弟としてどう対処するべきなのか。
アヒム・グラニエ=ドフェールの葬儀は、慎ましく執り行われた。
マルシュタット郊外にある国立墓地はすっかり雪に覆われてしまっている。広大な敷地の中に規則正しく並んでいる墓跡には、どれもこんもりと雪を被っていた。
その一角に、彼の名前が刻まれた石がある。
厳粛な雰囲気の中、彼の遺体には土が被せられた。
彼は転生者であること。その転生はうまくいかず、アヒムは不完全な状態でこの世界に召喚されたこと。魔鉱石「ナーキッド」を取り出す実験に使われ、その後死んだと思われていた彼は、レオンの父によって養われていたこと。実験の首謀者であるレーマンへの仇討ちを決意していたこと。中央広場で鳩の餌を売っていたこと。
「僕はいつも後悔に苛まれる。彼の人生を、もっとべつのかたちで送らせてやれなかったのかと」
アヒムの墓前に立ち、レオンはぽつりと呟く。
葬儀が終わった後、スズはレオンとともに国立墓地に残っていた。
「彼は、幸せでなかったと?」
スズは言う。
「あるいは」とレオンは答える。
「でも、あるいは幸せだったかも」とスズはべつの可能性を示す。
「ああ、そうだね――生き残ったものが、死者に対してあれこれ言うのは無礼だな。すまない」
レオンは冷たい空気を音を立てずに吸い込んでから、時間をかけてそれを吐き出す。白く濁り、すぐに消える。
「さて、現実を生きるきみの話をしよう。ザイフリート君から聞いているね。決心はついているかい?」
「決心もなにも」
そうだね、とレオンは口元で笑った。そしてコートの内ポケットから小瓶を取り出す。中には青く輝く石が入っている。
「『同世界転生』。本当に成功するかどうか、正直なところわからない。条件はできるだけ洗い出してみるが、こればっかりはね。最悪きみは、無駄死にして終わるかもしれない」
「ドフェール卿を信じます。それに、ザイフリート少佐のことも。アヒム、あなたのことも」
スズは胸に手を当てて、墓石に掘られた名を見つめた。
ケルニア大聖堂の地下でマリアが語った、フォルトゥナ・ファウルダースの「同世界転生」。それはこれまで研究対象となったことはなく、この国で公式に成功した例も、またない。
一度死んだ人間を、
「ザイフリート君の『ノヴァ』で、きみを一度殺す。そして僕が魔鉱石を媒介にして召喚を行う。媒介となる魔鉱石は慎重に選びたいところだが、現段階ではなにを基準に選ぶべきなのか、わからない。このナーキッドはアヒムを喚び出すのに一度使われた石だし、その召喚は不完全なものだった。僕としては、べつの魔鉱石にしたほうが成功率は高まると思うのだが」
「いいえ、許可をいただけるのなら、ぜひナーキッドを使わせてください」スズは言う。「それは、私にとって今いちばん思い入れの強い魔鉱石ですから」
彼は、英雄だ。
レオンは頷いた。
「アヒムも光栄に思うだろう。喜んで提供するよ。ただそれよりもこの召喚にはまだほかの問題がある」
転生できるのは、「生を
「つまり、きみにはなにか心残りがなければならない。
「心残り」スズは帽子に積もった雪をはらい、被りなおす。
レオンはナーキッドをしまい、腕を組んだ。
「それもできるだけ大きな心残りだ」
「それがいちばん難しいかもしれませんね。私はじゅうぶんに生きた。生き過ぎたと言ってもいい。死ぬ覚悟なんてものはとうにできているし、私にとって死は、満ち足りたものになっています」
「きみの最愛の女性が、この世界に残ることもかい?」
リン・ラフォレ=ファウルダースもまた、死ぬことのできない身体である。
レーマンが死んだことで、彼女の身が危険にさらされる心配はなくなったが、彼女が生き続けるという事実には変わりはなかった。
「私はリンを愛していますが、心残りにはなり得ません。彼女は彼女なりにどう生きるか、もしくはどう死ぬかを、自分自身で選択しますよ」
「そうか――どうしたものかな」
「考えておきますよ。こればっかりは私の問題です」
レオンは軽く眉を吊り上げた。吊り上げただけで、何も言わなかった。
「そう言えば、今ごろはクンツェンドルフ中将とエスコフィエ大佐が帝国側と話をつけているところですかね」
レーマンが倒れたことにより総司令官に復帰したクンツェンドルフ中将と、元帝国軍大佐のレナエラ・エスコフィエが帝国へと旅立ったのは、五日ほど前のことだ。
「メデューサの声明を受けて、帝国側がきちんと状況を把握できていれば問題ないだろう。中将の交渉力は全幅の信頼を置ける」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
突然兄が金髪の幼女を連れてきたとき、弟としてどう対処するべきなのか。
十四歳の少年――エリーアス・アルトマンは、到底答えを持ち合わせていなかった。
「ラルフの作るアイントプフは最高です! ステンノーはとても感心しています!」
幼女は元気よくフォークを突き上げている。その勢いで食卓がガタンと大きな音を立てる。行儀が悪い。
「そうかそうか、そりゃよかった。まだまだあるぞ。どんどん食え」
今日は兄貴の同僚の兵士、バルテル少尉が訪問していた。げらげらと笑って、食卓に置かれた鍋を幼女のほうへ寄せる。
「ステンノーはラルフに感心しているのです! バルテルにじゃありません」
「なあ、なんでおれだけファーストネームで呼んでくれないんだ? ヘンドリックでいいんだぞ?」
「バルテルはバルテルです」
数日前のこと。
兄貴は――ラルフ・アルトマンは、突然女の人を連れて来た。
彼女は帝国軍の元軍人だという。兄貴とどういう関係なのかは聞いていないが、少なからず互いに好意を持っていることは、エリーアスにもわかった。
この金髪幼女、ステンノー・ゴーゴンはその軍人――レナエラさんが連れて来たのだ。最初はレナエラさんの娘かと思ったが、それにしては年齢がうまく当てはまらないし、髪の色も全然違う。
彼女は一体何者なんだ?
兄貴も肝心なところはなにひとつ説明してくれなかった。
幼女はふとフォークを止めて、エリーアスを見た。
綺麗な金色の瞳に、
「なに恥ずかしがってんだエル。いつもの悪ガキっぷりはどうした?」
ラルフ・アルトマンがキッチンから戻ってきて食卓に腰掛けた。
「べ、べつにそういうんじゃ!」
なんで噛むんだよおれ。マジで恥ずかしがってるみたいじゃんか。
なんだよ、女子がひとりうちに来たくらいで。
「そうだエル。レナエラが昨日から仕事で帝国に戻っている。そのあいだ、ステンノーにお前の部屋使わせてやってくれ」
また心臓がひと鳴りした。
「は? なんでだよ?!」
「なんでっておまえ、うちはキッチン、リビング、お前の部屋の三部屋で完結している。女の子をトイレで寝かせるようなことできないだろ?」
兄弟二人で田舎から引っ越して来たとき、兄貴はおれに部屋をくれた。兄貴は夜、リビングの隅にあるぼろっちい中古のカウチで寝ているのだ。
この状況で、自分の部屋を意地でも提供しないという態度をとるほど、エリーアスは子供ではなかった。
「――女子と一緒に寝るのかよ」
なぜか口をついて出てきたのは、自分でもぞっとするほどダサい台詞だった。
「エリーアスはステンノーと一緒に寝るのは嫌ですか?」
ステンノーは無邪気な金色の目で尋ねる。
「そんなこと言ってねえよ! あっ、いや――べつに寝たいわけじゃないし! ああもう、だから、おれは床で寝っから、そもそも一緒に寝るわけじゃないし――」
真っ赤になるエリーアスの顔、きょとんとするステンノー。
その状況にアルトマン准尉とバルテル少尉は腹を抱えて笑っていた。
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