第12話 再びのお仕事(2)【ユリアーナSIDE】


「はい。確認いたしました。どうぞ……」


 ドラン子爵の浮気調査のための夜会当日。

 私は、招待状を見せて夜会会場に入った。

 夜会というのは基本的にはパートナーと出席する。

 王家主催の夜会や、格式の高いパーティーなら絶対にパートナーは必要だ。だが、今回はそれほど厳粛な夜会ではないので、パートナーが居なくても問題ない。

 そもそも、ドラン子爵の浮気調査で来ているのだから、パートナーが必須の夜会では夫人を伴っているので、浮気はしないので意味がない。

 私は、会場に入って内部を一通り確認すると、ホールに向かい壁際に立った。

 まだ会場に主催者はいないので、パーティーはまだ始まってはいない。

 

 私は会場を見渡してすぐに目的の人物を見つけた。


 いたわ……。


 ドラン子爵は、今年で五十三になったはずだ。姿絵よりも太っている。正直に言うと、それほど浮気を心配する容姿には見えない。

 ところが……。


 あの人が秘書?! 想像以上に美形だわ……。


 彼の隣には薄い茶色の髪に、翡翠色の瞳を持つまさに美少年という青年が立っていた。浮気を心配するのなら彼の浮気を心配した方がいいのではないだろうか? 彼は情報では未婚だが……。


 令嬢たちも、ドラン子爵にあいさつに行き、明らかに子爵の隣に立つ秘書の男性ばかりを赤い顔で見ている。

 あれ? 秘書の方が人気じゃない??


 不思議に思っていると、会場内に歓声が巻き起こった。

 歓声がした方をチラリと見たが令嬢たちの壁で見えない。


 私は、調査対象のドラン子爵を見失わないように、急いでドラン子爵に視線を戻した。

 すると周囲の令嬢の話声が聞こえて来て、先ほどのゲストの正体が発覚した。


「うそ……フレン様だわ」

「男爵家主催のパーティーに侯爵家のフレン様が?! 信じられない!!」

「今日なら、お話できるかもしれないわ」

「そうね、行きましょう!!」


 どうやら、キュライル侯爵家のフレン様がお見えになったようだった。

 

 随分とお付き合いがよろしいのね……。


 侯爵家の方が男爵家の夜会に顔を出すことは、かなり珍しいことなので、皆驚いているようだった。

 多くの貴族がフレン様と繋がりを持つためにと躍起になっているようだったので、調査対象のドラン子爵もフレン様に取り入るために行動を変えるかと思って危惧したが、ドラン子爵はフレン様のことを特に気にする様子はなかったので、私も変わらず壁際に立ってドラン子爵を監視することにした。


 その後、主催者のあいさつがあり、パーティーが始まった。

 先程まで令嬢がひっきりなしに、ドラン子爵にあいさつに来ていたが、フレン様の登場によって彼にあいさつに来る令嬢も随分と減ったが、途切れることはない。

 どうやら、令嬢たちはドラン子爵というよりも隣に立っている秘書を目当てにあいさつに来ているようだった。


 そしてまた一人、胸元の大きくあいた随分と大胆なドレスを着た令嬢が、ドラン子爵にあいさつに来た。しばらくすると、子爵と秘書と令嬢がテラスに向かった。


 移動した……ついて行かなきゃ。


 私も三人の後を追って、テラスに向かおうとしていると、後ろから声をかけられた。


「待って下さい。ユリアーナ嬢」


 名前を呼ばれてしまったので振り向くとなんと、キュライル侯爵家のフレン様が立っていた。

 

 え? 私? どうして、名前……。


 私に会場中の視線が突き刺さる。

 特に令嬢たちの視線が痛い。凶器だ。


 ――どうしてあなたが声をかけられるのよ?!


 そんな声が聞こえる。


 うわ~~。私、何かした?! どうして名前を知っているの??


 尾行中の私は極力目立ちたくはないし、調査対象を見失うわけにも行かないのだが、侯爵家の人間に名前を呼ばれたら、対応しないわけにはいかない。

 私はフレン様の方を見て、ドレスの裾を持って頭を下げた。


「これは、キュライル様。ごきげんよう」


 丁寧に頭を下げると、フレン様がにこやかな笑顔でハンカチを差し出した。


「ユリアーナ嬢。落ちましたよ」


 ハンカチを受け取ると、確かにこれは私のハンカチだった。だが……。


 今日って、このハンカチを持ってきたかしら?


 夜会の時は、少し豪華なハンカチを持って来るようにしている。このハンカチは普段使い用のハンカチだった。

 もしかしたら間違えて二枚持ってきて、一枚を出した時に落ちたのだろうか?


「ありがとうございます」


 お礼を言うと、 フレン様が嬉しそうに微笑んだ。

 すると周囲がざわつく。


「フレン様は、ハンカチをお渡ししただけなのね」

「はぁ~~フレン様、なんてお優しいの……」

「羨ましい、私もフレン様にハンカチを拾って頂きたいわ」


 まるで私を切り裂くような視線は、一瞬でフレン様への羨望の眼差しに変った。

 こうしている間に、随分と時間が経ってしまった。

 調査対象を見失ってしまう!!


 私は、再び頭を下げた。


「それでは、フレン様。御前を失礼いたします」


 私は優雅に、優雅にと心の中で唱えながら、フレン様にあいさつをすると、急いで人の波を抜けてテラスに出た。

 私は辺りを見渡して、少しだけ庭園にも降りて辺りを見回したが……。


 いない……。


 ドラン子爵と、秘書と令嬢の姿はどこにも見えなかった。

 夜会会場には個人で休憩できるスペースもあるが、個人の休憩スペースはいくつかあったので、一度見失ってしまっては特定するのは難しいし、私が一人でウロウロしていたら、怪しまれてしまう。

 

「はぁ~……見失っちゃった……」


 私は、もう一度庭園を捜索したが、見つけることは出来なかった。そんなことをしているうちに夜会は終わってしまった。結局私は、最後までドラン子爵を見つけることはできなかったのだった。




 

 

 


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