った。
「そんなすごい仕事してるなんて、アランって何歳なの?」
「21歳だ」
「え、思ったより若いんだね。もっと年上だと思った。背も高いし」
「身長は関係ないだろ・・・・・・」
「背高いの憧れるなぁ。うちはパパもママも低いから希望ないよ」
「高い方がいいのか?」
「私は高い方が好きだから。まあ、ないものねだりってやつだよ。アランは低い人に憧れたりしないの?」
アランは背の低い自分をイメージしながらメリットを考える。
「まあ、背が低い方が敵に見つかりにくいし、戦いやすくていいかもな」
「殺し屋かよ」
「そういう仕事だからな。大事なことだ」
「いやまあ、そうだけどさぁ。そういうことじゃないんだよなぁ」
アンナは少し不満げに眉をひそめた。
「アンナは何歳なんだ?」
「私は16歳だよ」
思っていたよりも若かったため、少し驚いてアンナの顔を見た。
「16・・・・・・。学生か?」
「うん。ギムナジウムに通ってるよ」
「そうか。もう少し年上かと思った」
アンナは少しむっとした表情をして、アランを睨んだ。
「それって老けて見えるってこと?」
「いや、大人っぽいってことだ」
「・・・・・・なら許す」
腕を組んで頷きながら言う。
「てかさぁ、勉強って意味あるのかな。役立ちそうな感じ全然しないんだけど」
アランはそう言っているアンナを一瞥した。
「まあ、やりたい事が決まっているんなら必要な勉強だけすれば良いんじゃないか。やりたい事が決まってないならいろいろ勉強しておくことをおすすめするが、別にやりたくないなら必要になってからやればいい」
アンナが何も言わずにいたため、アランがアンナの方を見るとアンナが不思議そうにアランを見ていた。
「アランって意外と勉強できる人?」
「勉強は嫌いじゃない。アンナが思ってるほど役に立たないわけじゃないぜ」
「・・・・・・そっかぁ。ちぇっ、先輩がそう言うなら勉強するか。アランって学校では優秀だったんじゃない?」
「・・・・・・俺は学校には行ってない」
「え?1年も?」
アランは頷き、アンナは横目でそれを見ていた。しばらくアランの顔を見つめてきたため、アランは不思議そうに見返した。
「なんだよ」
「いや、どうして行かなかったのかなーなんて思ったりして」
変な口調なのは気になったが、特にそれには触れずに答えた。
「特殊な環境にいたからだ」
アンナは続きを話すのを待ってみたが、アランは話す気がないようでそれ以上口を開かなかった。アンナはそれ以上追求せず微笑んだ。
「まあ、人それぞれだよね」
30分後、アンナの家に着いた。アンナの家は2階建ての一軒家だった。アンナは玄関のドアを開けてアランを家に招き入れた。アランは家の中に入り、家の中を見回す。一般的な家庭という印象だ。アンナは奥へと進んでいったので、アランも後に続く。
奥にある部屋のドアを開けると、中に長髪で眼鏡をかけた40歳くらいの男がパソコンを触っていた。ドアが開いた音を聞いて男は振り返る。アンナの姿を見て驚いた表情をした。
「あれ、アンナ。もう帰ってきたのかい?随分早い時間に帰ってきたんだね」
「ただいまパパ。実は情報を聞きに行ってたんだけど、その男の人が犯罪者だったんだ。それで襲われそうになって、その時にこの人に助けてもらったんだ」
「そんなことになってたのかい?なんということだ。怪我はしていないか?」
アンナを抱き寄せて、怪我がないかを確認する。怪我がないことを確認すると安堵したように息を吐いた。それからアランの方を向いた。
「あなたが助けてくださったんですね。ありがとうございます。えっと、あなたは?」
「私は警察に協力をしている者です。鷹に命を狙われていると聞きまして、お話を伺いに参りました」
アンナの父親は驚いた表情をした。
「そうなんですか。わざわざ来ていただいたんですね。ありがとうございます。私はヨーゼフ・ヴァイツです。よろしく」
「早速お話を伺ってもよろしいでしょうか」
「はい、それは構いません。町外れにある倉庫でのことなんですが、そこに鷹が現れるという情報を得ましてその倉庫で隠れていたんです。その時点では、鷹が本当に現れるとは思ってはいなかったのですが、1時間後くらいにギャングのボスが現れて、そのすぐ後くらいに鷹が現れたのです。声ははっきりとは聞こえなかったので、話の内容までは正確には分かりませんが、2人は取引をしているような様子でした。ギャングのボスは震え上がりながら、協力すると言っていました。まるで命乞いをするように」
「倉庫、か」
アラン少し考えた後、顔を上げた。
「その倉庫に行ってみましょう。何か見つかるかもしれません」
「ん」
倉庫に向かう途中、見覚えのある人物を見つけてアランは声を上げた。
「あ」
ローニンはアランの姿を見て少し驚いたような表情をした。それから嬉しそうに笑顔になった。
「アランもこの辺に用事があって来たの?」
「ああ、この先の倉庫に用事があってな。ローニン達は?」
そう言うとローニンは困ったような顔で呻いた。
「僕らはこの怪しい情報屋から話を聞くところ……」
「怪しい情報屋?」
見ると、確かに見た目からして少し怪しい感じがする男が立っている。
「お、君も友達かい?」
陽気な感じの喋り方で話しかけてくる。
「アランも一応一緒に聞いてみる?」
「ん……。まあ、そうだな。一応……」
あまり乗り気ではなかったが、有用な情報が得られる可能性はゼロではない。一応話だけでも聞いてみてもいいかもしれない。
「よーし、それでは聞かせてあげよう!とっておきの情報をね」
リロはポーズをとりながら、芝居掛かった話し方でそう言った。
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