続きをしたいのよ。

「フォルトゥナ様はもともと『同世界転生』について研究していた。彼が戦死したあとも、残った召喚術師たちが研究を引き継いだの」


 古来から、召喚術という術式は、この世界とはまったくべつの「異世界」から命を転生させるものだった。


 だがフォルトゥナ・ファウルダースは「召喚術は、なぜ別の世界からの召喚に限定されてきたのか」という点に疑問を呈し、研究を行っていたという。


「同世界転生――実際にそれが成功したのか?」

 この情報は、テオにとっても寝耳に水だった。


「ええ。もっとも私は詳しい術式までは知らない。けど、イオニクに専用の祭壇を造り、召喚術を行った。すでに肉体を失っていたフォルトゥナ様を、言わばの」


 フォルトゥナが再度この世界に生を受けたとき、オルフ戦争はもはや「イオニク公国対反乱軍」の構図を完全に失い、「魔族対世界」という、歴史的な掃討戦へと様相を変えていた。


 再転生後、彼は反乱軍として同志を率いることをしなかった。改革への熱量を失い、人目を忍び、ひっそりと暮らしたのだ。マリアを始めとする、ほんの少数の仲間と小さなコミューンを形成し、文明とはおよそ離れた場所で。


 そして彼は結局、五年前に老衰で、穏やかに息を引き取ったのだという。


「そんな――フォルトゥナ様が――嘘」

 蘇ったなんて、ありえない。ほんの五年前まで、この世界で生きていたなんて、そんなことありえない――リンは小さな声で繰り返す。息を絶え絶えにして、もはやパニック寸前だった。


 マリアはその姿を蔑むように睨んだ。

「五年前。フォルトゥナ様が死ぬとき、そばにいたのは私ひとりだったわ。あの人は私にありがとうと言ってくれた。でも――でもね――」


 リン。フォルトゥナ様は最期、ほかの誰でもない、あなたに会いたいと言ったの! ――突然、マリアは絶叫した。 


「最期の言葉が、あんたみたいな裏切り者に向けた言葉だった! 私の気持ちがあんたにわかる?! ずっとそばにいて、お世話をしてきたのは私だったのに! なんで、どうして――」


 その目に涙が滲んだ。爪が食い込むほど強く両手を握り、後ろ手に背中の壁を何度も殴りつけた。


「フォルトゥナ様――」

 リンの頬にひと筋、涙がこぼれた。


「私はフォルトゥナ様を見返したい。エリクシルはそのために必要なのよ」


「きみの思うようにさせるわけにはいかない」テオは魔導銃を構えなおす。「マリア=ルイス・ファウルダース。きみを拘束する。フォルトゥナを見返したいのなら、ゴーゴンの情報を軍に提供するんだ」


 マリアは一瞬だけテオを睨み、そしてせせら笑った。

「ええ。喜んで軍の監視下に置かれてやろうじゃない。べつに構わないわよ? ただね、ザイフリート少佐。リンはすでに二択を迫られてる」


 このまま後悔を背負って永遠に生きるか。

 自ら進んで〝石〟になるか。


 彼女は憎しみを込めて、しかし満足そうに、選択肢を提示した。


「性格の悪い女だ――」


 マリアの中で、すでに目的が倒錯している。

 フォルトゥナを見返すとか、エリクシルが必要だとか――それは全部、建前だ。


 ただただ、リンを傷つけられればそれでいいのだ。

 彼女の歪んだ笑顔がそう言っている。


 リンは机に腰をかけたまま、目を腫らしてうなだれていた。


「それともうひとつ。私ははなっから、魔族を支配下におけるなどとは思っていないわ」マリアは朗々と続ける。「今ごろメデューサは、自分の欲望の赴くままに行動しているんじゃないかしら? このルーンクトブルグの散々な状況を早く立てなおして、対策したほうがいいわよ? 軍人さん」


 メデューサ・ゴーゴンは、最終的になにを達成するつもりなのだろうか――デニスのアジトで思い至った問いに、テオはまたぶつかった。


 ニコルが言ったように、旧イオニク公国の再建か?

 いや違う。魔族にとってそんなこと、本当はどうでもいいはずだ。


「メデューサは何を企んでいる?」


 マリアは眼を剥いて、げらげらと下品な笑い声を出した。

「わかんないの?! あいつらの考えることなんて、たいていはしょうもないことよ? まだまだ経験が浅いわね。まあいいわ、ちゃんと教えてあげるからそんな怖い顔しないでよね」


 上の階から足音が鳴り響く。

 どうやら誰かが地下へ降りてきているようだ。


「続きをしたいのよ」

 マリアは放り投げるように言った。「オルフ戦争の続きをね。殺し足りないのよあいつら。まあもっともメデューサのことだから、ただ攻撃を仕掛けるだけじゃ面白くないと考えてるでしょうね。まずは鑑賞するの。今対立しているルーンクトブルグとソルブデンが、泥沼の中で、交渉という交渉が次々に決裂して、国民が怒り狂い、もう後に引けないような状況――もう哀れで哀れで仕方がない『人間同士の戦争』をじっくり鑑賞したうえで、殺戮を始めるの。それが彼女のやり方」


 足音が近い。


「続きは軍部で聞こう。手を後ろに――」

 テオが連行しようとしたそのとき。マリアが誰に言うでもなく、「ほら、早くやりなさい」と呟いた。

 苛立ち、少々面倒臭そうに。


「なにを――」

 やられた。次の瞬間、テオはそう思った。


 彼女の首筋に、いつのまにか巨大な蜘蛛が張り付いていた。

 ずっとマリアの衣服に忍ばされていたのだろう。黒い毛で覆われたおぞましい姿――エウリュアレの蜘蛛だ。


「やめろ!」

 テオは蜘蛛に向かって魔導銃を向け、迷いなく撃ち込んだ。

 蜘蛛は閃光に貫かれ、後ろの壁に打ち付けられる。金属を引っかいたような不快な音の断末魔がなり響いた。


 マリアは地面に突っ伏すようにして倒れた。

 テオは駆け寄って首筋を確認する。


「おい! しっかりするんだ!」


 だがそこには絶望的なまでにはっきりと、二つの穴が空いていた。深々と突き刺され、黒々とした血が流れ出ている。マリアはすでに意識がなかった。


 若々しく色白だった彼女の肌が、次第に黒く変色していく。

 しわが寄り、筋肉が収縮し、髪が白茶けていく。


「少佐! 大丈夫――」

 スズが地下室に到達したとき、レーマンとマリア――すでに二つの命が事切れていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「すこし遊ばせすぎたんじゃないかしら?」


 マルシュタットの北の郊外。

 蛇の舌ちろちろと遊ばせながら、メデューサは笑った。


「見ものだったものだから」エウリュアレは悪びれもせずに、無表情で答える。「だがマリアは、実際のところ、すべて言い当てていた。メデューサ。実行に移すときだと思うが」


 まったく気に食わない。

 人間の分際で、私の考えを読むなんて――メデューサは心の中で舌打ちした。


 まあ、いい。


 現状、すべて準備が整った。ルーンクトブルグは現在首相不在の中、各地で反対勢力のデモが勃発。西部戦線は依然として緊迫した状況。おまけにレーマンとかいう参謀の長が、内部でクーデターを起こそうとして失敗。国として立てなおすまでに時間がかかるだろう。


 いっぽうでソルブデン。国の幹部の連中は筋金入りの阿呆だが、狡猾ではある。イオニクと極秘に五年間も交渉してきたことから、情報戦においてルーンクトブルグよりも優位に立っていると思い込んでいる。もしかしたら放っておいても勝手に「壁」を壊し、攻め入ってくれるかもしれない。


 こんな大混乱の中、両国が戦争を回避できるなんて、とても思えない。


 これまでメデューサは、人間の歴史を見てきた。

 いくつかの、互いにとてもよく似ている世界で起きた出来事を、眺めてきた。


 とある世界では、卓越した演説と人心掌握の力を持った人物が驚くべきスピードで一国をまとめ上げ、極端なナショナリズムのもと、特定の人種を迫害し、虐殺した。その結果として、全世界を巻き込む大戦へと発展したのである。


 この世界――ユールテミアでも、同じようなことが起きる。


 笑いがこみ上げてくるわね。


「そうね。ゲームの始まり。準備して」


 この日、両国は魔族の長「メデューサ・ゴーゴン」から声明を聞くことになる。それは瞬く間に国中に広がり、あらゆる階級の国民たちを恐怖と混乱に陥れる。


〈両国へ告ぐ。年が開けるとともに、リオベルグを殲滅しろ〉


〈派兵が遅れた側の国は、出遅れたことを後悔するがいい。結界を破壊し、国境を超えて、おびただしい数の魔族を送り込む〉


〈両国とも、最期のケルニオス生誕祭を楽しむがいい〉

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