それぞれ庭に放った犬が喧嘩してるってわけです。

「整理しよう」


 テオは、丸テーブルを見渡す。

 無造作に千切られた用紙の切れ端が散らかっており、中央には大きな首都の地図が広げられ、いくつか書き込みがされている。


 デニスのアジトの二階に上がり、先に到着していたメンバーと合流した。

 旧第2魔導銃大隊のフィルツ大尉、バルテル少尉、アルトマン准尉。スズの部下であったマルタ・シャントルイユ曹長と、ジル・シャントルイユ伍長。悪魔と契約し、召喚術部隊から異動となったエルナ・ヒルシュビーゲル少尉。テオと同じく転生者であり、昨日仲間に組み入れたユージーン・エイヴリング。そして大召喚術師のレオン・グラニエ=ドフェール。


 テーブルを計九人が取り囲んでいる。

 人数が人数のため、部屋はかなり手狭てぜまだった。


 テオが地図に目を落とす。

「首都内の軍研究所は全部で五箇所だ。レーマンがエリクシルの『抽出実験』なんてものを実行するとすれば、そのいずれかを選ぶ可能性が高い。実験にはそれなりの設備が整っている必要があるはずだ」


 レオンが軽く右手をあげる。

「そのうち第一研究所は私の管轄だ。それに第二研究所も手を回している。今は信頼できる部下がいる。レーマンに設備を使わせることはしないし、レーマン自身もそんなリスクは避けるだろう」


「とすると、第三から第五研究所の三箇所だが」バルテル少尉が言う。「今朝手分けして周辺を確認してきた。いずれも憲兵がいるが、不自然に警備が厳重な研究所があるわけでもない。特定はできないな」


 テオは頷いた。

「今夜、手分けしてその三箇所を制圧する。戦力を分散することになるが、相手は憲兵と研究者だ」


 ユージーンが眉間にしわを寄せて頷く。

「構わないが、首都を徘徊はいかいしているあの爬虫類たちはどうする? 騒ぎになれば魔力の増幅を嗅ぎつけて、邪魔をしにくるんじゃないか?」


「そのことなら心配ない。召喚獣をつかさどっているアーベントロート大佐には会った。彼はむしろ、助力してくれる」

「参謀の手に落ちていないと、信じられるかい?」

「信じるしかない」


 彼とクンツェンドルフ中将の間柄には証拠がない。彼が話していた「一生かかっても返しきれないおん」というのも、口から出まかせになんとでも言える話だ。


 だがそのあと、大佐はスズとテオを見逃している。

 信じてことを前に進めるほかなかった。


「とにかく、決行は伸ばせない。聞いてくれ。今回の作戦は、しくじるとオルフ大戦以来の大規模な世界大戦を誘発する可能性がある。レーマンがエリクシルをどう使うつもりかは知らないが、現存していたことが世界に知れ渡った時点で、ルーンクトブルグが戦火から逃れることはできない」


 テオは一呼吸置いて、スズが眠っている寝室のほうへ視線をやる。

「そしてなにより、我々の大切な友人の頼みでもある。よろしく頼む」


 その言葉に、総員がしっかりと、噛みしめるように頷いた。


「それと別件になるが、この部隊で共有しておかなければならないことがいくつかある。魔導銃部隊の面々は特にいろいろやらかしてくれたと思う。それも全部、テーブルにぶち撒けてほしい」


 バルテル少尉とアルトマン准尉は口元に笑みを浮かべる。

「いちばん大きなトラブルを持ち込んだのは、おそらく僕たちでしょうね」と、アルトマン准尉は頭を掻いた。


 彼らはことの経緯を全員に話した。

 首相暗殺の重要参考人――正確にはメデューサ・ゴーゴンに操られてこの国にやってきた実行犯の女を、軍病院から逃がしてきたこと。その途中で救護したのがステンノー ・ゴーゴンであり、彼女は首相の「身代わり」を仕留めた「表向きの実行犯」であるらしいこと。そしてなぜか致命傷を負って、マルシュタットの路地に倒れていたこと。


「帝国軍人の――いや、こうなってはもう『元』軍人か――レナエラ・エスコフィエ大佐の証言では、メデューサら魔族の勢力――仮に『旧イオニク軍』とでも呼ぼう――奴らはやはりソルブデン帝国といくつか密約を交わしていた。それが約五年前。この国で魔族の襲撃が報告され始めた時期と一致する」


 バルテル少尉は寝室のほうを見やりながら、少し声を潜めて言う。


「ただ、その交渉は円滑に進んでいるわけでもなかったらしいですよ」

 アルトマン准尉が補足する。

「魔族の供給源はほとんどすべてイオニクからのようですが、どうやら使役していた召喚術師については違ったようです。『コカトリス』を巨人が食い散らかしたのは記憶に新しいと思います。エスコフィエ大佐によると、どうやらコカトリスのほうが旧イオニク軍によるもので、巨人が帝国軍によるもの。要は両軍のあいだにおける情報交換がひどくお粗末で、それぞれ庭に放った犬が喧嘩してるってわけです。その庭がうちの土地だっていうのが、迷惑な話ですけど」


 バルテル少尉がせせら笑ってから、報告を続ける。


「旧イオニク軍の狙いは大きく分けて四つだ。西部戦線リオベルグの終結。リオベルグ市民の自治権保証と独立の実現。貿易自由化。そして、イオニク公国の再建のための『結界の破壊』。現場どこまで帝国側が応じているのかはわからないが、この要求を飲ませるための餌のひとつが『エリクシル』だったようだ」


 テオは頭を回転させた。

 いわゆる「旧イオニク軍」が、国としてのていを取り戻したいのであれば、それらはまあまあ合理性のある要求だ。長年紛争状態にあるリオベルグの終結に噛み、過去に一度独立を宣言しているリオベルグの民を解放したとなれば、国際社会に対して大きなアピールになる。


 貿易が自由化されれば、そこで採掘される「ハイランダー」を使い、モノカルチャーではあるが経済的にも建てなおすことができる。そして最終的には「結界」を破壊させ、物理的かつ象徴的に、国際社会への仲間入りを果たすことができる。


 元いた世界でも、意味合いは違うが「壁の崩壊」が歴史的な出来事になった事例がある――テオはぼんやりと思い起こす。


 一方で、帝国側にとってのメリットも考える。


 エリクシルを入手する手段を旧イオニクが持っていたということは、たしかにひとつの判断材料になったのだろう。それに加えて、イオニクと組めばルーンクトブルグの内政を混乱させやすい。現に魔族の供給を行ったり、今回の首相暗殺の黒幕は、間違いなくメデューサだ。


 テオはスズから聞いていた「マリア」についての報告に入ろうとした。

 ただそのとき、ひとつ不自然なことに気がついた。


「メデューサは、エリクシルを求めている。帝国側との交渉材料なら、喉から手が出るほど欲しいはずだ」


「ええ、当然」と、フィルツ大尉が相槌をうつ。


「だが、前に武器商人のアジトでエウリュアレと対峙したとき、彼女はラングハイム中尉の『体質』に気がついていた。まさにエリクシルが目の前にある状態だ。だがそのときは『マリアの仕事だ』と言って、まるで興味がないようだった」


 それを好機と捉えて、スズを真っ先に襲うのが普通だ。

 しかしエウリュアレはそれをしなかった。


「縦割り組織なんじゃないか。融通のきかない役所みたいに」

 バルテル少尉が鼻を鳴らす。


 フィルツ大尉が彼の尻に軽く蹴りを入れた。

「つまり、メデューサとエウリュアレ、それに『マリア』という人物の関係性が、少し特殊なのかもしれません。もしくは――」


「魔族はもとより、取引をする気がないんです」


 ふいにテオの背後で、その声は言った。

 聞き覚えのない、女性の声。

 とても弱り切った声だったが、同時に強い芯を感じる声でもあった。

 寝室のドアが開いており、そこに長い黒髪の女性が立っていた。


「レナエラさん!」


 アルトマン准尉が立ち上がって、彼女のもとへと駆け寄った。

 レナエラの顔は青白く、くっきりとくまができていて、ほとんど倒れる寸前のようにも見えた。


「おいおい、ずっと起きてたのか――眠っておけって言ったろ」

 バルテル少尉が小さくため息を漏らす。


「すみません――でもステンノーちゃんがあんなふうになってるのに、とても寝付けなくて」


 レナエラは重そうなまぶたを動かし、部屋をぐるりと見渡した。そしてテオを見て、視線を止める。


「指揮官のテオ・ザイフリート少佐ですね。聞き及んでいるかもしれませんが、レナエラ・エスコフィエと申します。ソルブデン帝国の軍人。情報が必要だと思います。知るかぎりで、お話しするつもりです」

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