第15話 佐藤忍(さとうしのぶ)

俺は空を見てからそのまま歩き出す。

そして公園を後にしてから歩いて帰る。

その間にもずっと...復讐の事を考えていた。


だけど佐藤栞先輩のやっているのは完全なエゴとか訳が分からない復讐だ。

論点がかなりズレている。

それは地面の断層の様に、だ。

あくまで復讐と違う。


「...」


ゆっくり歩を進める。

それから重苦しい足をまるでチェスの駒でも動かしているかの様にして歩いていると背後から声がした。

それは華凛だった。

俺は華凛に向く。


「ああ。華凛」

「どこに行ってたんですか?」

「...いや。ちょっと待ち合わせでね。昔の友人に会っていた」

「そうなんですね」


そしてニコッとする華凛。

俺はその姿を見てから心臓がドクンと波打つ。

正直、彼女にそんな事に染まってほしくないのに。

だからこそ言いたいのだが言葉が出ない。

何故なのか、まるで縫い付けられた様に開かない。


「?...どうしたんですか?」

「...華凛。...いや。何でもないよ。...ゴメンな」


これも佐藤栞先輩の呪縛か。

そう思いながら俺は考え込む。

それから一緒に歩いて帰っていると華凛が俺に向いてきた。


「とうちゃん。もし良かったらお家デートしませんか」

「...お家デート?!」

「そうですよ。お家デートです」

「し、しかし」

「良いですか?私は...貴方が大切な人なんです。だからこうするのは当たり前の事です」

「...」


俺は困惑しながら華凛を見る。

すると華凛は俺に近付いて来た。

それから俺の胸に手を添える。

そして静かに胸に頭をくっ付けてきた。

神様か何かに祈りを捧げる様に。


「私、とうちゃんが好きですから」

「...お、おう」

「だから」

「...わ、分かったよ」


そして華凛は俺から離れて行く。

それからニコッとしながらまた俺を見てくる。

俺はその顔に赤面しながらそっぽを見る。

キラキラに輝いている様に見えたから。

星が輝く様に。


「...華凛」

「はい。何でしょうか」

「...佐藤栞先輩に会った」

「...そうだったんですね」

「ああ。...だからお願いがある」

「それは叶えられません」


直ぐ否定された。

それから華凛は俺に向く。

その顔は深刻な顔をしている。

笑みを浮かべている。


「これはチャンスなんですよ」

「せっかく巡って来たチャンスとでも言いたいのか」

「そうです。...今の機会を逃せば確実に奴を。そして用場和彦を地獄に落とし損ねますから」

「...華凛。お前は昔はそんな感じじゃ無かった。それに佐藤栞先輩も...お前を利用しているだけかもしれないぞ」

「私、言っていますよね。...あくまで里島めぐるは許さないって。用場和彦より許せないかもです」

「...」


俺は静かにその目を見据える。

その瞳の奥ではドロドロした渦巻く何かが有る気がした。

というか有ると思う。

彼女なりの恨みが。


「...華凛。間違っている。全てが。これは復讐じゃない。利用されているだけだ。だから」

「私はこれでも良いです。...それで良いんです。私は佐藤栞先輩から...」


そこまで話していると背後から声がした。

そこに居たのはスーツ姿の男性だ。

呼吸器を着けている男性。

背後に鞄に入れた酸素ボンベを持っている様だが。

誰だ?


「...初めまして。...俺、佐藤忍(さとうしのぶ)って言います」

「...え?じゃあまさか」

「弟がお世話になっています。その。勝手に会話を聞いてしまったんですけど...その。貴方がたはもしかして用場徹さんと...長友華凛さんですか」

「はい」

「...はい」


俺はその姿を見てみる。

鉛中毒のせいかこの人は酸素ボンベを着けていた。

こんなにするまで...本当に誰にやられたのか。

そう思いながらハッとして俺はアパートを見上げる。

それから忍さんと華凛を順序良く見る。


「こんな場所で話すのは何ですから上がりましょう」

「...有難う御座います」

「...」


話は途中になってしまったが。

折角...忍さんが会いに来てくれたんだ。

このまま見過ごすわけにはいかない。

そう思いながら俺は慌ててドアの鍵を開けてから忍さんを招き入れる。



「お茶です」


俺はそう言いながら忍さんと華凛にそれぞれお茶を出す。

青空が広がっている部屋の中。

俺達は忍さんを見る。

忍さんは名刺を取り出しながら俺達に渡してくる。


「俺ですね。...実は...事件の事を調べる為にあちこちを巡る仕事をしています」

「...そうなんですね。その...」

「ああ。この身体ですか?...これは気になりません。激しい運動をしなければ大丈夫なんです」

「...」


酸素を鼻より吸引している。

鉛中毒で肺機能でも下がっているのだろうか。

医学的な事は分からないが。

そう思いながら俺はお茶を飲む様に促す。


「有難う御座います。頂きます」


そして忍さんはお茶を飲む。

それから俺達を見てくる。

俺はその姿に唾を飲み込みながら横の華凛を見る。


華凛もそれなりに覚悟した様な感じを見せている感じだった。

まるでテスト前の緊張の様な。

忍さんは一杯飲んでからそのまま俺達を見てくる。


「ここに来た案件は...私の事じゃないです。弟の事で」

「...佐藤栞先輩ですか」

「はい。...単刀直入に言います。...弟を止めてほしい」

「止めてほしいとはどういう事ですか」

「...栞はやり過ぎだ。...俺の為とは言え我を見失っています」


忍さんは酸素ボンベを撫でてからそのまま窓から外を見る。

そして真剣な顔をする。

俺はその姿を見ていると忍さんは顎を撫でた。


「...彼は俺の為に復讐するだけに生きて居る。それは違うと思います」

「...」

「成績も下がっているんですよ。ここ最近。おかしくなっています」

「...そうなんですね」

「大学進学が欠かせないのに...それなのに」

「ですね」


華凛は見据える。

忍さんを、だ。

俺はその姿を見ながら改めて忍さんを見る。

そして聞いた。


「...彼は飲まれています」

「...ですね」

「...復讐に身を任せて俺達に接触して来た」

「ですね」

「...俺も確かに復讐したい相手は居ます。だけど今の彼の考えには賛同できない」

「...はい」


忍さんはコップに手を添える。

それから俺を見てくる。

俺はその姿を見ながら華凛を見る。

華凛は俺を見てから前を見る。


「...だけど全てを否定する訳じゃない。だから先ずは彼の暴走を止めます。それから協力し合いたい」

「...」

「俺の兄に」

「...はい。話は聞いています。...俺の元同僚です」


そして忍さんは視線をずらす。

それからまた戻した。

そうしてから俺達をそれぞれ見る。


「...迷惑を掛けています。暴走を止めてくれたらお礼します。何でも」

「...じゃあもし暴走を止めれたら情報を下さい」

「情報ですか?何のですか?」

「用場和彦です。勤務態度とかです」

「...それはお礼にならないですよ。そんな...幾らでもあげますが」

「いや。俺はそれ以上は受け取れない。それに今はお金とかそういうのは欲しいんじゃないです。真実が欲しい」


俺はお茶を飲む。

それから静かに残ったお茶の波面を見る。

そしてまた顔を上げる。


「...俺はあくまで用場和彦。そして...用場和彦の彼女に復讐する」

「...ですか」

「はい」

「...分かりました。その時は俺も協力します」


そして忍さんは鼻のチューブを触りながら苦笑した。

何故そんな顔をするのだろうか。


「...WINWINですね」

「...え?」

「俺、実は...もしかしてこの事件の主体は...用場和彦辺りじゃないかって見ているからですね」

「...じゃあ」

「そうですね。だけど証拠がある訳じゃ無いので」


忍さんは酸素チューブから手を離し。

それから苦笑いをまた浮かべた。

俺はその姿を見ながら居ると横に居た華凛が声を発した。


「あの。恨まないんですか?色々な...自らがこんなボロボロの身体になった原因の人を」

「恨んでも...結局治りません」

「...え?」

「逆に聞きますけど恨んで行動して法を犯して先に何か残りますか?」

「...」

「それを考えると恨むばかりじゃ馬鹿らしいかなって」


そして忍さんは笑みを浮かべる。

俺は目を逸らす。

そうしてから、大人は違うな考えが、と思ってしまった。

確かにそうだが。

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