親父さんには、かなり鍛えられた。
名のある旧家の
「国を治める、なんてことは最初からあまり興味がなかったんだけどね。悲しいことに、僕らは兄弟同士にもかかわらず、たがいを全く信じられなくなってしまっていた。被害妄想が沸点を超えた兄貴は、もうほとんど猛獣だったよ。あわれ、十六歳のユージーン少年は、あっさりと撃ち殺されてしまったわけだ」
ユージーンは朗々と語る。腕まくりをした手をポケットに突っ込んで、食堂のテーブルに軽く腰をかけている。
テオは子供たちが平らげた食器をまとめ終える。
「おれが司令部からもらった資料のきみの顔は、ずいぶん
「ああ、そうだろうね。そのときの僕は、兄への怒り、そしてまったく知らないこの世界への恐怖で、心が支配されてしまっていた。目を閉じると、兄の顔が浮かんだ。血走った目と、蒼白な顔。そしてピストルの銃口から発射される銃弾。当時の僕は、正気を保っているのが精一杯だったね。当然、軍の仕事なんてできる心境じゃなかったし、軍の連中だって、ほとんど僕のことを使えないと思っていたんじゃないかな」
そして彼は、表向き「孤児」として、このトルーシュヴィルへとやってくる。
「ザイフリート少佐は、よく軍の仕事をそのまま受けたものだね。その精神力には感服するよ」
ユージーンはあごひげを
「おれの場合は、きみと状況が少し違う。前の世界ではむしろ、別世界に行きたいとさえ思っていた。前世では、撃てる場所も限定されていたからね」
テオは軽く魔導銃に触れる。
「それはなんとも
「そんなふうによくしゃべるのも、生前からなのかい?」
テオはそばにある椅子に座って、足を組んだ。ユージーンが腰かけているところからはちょうど斜めに位置する。
「これは店で働き始めてからだよ。それに、転生者が軍人相手に自分のことを隠しとおせるとも思えないからね。それはもちろん、少佐もよくわかっているはずだ」
彼がこうやって自分の過去を打ち明けているのも、テオが軍の人間だからだ。
言うまでもないことだが、彼は軍関係者以外に、自分の出自について打ち明けたことはなかった。自分の昔話になると、いつもでっちあげた作り話をした。
それはもちろん、彼を含めた「転生者」たちは、軍の監視下にあるからだ。彼がこの教会へ連れてこられてからも、定期的に軍部の人間がトルーシュヴィルを訪問していたという。
「ここでの暮らしも、店のやりくりも、悪くない。僕は正直、この村のおかげで救われた」と、ユージーンはしみじみ言う。
「たしかに、写真で見たきみとは別人で、驚いた。監視を担当した兵士も、ここをたびたび訪れているならきちんと撮りなおすべきだね」
「そうだな。どれだけ酷い顔をしていたかは、自分では知らない。でも、じゅうぶん想像できる」
ユージーンは、この村で二度目の人生をスタートさせる。
それは、彼にとっては幸運なことだった。
教会に勤める聖職者たちは皆揃って彼を歓迎したし、教会に養われているほかの子供たちも、温かく彼を迎え入れた。村に来てから彼がかかわる大半の人間は、彼にプラスの影響を与えた。凍り付いていた彼の目も、ゆっくりと溶かされ、温かみを取り戻してゆく。
「実際には、大変なこともたくさんあった」ユージーンは笑う。「例えば、教会は見てのとおり、裕福ではない。ここに連れてこられたとき、まだまだ僕は子供だったけども、ほかの孤児たちと比べるとじゅうぶん歳を食っていた。だれも言わないにせよ、働き口を見つけてなるだけ早めに教会を『卒業』すべきなのは、僕だった」
いくつか日雇いの仕事で食いつなぐ生活は、一年ほど続く。
そして行き着いたのが、巡りめぐって教会からは目と鼻の先にある、あの小さな飲食店というわけだ。
「当時はホルム家の親父さんが店を切り盛りしていて、僕はそこで雇ってもらった。ずいぶん、世話になった。けども三年前の春に親父さんが亡くなってね。心臓が悪かったんだ。それ以来、僕がひとりでやっていくしかなくなった」
「マルタたちが、きみの店の料理をとてもおいしいと言っていたよ。腕がいいみたいだね」
「親父さんには、かなり鍛えられた」
「おれは食ってないから、どのくらいうまかったか感想を言えないのが残念だ」
「わかったわかった。戻ったら、ご馳走するよ」
ユージーンはひらひらと片手を振って笑う。
すぐ外の木々が、風に吹かれて揺れている。小さな鳥の
「さて、ユージーン。料理もいいが、率直な話、おれはきみが持っている能力のほうに興味がある」テオは切り出す。「回りくどい話はなしだ。さっききみが言いかけた、条件とやらを聞かせてもらいたい」
「そうだったね。そのことを今振ってくれて助かる。レディの前では、あまり
ユージーンは腕を組み、食堂の天井を見上げる。
テオも彼につられて、天井を見た。
「
前の世界にいたころには、正直金に困るなんて、思いもしなかったよ――彼はそう付け加える。
子供たちの食べるものや着るものにいたっても、毎年やりくりしていくのがぎりぎりの状態だという。さきほどユージーンが用意した昼食も、彼が無償で提供しているらしい。
「なるほど」テオは小さく口を動かして言う。「きみにとっては、それは教会への恩返し――になるのかな」
ユージーンは首を振る。
「そんなご立派なもんじゃない。これが、僕の役割というだけだ。
そのとき、食堂の外の廊下でばたばたと足音がした。
「ユージーン!」
ばたんと音を立てて扉が開き、現れたのはひとりの女性だった。
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