第3話 諜報令嬢の初めての調査(2)


 数日後、私はナヘロ伯爵と接触するために乗馬場を訪れ、思わず空を見上げた。


 空が青いわ……久しぶりに空を見た気がする。


 普段は室内で、書類作成や調査員になるための訓練を受ける。私は城の敷地内の寮に住んでいるので、職場と寮の移動もほとんどない。だから、外に出るのは久しぶりだった。


 空は青く晴れ渡り、風が心地よく吹く。絶好の乗馬日和だ。

 そのせいもあって、乗馬場は多くの貴族がいた。この乗馬場最大の目玉は、競技用のコースが複数用意されている。初心者用、一般用、上級者用、国際試合用と難易度が選べるのも人気の秘密だ。

 初心者用と、一般用コースでは多くの人が乗馬を楽しんでいた。

 私は、諜報部で所有している馬に乗ると、ナヘロ伯爵が好む上級者用のコースに向かった。


 上級者コースにはほとんど人がいなかった。

 

 え~と、ナヘロ伯爵は……いた!!

 

 人があまりいないということもあるが、前情報もあり、私はすぐにナヘロ伯爵を見つけることが出来た。ナヘロ伯爵の軽快に障害物を乗り越える姿を見て、伯爵がかなりこの場所に通っていることが伺える。

 私は手綱を握ると心の中で呟いた。


 ――よし、行こう。


 久しぶりに馬に乗ったが、勘が失われているということもなく、私は上級者コースの障害物をクリアして行った。

 全ての障害物をクリアすると、よく通る声が聞こえた。


「ご令嬢、見事な腕前ですね」


 振り向くと、ナヘロ伯爵が声をかけてくれた。


「そういうあなた様も素晴らしい腕前ですわ」


 私が微笑むと、ナヘロ伯爵が口を開いた。


「これから少し休憩をしようと思いますが、よろしければご一緒にいかがでしょうか?」


 私の方から誘おうと思っていたので、ナヘロ伯爵から誘って貰って好都合だ。


「ぜひ、間隔が狭い場所の優雅な飛び越え方を教えて頂きたいですわ」

「では、行きましょう」


 ナヘロ伯爵も上機嫌で、答えてくれた。

 それから私たちは馬をカフェ横の専用の休息場で休ませると、上級者コース用のカフェに向かった。


 こうして、私は無事にナヘロ伯爵と話をする機会を得たのだった。






「それでは、ユリアーナ嬢。今日は本当に楽しかった。三日後にまたお会いしましょう」

「ええ。ぜひ」


 私は事前情報により会話を盛り上げ、また後日、ナヘロ伯爵に会う約束をした。

 調査は、一度会ったくらいでは終わらない。

 まずは顔見知りになり、次の約束を取り付ける。数回会ったくらいで少しずつ情報を引き出すのだ。

 今日は私の手元にある情報が正しいと言うことがわかった。初回にしては上出来だ。

 

 うん。次の約束も取り付けたし、今日は上手くいったわ。


 伯爵が完全に視界から消えるまでは、私はこの場を動かない方がいいだろう。

 そして、伯爵が席を立ち完全に姿が見えなくなった。


 そろそろ、城に戻ろう……。


 そう思った時だった。


「失礼、こちらよろしいでしょうか?」

「え?」


 私は、背の高い銀色に紫の瞳の顔の整った男性に声をかけられた。


 あ!! この方……キュライル侯爵家のフレン様?!


 私は社交界の有名人に話かけられて驚いてしまった。

 周りを見ると、令嬢たちの殺気を含んだ視線を感じた。

 カフェが込み始めたようで、少ししか席のないカフェスペースは空きがないほど埋まっていた。

 どうやら、皆、初めは一般用のコースで軽く試してから、上級者コースに来るようだ。そのせいで始めは人のいなかった上級者コースも人がかなり増えている。

 私は荷物をまとめるとそそくさと立ち上がった。


「どうぞ、丁度帰るところでしたので、それでは失礼いたします」


 私があいさつをすると、フレン様が大きく目を開けた。少しだけ不思議に思ったが、ここで変に令嬢たちの反感を買うわけにもいかない。

 私が席を離れた途端、私の座っていた席の周りには若い令嬢で溢れた。


 はぁ、よかった。


 私が去ろうとするとどこかから視線を感じた。

 辺りを見回したが、私を見ている人はいなかった。


 一応、遠回りして帰ろう。


 私は、少し遠回りをして城に戻ったのだった。



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