第6話 諜報令嬢の初めての調査(3)【ユリアーナSIDE】




 初めてナヘロ伯爵と会ってから二日が経った。

 明日はナヘロ伯爵と会う約束をした日だった。

 前回は手元の情報が間違っていないかなどの大まかな確認だったので、次はナヘロ伯爵の現在の家の状況など新しい情報も手に入れたい。

 その日は夕方まで明日の準備をした。


「ユリアーナ、ちょっと来てくれ」

「はい」


 そろそろ家に戻ろうと思っていたところに、今日は一日調査予定の室長が、急いで部屋に入って来るなり呼ばれた。


 え? 何?


 私は、少しだけ不安に思いながら、室長のデスクに向かった。

 室長は、執務机に座ると私に書類を差し出した。


「確認を」

「はい」


 依頼取下げ願


 ナヘロ伯爵所得隠しについての調査依頼を取下げ願います。


 財務部


 私は、書類から顔を上げて室長を見た。

 また一年ほどしか働いていないが、依頼を取下げたいという書類を見るのは初めてだった。

 

 私が何かよくないことをしたのだろうか?


 不安になって、私は思わず室長に尋ねていた。


「室長、どういうことですか?」


 すると室長も困ったように言った。


「ああ。すでに騎士団が動き、ナヘロ伯爵の家令が横領の罪によって捕まった。伯爵は入り婿で、奥方様亡き後は家令に領のことは全て牛耳られていたらしい。やることもない伯爵は、頻繁に乗馬場などに出向いていたようだ」


 すでに騎士団が動いた?


 内情がわからずに、騎士団に依頼出来なかった内容が、突然明るみになったということだ。

 つまり、事件……問題が解決したのだ。


 きっと今頃、関係者であるナヘロ伯爵はとても忙しく、当然、乗馬場にも来ないだろう。

 しばらくは騎士団が動き、取り調べなどを行う。

 事件が解決したのだ。喜ぶべきなのだろう。


「そうですか……承知しました」


 喜ぶべきなのに、私の心は晴れなかった。

 そんな私を見て、室長が元気付けるように言った。


「準備、ご苦労だった。君の努力は評価している」

「ありがとうございます。……室長、このように途中で調査が取り下げられることもよくあるのでしょうか?」


 私の問いかけに、室長はさらに困ったように答えたくれた。


「……なくはない」


 曖昧な言い方だが、こういうこともあるのだと知った。


「ユリアーナ、明日は休みにする。ゆっくりと休め」

「はい。失礼いたします」


 私は頭を下げて、自分の机に戻った。

 席に戻ると、すぐにジルが話かけてきた。


「仕事終了~~ですが……飲みに行くって感じではないですね」


 初仕事が中途半端に終わってしまったのは、正直不完全燃焼なのですっきりはしない。だが、悪事が暴かれたのなら、よかったと思う。


「そうね……また今度にしましょう」

「まぁ、そういうこともあるって、学ばせてもらいました」


 ジルは私を元気づけるように笑うと、また書類に視線を移した。

 私は、明日の準備もなくなり、することもなくなってしまったので、家に帰ることにしたのだった。





 いつもより早く寮に戻ると、両親から手紙が来ていた。


 ――王都の屋敷にいる。至急、帰って来てくれ。話がある。


 私は、大きく息を吐いた。

 明日は、休みだ。

 王都の屋敷は、半日で往復できる距離にある。

 そろそろ社交シーズンなので早めにこちらに来ているのだろう。


「社交についてのことかな~~~」


 我が家ではみんなで分担して、夜会に出席している。その相談だろう。


 明日は特にやることもないし……行こうかな。


 こうして私は、タイミングよくできたできたお休みに両親に会いに行くことにしたのだった。

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