第2話 諜報令嬢の初めての調査(1)



 サンディゴベル王国の王城の一室。

 ここで日夜、女官として公務に励む私は、ユリアーナ・ガイルド。ガイルド子爵家の出身で、この国の最難関試験と呼ばれる女官試験にギリギリで合格した。

 そんな私の配属先は――王国諜報部。

 王国の秩序を守るために、日夜調査の依頼をこなすのが私たちの仕事だ。

 そして――諜報部配属二年目の私は、調査員になるための様々な訓練を受けながら、先輩諜報員の調査のための資料をまとめるのが仕事だ。

 今日も書類を作っていると、この諜報部のサイモン室長に呼ばれた。


「ユリアーナ、ちょっと来てくれ」


 室長に呼ばれるのは珍しいので、何かミスをしたのかと思ったが、室長は書類を片手で持ち、反対の手でコーヒーを飲みながらどこかのんびりとした様子だ。それほど深刻な話でもないだろう。


 報告書の整理かな?


「はい」


 私は急いで室長の執務机の前に向かった。


「ユリアーナ。君に調査を以来したい」


 諜報員になって二年目。半年前に、一つ年下のジルがこの諜報部に配属されたので、そろそろ私も調査員として仕事をするだろうと覚悟していた。

 私は片手を胸に当てながら答えた。


「かしこまりました――」


 サイモン室長は、先ほどまで読んでいた資料を私に渡した。


「この人物に近付いてくれ」


 私は書類を受け取り、書類に目を通した。


「調査対象はナヘロ伯爵ですか」


 ナヘロ伯爵は、元はゲル男爵家の四男だった。

 前ナヘロ伯爵は女性で、彼がナヘロ伯爵家に婿入りした。彼は大変美しい容姿で、前ナヘロ伯爵とは二十歳も歳が離れていた。そして、二年前に女伯爵が病気で亡くなり爵位を継いだ。また三十代前半で、美しい彼は社交界でも令嬢人気が高くなっている。

 室長は、私を見ながら言った。


「初めて調査対象と接触するだろう? 今回だけは調査前に、どうやって彼に接触するのか、どういう作戦でいくのかを報告しろ」

「はい。では失礼いたします」


 私は返事をすると自分の机に戻った。


「ユリアーナさん、おめでとうございます~いよいよですね~~」


 隣の席のジルがどこかお道化た様子で言った。彼が半年前に入った同僚だ。書類作成については私が彼に教えていたので気安い仲である。


「そうね……」


 ジルは私を見ながらにっこりと笑った。


「ユリアーナさんの初仕事、成功したら、飲みに行きましょうね!!」


 私は、机に座りながら答えた。


「そうね……成功したらね」


 そして私は、室長に貰った書類に目を移した。

 これからどうやって調査対象に近付くのかを考える必要がある。

 書類には、ナヘロ伯爵は最近よく王都の西側の貴族御用達の乗馬場に出入りしていると書いてある。


 乗馬場か……。


 私の所属する王国諜報部は、王国の暗部だとも言える。

 ここには様々な所から調査依頼があり、それについて調べる。あくまでも調べるだけで、自分から何かを仕掛けるというようなことはない。

 さらにこの部の存在は外部には一切知されていない。ここの存在を知っているのは、王族と公爵クラスの貴族だけだ。

 私は書類上では、『教育部』という部に所属していることになっている。ちなみに『教育部』は王妃教育や帝王学に関わる部だ。


「あ~そのナヘロ伯爵の書類作ったのは俺です。足りない情報あったら、補足しますんで気軽に言って下さい」


 隣から声をかけてくるジルに「ありがとう」と言うと私は再び書類に目を通した。

 諜報部では、調査対象に接触する場所や方法は全て個人に委ねられている。仲間には常に騎士団に潜入して、騎士として調査している人もいるし、夜の街で色仕掛けで調査対象と接触している人もいる。

 私は、一般的な貴族令嬢として相手に接触する予定だ。

 書類を一通り確認したが、やはり乗馬場が良さそうだった。

 私は乗馬が得意だ。自分の得意な物を武器にしながら調査を行うのは諜報部の基本だ。

 私は急いで計画書を作り、室長に提出して了解を得たのだった。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る