鷹編

第4話 任務

「え、殺し屋?」

大学で勉強をしていたリア・アインホルンはシャーペンを机の上に置いて、後ろにいるソーン・マーティンの方を見た。リアとソーンは大学院生であり、仕事のない時には大学に来て授業を受けたり、研究をしたりしていた。ちょうど休憩時間中に連絡が入り、

「そう、『鷹』っていう殺し屋。知ってる?」

手に持っている資料を見ながらソーンが言うと、リアは視線を斜め上に向けながら考えた。かけていた銀縁の眼鏡を外して眼鏡ケースに入れる。

「うん。確か正体不明で凄腕の殺し屋だったよね。でも鷹って10年くらい前に活動してた殺し屋じゃなかったっけ?10年前からは存在が消えちゃったみたいに何の活動もしてなかったと思うけど」

10年前、鷹という名前の殺し屋が裏の世界で名を馳せていた。裏の世界では知らない人間はいないほど有名になっていた。理由は単純で、難しい仕事でも完璧にこなしていたからである。様々な殺しの仕事を請け負っていたため、多くの組織から重宝される一方で同じだけ恨まれてもいた。基本的に仕事を断ることはなく、前に依頼してきた人間を次は別の依頼で殺しに来るというケースも少なくなかった。

しかし、鷹に復讐をしようとした人間は例外なく殺され、生きて帰ってきたものはいなかった。大人数で殺そうとした者もいたが、全員帰って来ることはなかった。次第に鷹に逆らおうとする者はいなくなり、裏の世界では鷹に命令されれば素直に言うことを聞く者が多くなった。

これだけ有名になりながら、その正体は不明である。仕事をするときも証拠を残さず、多くの人間に命を狙われていたときも正体がバレるようなことは一切なかった。それがまた裏の世界の人間たちを恐怖させる要因の一つであった。

そんな鷹が10年前、突然姿を消した。突然の失踪であったため、殺された、死んだという説が濃厚であったが、鷹の強さを知っている者たちにはそれがにわかには信じられなかった。何か企んでいるのではないかと考える者も多くいた。

しかし10年間音沙汰がなかったため、現在では死んだと考えている者がほとんどであった。今回送られてきた情報では、その鷹が最近動き出したという。

「最近金品を奪ったりギャング達を利用して殺人をしたりしているらしいんだ」

リアはソーンの持っている資料を覗き見る。この1週間で起きた8件の強盗と殺人の詳細が書かれている。これの全てに鷹が関与しているということだろうか。

「そっかぁ。何かあったのかな」

ソーンは手を口元に持っていき、考え込む。

鷹は一体何が目的なんだ?この資料を見る限り、金目当ての犯行にしか見えない。だが鷹が金に困ることがあるだろうか?金に困れば殺し屋の仕事をすればいいだけだ。鷹であれば引く手数多だろう。

そこで急に手を握られて思考が途切れた。手を見ると、リアが手を握っている。リアは微笑むと手を引いて歩き始めた。

「まあ、続きはトレーニングしながらしよっか」

まったく、マイペースなんだから。

ソーンは苦笑しながらリアについていった。


PSIは世界中の超能力犯罪に対応するため、世界中のあらゆる場所に活動の拠点にできるような建物が用意されている。建物の大きさは場所によって様々であるが、基本的には3階建で、1つの階に4、5部屋あるくらいの大きさである。今ソーンとリアが利用しているドイツのフランクフルトにある拠点は、拠点の中でも特に大きな建物である。地下にはジムくらいの広さがあるトレーニングルームがあり、建物全体の大きさは大病院と同じくらいである。

そのトレーニングルームで2人は筋肉を鍛えるトレーニングをしていた。

「ぐうううううぬぬぬ」

リアは声を出しながら腹筋の最後の1回をする。腹筋が終わると、そのまま寝転がった。

「はあー、疲れたー」

「お疲れ様」

ソーンはリアを椅子に座らせて、タオルで汗を拭いてあげる。リアは幸せそうににやつきながらじっとされるがままにしている。

「本当疲れるよねー」

呼吸を整えながらリアが言う。

「あ、ソーンとリアここにいたんだ」

入り口のドアのところから聞き覚えのある声がして、ソーンはそちらに視線を向けた。そこには5年前にPSIを作った創始者であるリュカ・ベルトランが立っていた。リュカはメンバーの中でも最年少の18歳であるが、その見た目はさらに幼く見えるほどに童顔である。体は細身であり、戦闘力はほとんど無い。そのため、作戦の立案や指示等をすることが主な役割である。

「やあ。今日もトレーニングしてるんだね。えらいえらい」

「リュカもトレーニングをしにきたの?」

ソーンが尋ねると、リュカは手をひらひらと振りながら爽やかな笑顔をした。

「いや、僕はトレーニングとかしたくない。楽して生きていきたい」

「爽やかにそんな軟弱なことを……」

ソーンが呆れたように言う。

「毎日よく頑張るよね。超能力者って筋肉つきづらいんでしょ?」

「うん、そうだね。毎日3時間のトレーニングをしても、1年で筋肉が少しつく程度だし。2日もサボれば1年分くらいの筋肉が落ちちゃうんだ」

超能力者は筋肉がつきにくいという特徴がある。能力が強力であるほど筋肉はつきにくくなり、ソーンやリアのように最強クラスの能力を持っている超能力者は、トレーニングをしても筋肉はほとんどつかない。あまりにも割に合わないため、トレーニングをしている超能力者はほとんどいないと言っていい。筋肉はある一定の量以下にはならないため、トレーニングをしなくても死ぬようなことはない。その場合筋肉は最低限の量しかないが、超能力が使えるためそれで困ることはほとんどない。

「それってすごく辛くない?僕だったらもうトレーニングをしなくてもいいやってなると思うけど」

「確かに辛いね」

ソーンはそう言って笑う。そこでリアが会話に入ってきた。

「筋肉量が全然増えないから、ずっと初めての筋トレみたいな辛さだし、結果がそれに見合ってないからそれもまた辛い」

いつもよりも低めの声でそう言っているため、もしかして本当に辛いんだろうかと心配になりリアの顔を覗き込む。しかし予想に反してリアは恍惚の表情を浮かべていた。

「最高だよね!」

大声でそう叫ぶリアを無視して、ソーンはリュカに視線を向ける。

「僕は辛いの好きじゃないから全然楽しくないけどね」

「だよねー」

「まあ、でも多少は筋肉をつけとかないと体力が持たないからね。おかげで毎日筋肉痛だけど」

そう言ってソーンは笑う。リュカも「大変だねー」と言いながら笑う。リアも「本当最高だよね!」と叫んでいたが無視する。

廊下の方から賑やかな声が聞こえてきた。

「やめてよメリルー!」

「いいじゃん、ちょっとくらいー!」

怯えた声で叫んでいるのが、下がり眉の男、ローニン・ドルチェである。臆病者として有名で、できるかどうかわからないようなことは怖くてできないという石橋を叩きすぎるタイプである。

それを笑顔で追いかけているのがサイドテールの女、メリル・ミラー。悪戯が好きで、いつも誰かに悪戯をしようと企んでいる。今のターゲットはローニンなのであろう。メンバーの中では最年長の30歳なのだが、こういったところはメンバーの中では最も子どもっぽい。PSI以外でも自動車整備士として仕事をしている。

「世界最恐のお化け屋敷なんて絶対嫌だよー!どこで何が出てきて何をしてくるかわかんないじゃん!」

「大丈夫!根拠はないけど私を信じて!」

「根拠ないのに⁉︎」

「いいからほら、行くよ!」

「嫌だよー!そんなのお化け屋敷得意な人と行けばいいじゃん!」

「何言ってんの。怖がってるからこそ良いんじゃん。怯えきってる顔を見て楽しむんだよ」

「クソ動機じゃないか!」

ローニンは「助けてー!」と叫びながら逃げ回る。そう叫ぶと、どこからか1人の男が突然現れた。それは癖っ毛の黒髪で目が隠れている男だった。アニク・ヴァルマという名前の男である。助けを呼ぶ声に敏感で、助けを呼ぶ声が聞こえると迷いなく助けに行こうとする。

「助けを呼ぶ声が聞こえたけど、僕を呼んだかい⁉︎」

「大丈夫!呼んでないよ!」

メリルがピースサインをしながら言うと、「そうか!わかった!」と言ってアニクは去っていった。

「あーっ!ちょっと待って!」

騒いでいる3人を見ながらソーンは苦笑している。

「楽しそうだね……」

「そうだねぇ」

リュカは微笑ましそうに見ていた。リアが「私も追いかけられたい」と言っていたが、これも無視した。

「今日はみんな集まる日だったっけ?」

ソーンが思い出して言う。

「うん。今日はみんなに新しい任務を伝える日だからね。10人全員集まる予定だよ。アメリカに行ってたみんなもそろそろ帰ってくる頃じゃないかな」

ちょうどそう言った時に、1階の方から物音が聞こえてきた。

「お、ちょうど帰ってきたみたいだね」


階段を上がり、1階のリビングルームに行くと、4人の男女がいた。4人の内、男は1人だけだった。ソファに座っている金髪で体格の良い男、アラン・ガルシアが、部屋に入ってきたソーンたちの方に視線を向けた。その向かいのソファに座っている白髪で垂れ目の風上夢莉(かざかみ ゆり)が、その次に視線を向ける。窓際に立っていた趙凛風(チョウ リンファ)と荷物の片付けをしていたシャルロット・シュバリエが同時に視線を向ける。

「ただいまー。あー、疲れたー」

リンファが笑顔でそう言いながら背伸びをした。

リンファは手品師であり、バーなどで仕事をすることもある。手品師としての技術は一級品であり、どんなジャンルの手品でもできてしまう。また、格闘術も身につけており、近接戦闘においても活躍できる。

リュカはシャルロットのところへ近づいて行った。

「おかえり、シャルロット」

「ただいま戻りました、リュカ様」

シャルロットはリュカに仕えているメイドである。リュカは王族の血を引いており、人員もお金も潤沢にある。PSIの運営に必要な費用は全てリュカが用意している。そんなリュカの元で働いている人員の中でも飛び抜けて優秀なのがシャルロットであり、家事、事務、戦闘等全てを高水準でこなす。

ソーンはユリのところへ行き、笑顔で声をかけた。

「ユリもおかえり」

ユリは慌てて立ち上がり、恥ずかしそうにしながらも「ただいま」と答えた。

「あ、わ、私も頑張ったんだよ……」

自分の髪をいじりながら小さな声でそう言った。ユリは恥ずかしがり屋で、あまり会話は得意ではない。オドオドとしていることも多い。

その時、ユリのズボンのポケットから鍵が落ちた。

「あ、僕拾うよ」

それに気づいたソーンがそう言って拾おうとした瞬間、眼球に向かってナイフが振られて眼球に当たる直前で止まった。驚いた顔でソーンは動きを止めた。目だけを動かしてユリの方を見る。

目を見開いて睨みつけながらナイフを構えているユリがそこにいた。

「私のものに触るな」

怒りに満ちた声でそう言うと、ナイフをしまいながら鍵を拾ってポケットに入れた。

「ご、ごめん……」

またやってしまった。

ユリは自分のものに触られることを異常なほど嫌う。そのため、触ろうとした瞬間にこのように攻撃される。

「またやっちゃったの、ソーン」

リュカが笑いながら近づいてくる。

「うーん、いつも忘れちゃうんだよね」

ソーンが申し訳なさそうにそう言う。

「ユリ普段はおとなしいもんね」

そう言うと、リュカは全員の注目を集めるように手を叩いた。

「さてと、みんな揃ったし仕事の話を始めようか」


全員がリュカに注目したのを確認すると、リュカは資料を取り出してそれを見ながら話し始めた。

「警察から鷹を処理してほしいっていう依頼があったから、対応しようと思う」

「鷹って超能力者なんだっけ?」

メリルがそう言うと、リュカは首を横に振った。

「いや、鷹は超能力者ではないと言われている。でもSランク犯罪者に相当するから、警察では対応ができないみたいだ。そういうわけで僕らに依頼がきたってわけさ」

「なるほど」

「Sランク犯罪者相当の人物と対峙する可能性があるから、鷹の任務に参加するメンバーにはリアを入れておくね。残りのメンバーは、アラン、ローニン、メリルにしようと思う。この件についてはその4人で対応してもらうよ」

そう言うと、残りの5人の方を向いた。

「残りの5人には日本に行ってもらうよ」

「日本?」

リュカはもう一つの資料を取り出した。

「うん。日本の山奥で神様を気取っている超能力者がいるみたいなんだ。こちらの処理を5人にはお願いしたいんだ」

「神様を気取ってるってどういうこと?」

リンファが首を傾げながら尋ねる。

「詳細を書いた資料を後で渡すけど、どうやら村人たちを奴隷のように支配しているみたい」

「へえ」

リュカは必要な書類を持ってきて、鷹の資料を4人に、神様の資料を5人に配った。

「それじゃ、みんな気をつけて行っておいで。健闘を祈っているよ」

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