第3話 十の指

別室では6人の男が机を囲んで話していた。

「あの女、そろそろ情報を吐いた頃かね」

リアを攫ってきた男、バッハがそう言った。

顎髭の男がベイソン、フードを被った男がヒール、角刈りでサングラスをかけたボース、ハットを被ったドレッドヘアのビア、赤髪の男がミリオン。

「あいつの拷問を受けちゃ、あの子正気を保てないでしょうね」

ベイソンがニヤつきながらそう言う。

「俺もやりてえから壊さないでほしいよな」

ヒールの言葉に笑いながら、「趣味悪いな」とボースが言う。

「しかしあの女もついてねえよな。全員Sランク犯罪者の俺たちに捕まっちまうんだから。万に一つも生きて帰れる可能性はねえよ」

そう言ってビアはタバコに火をつける。

超能力犯罪者には、事件の凶悪さ、危険度などからランクがつけられる。Sランクは現時点において最も危険な犯罪者につけられるランクである。

「あの女の運命は決まった」

ミリオンが感情のない声でそう言った。

「くくく……。この世で一番苦しい拷問をしてやろうぜ」

そう言った声が女の声だったため、全員が驚き辺りを見回す。すると何食わぬ顔でリアがソファに座っていた。

男たちは驚愕の表情を浮かべながら、リアから距離をとった。

「なんだてめえ!どうしてここにいる?」

「楽しそうだったから参加しちゃった」

「楽しそうだったから⁉︎」

空気を読めていないようなリアの発言に驚きながら、拷問をしていたはずの男の姿を探す。

「あいつはどうした?」

「あいつって?……ああ、あの拷問してた人?」

リアは困ったように笑う。

「拷問がぬるすぎてさ。拷問のやり方を教えてあげてたら途中で死んじゃった」

「……死んだ?」

あいつだってSランク犯罪者だぞ。あいつを殺せる人間なんて、ほとんどいないはずだ。そんなあいつを殺した?この女が?

戸惑いを隠せずたじろいでいると、リアは恍惚の表情を浮かべた。

「最期にあんな拷問を受けられるなんて、私だったら最高の死に方だよ」

得体の知れない恐怖を感じながらリアを見ていると、リアは恍惚の表情にさらに狂気を加えたような顔になった。

「ところであなたたちは、私を楽しませてくれる?」


轟音が響き、壁に穴が開く。さらにそこから、吹き飛ばされたリアの体が飛び出してくる。

「俺の拳の味はどうだ?」

バッハが壁の穴から出てくる。リアは受け身を取りながら着地をして溜め息を吐く。

「うーん、あんまり期待できないなぁ……」

心底がっかりしたような顔でそう言うリアに、バッハは怒りの表情を向ける。

「ほざいてろよ、女」

リアはニタリと笑って人差し指を立てる。

「あなたにも虐め方を教えてあげなくちゃダメかなぁ」

「殺してやるよ」

リアの指先が電気を纏い始める。

「せっかくだし私の超能力を見せてあげるよ」

こいつ、超能力者か!

「まずは痺れてみる?」

「殺しなさい!」

ベイソンが叫び、ベイソンとボースがリアに向かって駆け出す。その場で止まったままのリアに近づいたところで、リアが人差し指を下から上に振り上げた。

雷鳴とともに、リアを中心に半径約50メートルが雷に包まれた。ベイソンとボースは悲鳴を上げる暇もなく、丸こげになって倒れた。

一瞬の出来事であったため、バッハは何が起きたのかを理解するのに少し時間がかかった。理解した直後、バッハは仲間たちに向かって叫んだ。

「距離をとって戦え!」

バッハの言葉を聞き、ビアが走ってリアから距離をとる。100メートル以上の距離を空けたところで振り返る。しかし、微かに見える遠くにいるリアの表情を見て戦慄が走る。リアは狂気的な笑みを浮かべてこちらを指差していた。

「無駄だよ」

光線がビアに向かって走る。一瞬でビアは雷に貫かれ息絶えた。短時間で3人の仲間が殺され、驚愕するバッハは必死で自分を落ち着かせた。

近距離なら範囲攻撃、遠距離ならレールガンのように撃つことができるわけか……。しかもあの攻撃力……。

恐怖からか、引き攣った笑みを浮かべていた。

化け物め……。

「バッハ、ここは俺に任せろ」

バッハの前にミリオンが立つ。

「気をつけろ。あいつはやばいぞ」

「心配するな。あいつは俺には勝てない」

そう言うと、リアに向かって歩き始めた。

「おい。お前も属性系超能力者なら『耐性』を知っているだろう」

耐性とは、属性攻撃によるダメージをなくす超能力である。超能力には様々な種類のものがあるが、属性系と呼ばれる超能力は炎、水、雷、風、光、闇、氷、草、地、毒の全10属性であり、それぞれに耐性が存在する。属性系超能力者は、自分の持つ属性の耐性も持っているという特徴がある。

「俺もお前と同じ雷の属性系超能力者だ。つまり俺に電気は効かない。お前は俺と物理で勝負するしかないんだ。力で勝負をすればどちらに分があるかお前にも分かるだろう」

ミリオンは勢いよく地面を蹴った。そのままリアに向かって走り、距離を詰めていく。しかしリアは焦った様子もなく、穏やかに微笑んだ。

「雷の痛みを知らないんだね。かわいそうに。でも、大丈夫だよ」

リアはミリオンに向けて人差し指と小指を立てた。

「私なら教えてあげられる」

人差し指から電気が現れ、小指からは炎が現れた。その2つが人差し指と小指の間で混ざり合う。

「えっ」

爆発のようなものが起こると同時に、電気と炎が混ざり合った光線がミリオンに向かって飛ぶ。その光線に包まれミリオンは跡形もなく消え去った。

なんだ今のは⁉︎

「お前まさか、他の属性も使えるのか?」

「そうだよ。それぞれの指から違う属性の超能力が使えるんだ。親指から氷、雷、光、風、炎って感じでね。ちなみに今みたいに混ぜて出すこともできるんだよ」

リアは右手を出し、5つの属性をそれぞれの指から出してみせた。

5つも属性を操れるというのか?2つ使える奴すら聞いたことないぞ!

「耐性のない属性と混ぜるとね、耐性があっても通るんだよ。雷の痛みを知れて良かったね」

そう言うリアの背後から突然ヒールが現れた。

「なら闇で食ってやろう」

ヒールは闇の属性系超能力者だった。ブラックホールのような黒い塊を右手に発生させ、リアに向かって振り下ろした。黒い塊がリアの頭を飲み込み、破裂して黒い煙を煙幕のように発生させた。

黒い煙の中でヒールは勝ち誇った笑みを浮かべた。煙が少しずつ晴れていく。

しかし次の瞬間にはヒールの笑みが消え、驚愕と怯えの表情に変わった。煙の中から現れたのは、無傷のままのリアだった。

「あはっ」

「効いてない……?なぜだ!」

リアは今度は左手を出した。小指を立てると、その指先からブラックホールのような黒い塊を発生させた。

「言い忘れてたけど、闇は左手の小指にあるんだ。私両手のそれぞれの指から違う属性の超能力が出せるんだよ」

バッハはリアのでたらめな超能力を目の当たりにして、もう声も出すことができなくなっていた。

こいつ、5つどころか全ての属性を持っているだと?ありえない!

「じゃああなたには闇の苦しみを教えてあげるね」

両手を合わせて、右手の人差し指と中指、左手の人差し指と小指を立てた。闇と水、そして電気と光が混ざり合う。

「最高に気持ち良いよ」

強く光ったと同時に電気と水を纏った黒い塊が光速で放たれる。それはヒールの体を飲み込み、ヒールは消えてしまった。

バッハは呆然として立ち尽くしていた。

「あ、これさっき家の中で見つけて持ってきたんだけど、ちょっと貸してくれるかな?」

リアは刀を取り出し、両手を広げると刀はリアの前で浮く。左手を鞘、右手を柄に持っていく。

「手応えがなくてつまらないから、あなたはリスキーな必殺技で倒してあげる。10秒間無防備になるからね。いくよ」

そう言うと、集中するように目を細めて動かなくなる。ゆっくりと指が1本ずつ曲がっていき、少しずつ刀を握るような動きをしている。

何をする気だ……?

指は次々に刀を握っていく。

10秒間無防備になるってのは本当か?本当に攻撃しても大丈夫なのか?

左手は完全に刀を握った状態になった。続いて右手の親指が曲がり始める。

これは罠か?それとも……。

中指が刀を握り終える。残り2本……。

まずい!

バッハはリアに向かって駆け出した。一気に距離を詰めていく。薬指が刀を握った。

よくは分からねえが、殺さねえとやられる!

リアとの距離が縮まっていく。しかし、リアの元に辿り着く前にリアの両手が刀をしっかりと握った。

「十指閃(じゅうしせん)」

一瞬電気のような光が現れたかと思うと、リアの姿が消えた。

え?どこへ消え……。

バッハの視界が斜めに傾いた。最初は何が起きたのか理解できなかったが、地面が近づいてくるのを見て理解した。首を切り落とされたのだ。そう気づいた瞬間に意識が飛んだ。首を無くした体もすぐに崩れ落ちた。

十指閃。全属性を刀に与えて相手を斬る技であり、光属性の能力による超光速の斬撃、全属性と物理を含むため耐性をほぼ無視できるという特徴から、防御することはほぼ不可能な必殺技である。この技を防御することのできるのは、全属性と物理に耐性を持っている完全耐性という超能力を持つソーンくらいである。しかし、発動までに10秒もかかるという致命的な弱点を持っているため、使用頻度はかなり低い。技名があった方がかっこいいという理由で技名をつけ、日本語の響きが好きだからという理由だけで技名が日本語になっている。

リアは刀を鞘に収めながら不機嫌そうな表情をしていた。

「せっかく10秒もあげたのになぁ」

バッハを冷たく睨みつけながら、威圧するような声で言う。。

「もっと私を楽しませてよ。つまんないなぁ」

バッハに背を向けて、歩き始める。仏頂面で歩いていると「リアー」と言う声が聞こえてきて、背後から誰かに抱きつかれた。

「おっ?」

抱きついてきたのはソーンだった。リンファにリアの位置を調べてもらい、急いでここに駆け付けたのだった。

「大丈夫?怪我してない?」

ソーンはリアの体を心配そうに見ながら怪我がないかを確認し始めた。

「残念ながら大した怪我はしてません……」

泣きながら悔しそうにリアが言う。

「なんで泣いてんの」

ソーンは呆れながら言ってから、リアを抱きしめた。

「んむっ」

「でも良かった。リアが無事で」

心から安心したようにソーンが言うと、リアは少し頬を赤らめた。

「……ごめんね」

急に謝ったソーンの顔をリアは見る。

「リアが戦ってた人たち、この前僕が倒した人の仲間だった。僕のせいでリアが襲われたんだ。迷惑をかけてごめんね」

抱きしめる力が少し強くなった。ソーンは本気で申し訳なく思っている。そう感じたリアは微笑んだ。それからソーンの頭を優しく撫でる。

「迷惑なんかじゃないよ」

リアもソーンの体を抱きしめた。

「私が迷惑をかけても、ソーン君は迷惑だなんて思わないでしょ?それと一緒だよ」

抱きしめていた体を少し離して、上目遣いでソーンを見ながら「ねっ」と言って笑った。

「リア……」

「それに自分から捕まったんだし」

「……は?」

言っている意味が分からず、リアの顔を見つめたまま固まった。

「なんで?」

「だって拷問してくれるって言ってくれたんだもん」

「何その知らないタイプの狂気!」

そうだ、リアはそういう人だった。

「なんでそんな危険なことをしたの!」

「楽しそうだったから」

「楽しくない!」

「なんで?」

「なんで⁉︎」

全く話の通じないリアに呆れながら、また心配そうな顔になった。

「もう……。あんまり危険なことしないでよ」

リアは少し考えるような仕草をしてから、名案が浮かんだような顔をして「あっ、じゃあさ!」と言った。

「たまにで良いからソーン君が虐めてよっ」

「え」

リアは爽やかな笑顔でソーンを見つめた。

「大好きな人に虐めてもらえたら、最高に気持ち良いと思うんだ。……ダメかなぁ」

上目遣いで甘えるようにソーンを見た。

ところがソーンは本気で引いているような顔をしていた。

「……あれ、引いてる?」

「え、いや、まあ、うん……。ちょっとだけ……」

「あぁぁ……。引かれてるぅ……」

「え、うそ、この子快感に昇華してる!」

ソーンは困ったような表情をしながら少し考える。

「……まあ、でもそうしないとまた危ないことしちゃいそうだし、一応考えてはみるよ」

「本当?やったぁ!」

「いや、できるかどうかは分からないけど……」

「大丈夫!ソーン君ならできるよ!」

「ええ……、なんか励まされた」

どうしたものかと困っているソーンの横でリアは「楽しみだなぁ」と能天気に言いながら、ソーンの手を握った。ソーンは溜め息を吐きながらも、リアの手を優しく握り返して歩き始めた。

「今日はどこに遊びに行こっか!」

リアは楽しそうに笑いながらそう言った。

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