たくさん血が出るように、切り刻んであげますね。

 なんとも、おどろおどろしい。テオは顔をしかめた。


 コカトリス。仮に例えるなら、たしかにニワトリに行きつくだろう。しかし実際のそれは、養鶏場ようけいじょうのケージの中に収まって規則正しく無精卵むせいらんを産んでくれるような、可愛らしいものではなかった。


 魔族というのは、やっぱり化け物だ。

 コカトリスはその羽を広げるとおそらく三メートルから四メートルほどにもなる。頭部から脚の途中までは全て羽毛で覆われているが、油を塗りたくったような黄土色おうどいろと、腐った紫色の羽が混じり合っている。トサカやくちばしの周辺、その下の肉髭にくひげ赤褐色あかかっしょくで、ところどころに黒い斑点が浮いていた。触っただけでそこから腐食していきそうだ。


 極めつけの尾については蛇の姿をしており、黄色い鱗で覆われていて、粘り気のある分泌物を常に出し続けている。先端には羽毛がぽつりぽつりとまだらに生え出しており、まるで寄生虫がわいているようにも見えた。


 そんな姿の化け物が、何か不吉なものを引っ掻き回しているみたいな声を絶えず発し続けているのだ。気が狂いそうになる。


「少佐、フライドチキンは嬉しいですけど、あれは食欲も失せますよ」

「まったくそのとおりだな。悪いことをした」


 テオは五両目に到着し、ちょうどアルトマン准尉と合流したところだった。車両上部の点検口から顔を出して、対象に狙いを定めている。准尉の狙撃魔導銃「SR-26」はすでに二体のコカトリスを狙撃していた。


「また腕を上げたな」

「光栄です」アルトマン准尉は嬉しそうにニヤリとし、また狙撃体制に入る。

 ほかの狙撃手たちも順調に仕事をこなし、合計で七ピースのフライドチキンを獲得していた。


 しかし計九体のコカトリスたちのうち、これまでに二体の列車接近を許してしまい、車両の一部が破損した。積荷には影響のない部分だったが、巨大ニワトリの鎌のようなくちばしが隊員に接触、三名が負傷している。


 残りは二体。現在車両後方約二十メートル――


〈こちらサファイア01、残り二本のフライドチキンは私とヴイーヴルが失敬(しっけい)します〉


 ラングハイム中尉の通信が入ったかと思うと、車両とコカトリスのあいだに突如とつじょ青い竜が出現した。

 咆哮ほうこうで空気が振動する。部隊が叫び声をあげる。

 テオの嫌な予感は的中した。ヴイーヴル再登場だ。


 背中の上にはの魔女がまたがっている。


「サファイア、単独行動は許可していないぞ!」


 ヴイーヴルは列車とコカトリスの走行速度に合わせて滑空しているが、少しずつコカトリスを牽制けんせいして、車両との距離を離していく。テオの通信はあっけなく無視される。


 ある程度の列車との距離が確保されたところで、中尉は立ち上がり、コカトリスと向き合った。

「ぶくぶく太ってろくに飛べもしないあわれなニワトリの皆さん」

 ラングハイム中尉は右手を顔の高さに上げた。中指に翡翠色ひすいいろの宝石が輝いている。


「今日は絶好の遠足日和です。そんなに目を血走らせて人間ばかり追いかけていないで、周りの景色でも楽しんではどうですか? もし皆さんの目的が物資襲撃なら、残念ですが、望むような結果は得られません。なぜなら、この列車には新設の『|魔導連合大隊(まどうれんごうだいたい)ブリッツ』が乗り合わせているのですから!」


 通信で中尉の謎演説を聞いていたテオは、聞きなれない単語に若干じゃっかんの不安を覚えた。


「さて、私はこの大隊のブレーンですので、敵戦力の解析をしなければなりません。つまり、コカトリスの体液による石化効力かどれほどのものか、この身をもって確かめるべきなのです。不本意ですが、ブレーンですので。仕方がないんです」


 列車を追う二羽のコカトリスが凄まじい脚力で地面を蹴る。

 ヴイーヴル、そしてラングハイム中尉よりも高く、巨大なニワトリが跳躍した。


「たくさん血が出るように、切り刻んであげますね」


 中尉の右手を中心に、輝く輪が現れた。

 複雑な模様や文字が施された魔法陣だった。指輪の宝石と同じ、翡翠色の光を発している。


 ――風属性の上級魔法か。


「総員、すぐに衝撃に備えろ!」テオが指示を走らせる。


 風が逆巻き、波を打ち、叫んでいる。

 魔法陣はしだいに大きくなり、放つ光も増してゆく。


 気がつけば、二体のコカトリスがみるみるうちに切り刻まれていった。大股になって構えるラングハイム中尉の右手の先で、風のやいばが暴れている。


 断末魔だんまつまで耳が狂いそうだった。

 尾が切れ、脚がもげ、のたうちまわり、多量の黒い血液が四散しさんする。

 無残な肉片となったニワトリは生き絶え、地面に転がった。


 ラングハイム中尉は真正面からコカトリスの血を浴びた。

 黒い血がびちびちと嫌な音を立てて降りかかっている。当然ヴイーヴルにも血が降りかかっているが、ドラゴンに特別反応はなかった。コカトリスの血の石化程度ならば無効化できるのだろう。ただやっぱり、心なしか不快そうに見えた。


 ぐっしょりと濡れて、血で真っ黒になった中尉は恍惚こうこつとした目つきで空を見上げている。


 残り二体のコカトリスが撃退されたことを確認し、部隊から歓声が上がった。


「サファイア、状況は?」

〈少佐、私は石になっていますか?〉

「なっていない。そもそも血まみれでよくわからん」

〈少佐、この血、とてつもなく臭いです〉

「そうか。ならば近づかないでほしい」

〈少佐、石になった私を散弾銃さんだんじゅうかなにかで粉々にしてください〉

「だから石にはなっていない。軍用通信でこれ以上くだらない話は止めようか中尉。その血が隊員に付着しないように細心の注意を払って戻ってきてくれ。聞きたいことが山ほどある」


〈大丈夫です。すぐ洗いますから。あとしんどいのでちょっと休みます〉

 彼女は中指にはめた翡翠色の指輪をつけ替えた。今度は海のように深い青色の宝石だ。

 それが強い光を放ったか思うと、頭のてっぺんからゆっくりと血が洗い流されてゆく。


「便利なものだな」

〈――においまでは完璧にとれません〉


 中尉はローブに鼻を近づけて、眉根まゆねを寄せていた。

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