第三話 -石化-
出ちまうもんは仕方がない。上から出るか、下から出るかの違いさ。
マルシュタット中央本部。
十数人の
ちなみに魔導銃の可動で硝煙は発生しない。単なる皮肉なのだろう。
おまけに、煙に混じってコーヒーのにおいもする。
この士官室では、准尉たちが持ち回りで「
エルレンマイヤー准尉などは一度ひどく蒸らしすぎてしまい、とても飲めたものではない風味の液体を提供したため、「コーヒー豆の
テオはコーヒーこそ
そんな愉快な士官室の一角に、テオの指揮する第2魔導銃大隊の幹部たちのデスクが並んでいる。四つの長方形が狭っ苦しく押し込まれて、島が形成されていた。
四人分のデスクのそこここに、司令部からの指示書や、各部隊からの報告書などの書類が乱雑に積み上げられている。テオは、
「明日からまた、パシュケブルグ行きの貨物列車に揺られて一日の半分を過ごすことになります。バルテル少尉、
副大隊長のニコル・フィルツ大尉が、バルテル少尉を睨みつけた。
「大尉、おれだって耐えたさ」バルテル少尉は弁解する。「ただ、貨物列車っていうのは思うに、そもそも人が乗るためにできていない。前回の任務ではっきりしたね。たぶんあれは、三両目が特に揺れるようになってる。それに、出ちまうもんは仕方がない。上から出るか、下から出るかの違いさ」
フィルツ大尉は顔をしかめた。「最低です」
バルテル少尉は笑って肩をすくめる。「お褒めの言葉、ありがとう」
テオ・ザイフリート率(ひき)いる第2魔導銃大隊は、明日よりルーンクトブルグの北西へ向かう。
司令部からの書簡を元に、ニコル・フィルツ大尉が幹部陣へ向けて作戦内容を読み上げているところだった。
「とにかく、我々
ニコル・フィルツ大尉はきびきびと指示を入れていく。
彼女は栗色の髪をポニーテールにして、頭のうしろでまとめていた。二十歳(はたち)を過ぎたばかりの若い魔導銃師だが、すでに一個中隊を任されている。行儀の悪い男たちのケツを叩き、効率よく差配(さはい)してゆく優秀な指揮官だった。少し
彼女にことさら
「前回と同じく五両編成の軍用列車です」フィルツ大尉が続ける。「
「承知しました」
アルトマン准尉が
今年上級曹長から昇進した、叩き上げの男である。作戦の意図を素早く噛み砕くことに長けているし、戦場での動きも
「各小隊ごとの陣形は前回を
フィルツ大尉は説明を終え、テオに役割を回した。
「大尉、ありがとう」テオは立ち上がって三人の士官を見渡す。
「
フィルツ大尉、バルテル少尉、アルトマン准尉へそう伝えて、司令部からの作戦説明を終了した。
「――あの、少佐」フィルツ大尉がこちらを見ていた。「少し、疲れてません?」
早速見抜かれた。テオはいささか
大尉は本当によく人を観察するし、わずかな変化を検知する。フィルツ隊の部下からはよく「人間健康診断」と
「ああ、すまない。久しぶりの休暇で、少しはしゃいでしまったかもしれない」
死にたがりの魔女と
「珍しいですね。少佐がそんなふうに――なんというか、次の日に残すほど遊ぶというのは」
わずかにではあるが、大尉は
大尉とは長い付き合いだ。テオはこの世界へ来てすぐに士官学校へと入学させられたが、フィルツ大尉はそのときの同期である。
士官学校ではこの世界の
特に教養の各分野については前の世界と論理構造や定義から異なっているものも多く、その上「魔力」という未知の概念が存在していたので、
テオは、当時から
士官学校を卒業し、軍の一員として士官に着任して数年、彼女の呼び名は「ニコル」から「フィルツ大尉」となり、テオの呼び名は「テオ」から「ザイフリート少佐」となった。
酒の席などでは時折士官学校時代の呼び方になることもあったが、今は上官と部下の関係である。
わずかながら寂しさを感じていたものの、そんな感情にかまけていられるほど軍人の仕事は暇ではない。前の世界とは違い、戦争がほんの目と鼻の先にある。生と死が、あたかも友のように寄り添ってくる。
そういう世界にいるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日の早朝、弾薬や食糧を満載した軍用列車が、ルーンクトブルグ北西に位置する「パシュケブルグ」へと発車した。
パシュケブルグはソルブデン帝国、そして過去にはイオニク公国との国境線の近くに位置していたため、周囲を
現在はいくつかの歩兵部隊、魔導部隊、魔導銃部隊、そして召喚術部隊が駐屯しており、
ティールブルーを基調とした野戦服とオーバーコートを身にまとい、第2魔導銃大隊は物資とともに軍用列車に乗り込んでいた。
大隊の規模は、総勢五百人を超える。大隊本部として初期や炊事を担うものもいれば、衛生兵や、
当然全員が列車に乗り込むわけにもいかないため、四個小隊を選定し、さらに護衛に適した役割を持つ兵士を選りすぐった。
「こちら
一両目の最前方から、ザイフリート少佐が各小隊へ通信を行う。窓の外は晴天、広大なテンサイ畑が広がっている。
〈こちらサファイア01、軍用列車
「大隊長、今のは――」一両車にいた小隊の
誰だ? 我が部隊に「サファイア」などというコードネームの隊員はいない。
それになんだ?
いや、この声。聞き覚えがあった。
テオの
「こちらバーニング、『列車上空』の護衛任務は今回の作戦に入っていない。サファイア、
サファイアからはすぐに応答があった。
いや、正確には応答ではなく、一方的な「
〈第2魔導銃大隊総員、列車上空をめがけて発砲!〉
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