あんなものとは失礼ですよ。ヴイーヴルは女の子なんですから。
テオは「サファイア」を一号車へ引きずり下ろし、物資で埋もれた車内で正座をさせていた。
「スズ・ラングハイム中尉。納得のいく説明をしてもらおうか。この軍用列車の護衛任務は第2魔導銃大隊単独での作戦だ。なぜ、魔導部隊の魔女が
ラングハイム中尉はうつむいて床板の木目を見つめている。紺の三角帽子とローブに、今日は丈夫そうな皮のショートブーツを履いていた。
「昨日、クンツェンドルフ総司令官に部隊新設を提言致しました」中尉は未練たらしくつらつら話し始めた。「しかし、シャルクホルツ
列車の発進時間まではわからず、おいてかれてしまったため、こうして
「長ったらしいご説明、どうもありがとう。それで『戯言』のほうの理由は?」
「絶妙なタイミングで
「知っている。それを抑えられないのがどうしてなのかという意味だ」
無数の死に方を試してきた魔女だ。通常軍で採用している魔導銃などあらかた
「――勢いですかね?」中尉は少し悩んで、
思わずテオは魔導銃を抜きそうになるが、堪える。
テオに代わって車両の右側を護衛していた二等兵の部下が聞き耳を立てているような気がしないでもなかった。
「なんて言うんでしょう――長年死を模索していると、理想的なシチュエーションというのができてくるというか、少しでもこだわりたいというか。普通の自死じゃだめなんですよね。わかります?」
「わかってたまるか」
物資を詰め込まれた五両の軍用列車は緩やかなカーブを曲がりながらテンサイ畑を横断してゆく。ちょうどオシュトローの村を通り過ぎた。道のりはまだ三分の一程度だ。先は長い。
「実際のところ、もし仮に
テオは聞かざるを得なかった。
魔導師たちの中には、たしかに飛ぶ者がいる。
風属性の魔力を用いた魔法だが、
もっともその流体力学も、この世界ではまだまだ発展途上らしく、長距離飛行が可能な
ゆえに、パシュケブルグのような城郭都市が、戦争においてまだまだ有益なのである。
さて、中尉が使っていたのは魔法ではなかった。
巨大な竜だった。
「ヴイーヴルです」彼女はまるで最近購入した外車でも自慢するような口調だった。
「ヴイ――なんだって?」
「ヴイーヴルですよ。どこかの世界の、どこかに住んでいたドラゴンです」
ドラゴンね。それは理解できる。
あれはドラゴンだった。青い
あれはドラゴンだった。
「――もう消えてしまったということは、あのドラゴンは『
「そうです。もう
彼女のいう「ヴイーヴル」の
実際ヴイーヴルが列車の近くまで降りてきたとき、隊員たちのほとんどは目撃した。早まって発砲しようとする隊員を制するのには、一苦労だった。
中尉がそのドラゴンを返戻して軍用列車へ乗り込んだあと、テオは今度はフィルツ大尉の追求をしのぐのに
彼女は作戦中のイレギュラーを何より嫌うし、得体の知れない生き物を扱う魔導師を列車内へ招くこと自体にしばらく反抗した。つかつかと一号車へやってきて、ラングハイム中尉を睨みつけたりもした。
「とにかく、あんなものを人の目に触れるようなところで乗り回すんじゃない」
「少佐、あんなものとは失礼ですよ。ヴイーヴルは女の子なんですから。彼女はドラゴンであると同時に、宝石を守る
「話をそらすな!」テオはニヤついている中尉の頭を
そのとき、最後部の護衛についているレヴィン曹長から通信があった。
〈こちらエスカルゴ01、列車後方約一キロ、多数の飛行物体を確認――急速にこちらへ接近中!〉
後半は声量のせいで、通信にわずかなノイズが混じる。
「こちら
〈確認中です――確認。なっ〉レヴィン曹長が息を飲む。〈飛行物体は魔族です! その数――八、いや九体。ボギーはバンディットと断定します。巨大な
イオニク盆地から出て、餌でも獲りにきたのか。
テオは全部隊へ指示を走らせる。「
〈――巨大な〉レヴィン曹長の声に恐怖が滲んだ。〈ニワトリです!〉
「ニワトリ?!」
何を言っている、レヴィン。
〈トサカがついて――いや、尾は
〈こりゃ傑作だな〉バルテル少尉が通信に混じる。〈こちら
「射程に入り次第、迎撃だ。
「少佐、砲撃は最後の手段としてください」ラングハイム中尉が正座を解いて立ち上がっている。「あいつらの唾液や血液に触れると石化します。砲撃で粉々にすると体液が飛び散って、部隊の
巨大なニワトリたちの声が一両目まで届いている。運転室では操縦士が慌てふためいて、いったいなにごとかとこちらを振り返っていた。テオは、気にせず最大出力で走り続けるように指示する。
「中尉、知ってるのか?」
「コカトリスです」中尉は言う。「九羽もいるのであれば全滅させるのはちょっと難しいですね。不気味なほどの生命力がありますから。一発、二発の魔導銃を身体に当てたくらいだと、しぶとく追ってくる可能性があります。優秀な狙撃手に脚を狙わせてください。あいつらは飛んでいるように見えて、実は地面を脚で蹴って移動しています。例えるならば、
「それがやつらを退ける最善の策、ということだね」
「そうです」
テオは再度各部隊へ指示を入れる。「こちら
各部隊の指揮官から快活な応答が聞こえた。
「さて、私はちょっと別件でコカトリスちゃんに用事があるので、失礼します」
ラングハイム中尉はそう言って、貨物の隙間を
「ちょっと待て!」テオは呼び止めるが、中尉はあっという間に一号車から出て言ってしまった。
魔族に用事など
まったくもって、嫌な予感しかしなかった。
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