第14話 歪天


何か空が反転する様に狂い始めている。

だけどその何かは分からない。

そう思いながら翌日。

俺は表に出てからそのままその人物に会う。


「やあ」

「...佐藤栞先輩」

「ん?どうしたんだい?そんなに警戒しないで良いよ」

「いや。警戒はしてないです」


そもそも警戒する様な感じでは無いが。

だけどこの人は...何か...何か。

マズい雰囲気を感じる。


だからこそ身構えてしまう。

そう考えながらベンチに腰掛けている佐藤栞先輩を見る。

コーヒーを飲みながら目の前を見ている。


「...佐藤栞先輩は...浮気されたんですよね」

「そうだね。浮気された挙句に棄てられた。まあ証拠を集めるのも大変だったよ」

「...」

「何か思う所があるかな」

「ありますね。...俺は...貴方のその強欲的なやり方に賛成できない。貴方の理想に他人を巻き添えにするのは話が違う」


佐藤栞先輩はその言葉を聞いてからコーヒーをあおった。

そしてペットボトルのキャップを手の中で転がす。

それから俺をニコッとして見てくる。

俺は咄嗟にまた身構えてしまった。


「そう固まらなくても何もしない。...そうだね。確かに他人を巻き添えにして動いていると思う。これは最悪な事をしているとは思うよ。だけどね。君は彼女の心底の気持ちを聞いたのかな」

「それはどういう意味ですか」

「彼女の心は心底、恨みに満ちていると思うよ。...それが君には分かるだろう」

「...分かりますけど」

「じゃあ君は彼女の意見に賛同しても良いんじゃないかな」

「俺はそんなに甘くないです。貴方の考えには賛同できない」

「...俺の考えに賛同しなくても良いんだ。彼女の本音を引き出したから」

「...」

「どっちみちにせよ彼女はやるよ。復讐を」


そう話しながら佐藤栞先輩は手の中で転がしていた茶色のキャップを弾いた。

そしてその茶色のキャップが空を舞う。

それからまた佐藤栞先輩の手の中に納まる。

佐藤栞先輩はそれを律儀に元の場所に閉めた。


「君は...甘いと思うよ。彼達に」

「それはつまり俺の浮気された彼女とかですか」

「そうだね。同情は出来ないよね。普通に考えて」

「そうですが...先に手を出すのは話が違う」

「思い出してみてよ。先に手を出したのはどっちかな」

「...だけど彼らは犯罪を犯した訳じゃ無い」

「どっちにせよ同じだよ。犯罪じゃなくても個人的に恨みが有ればそれはあくまで成立する」

「...」

「君は甘すぎる。他人の気持ちを考えないと」


俺は無言で佐藤栞先輩を見る。

すると佐藤栞先輩は俺にベンチに座ったらと促してくる。

俺は隣にそのまま腰掛けた。

それから目の前の遊んでいる子供達を見る。


「人の人生は一度きりだ」

「...はい」

「だからこのまま終わらせたら駄目だ」

「...佐藤栞先輩。すいませんけど俺はやっぱり納得できない。そして貴方がやっているのは多分エゴでしょう。それ以外にも何も無い」

「エゴ?」

「そうです。...貴方は自分の兄がやられたから他の人を巻き添えにして社会に復讐しようとしている。違いますか」

「...」

「...真犯人を探す為の撒き餌にしているじゃないですか。浮気がどうのこうのより」


佐藤栞先輩は前を見据える。

そして子供達を見る。

するとサッカーボールが俺達の足元に転がって来た。

それから佐藤栞先輩はそれを拾い上げてから子供達を見る。

子供達は慌ててやって来た。


「す、すいません!」

「ああ。構わないよ。はい」

「有難う御座います!」


それから子供達はそのサッカーボールを受け取ってからそのまま駆け出して行く。

元気よく駆け出して行く。

その姿を見てから佐藤栞先輩を見る。


すると佐藤栞先輩は伸びをした。

そしてその持っていたコーヒーの空きペットボトルをごみ箱に捨てる。

そうしてからまた俺の横に腰掛けた。


「君の言う通りかもしれない」

「...?」

「俺は何もかもを奪われた。だからせめてそういう事は律儀に復讐したいって思って居るのかもな。エゴだ」

「...」

「俺は...あくまでこの社会の不条理、警察などが許せないんだよね。だけどそれは全て心の中で置き換えていた」

「...なかなか真犯人が捕まらない事に苛立っているって事ですよね」

「そうだね。警察組織は腐っている。俺の兄の事をまともに捜査してないし組織も弱体化している。俺達に報告もない。この街の警察だけだけど」


そう言いながら佐藤栞先輩は歯を食いしばった様な気がした。

俺はその姿を見ながら風を感じる。

そして自然の匂いを感じる。


だけどそれはヘドロの様な香りにも感じた。

飲み込まれてしまう。

そう思いながら俺は顔を上げた。

それから佐藤栞先輩を改めて見据える。


「申し訳無いけどやはり俺は貴方の設立した部には入れない」

「...」

「貴方に飲み込まれる訳にはいかない」

「...そうかい」

「アイツも。...華凛も絶対に退部させます」

「...」


佐藤栞先輩はその事に怒ったり泣いたり笑ったりせず。

そのまま俺の目を見据えた。

それから数秒見つめ合ってから佐藤栞先輩の真面目な顔が破顔した。

そしてこう言ってくる。


「それで本当に彼女を制御できるのか」


という感じで、だ。

俺はその顔を見ながらゾッとする。

そして佐藤栞先輩の目が狼のように光った様な気がした。

本当に飲み込まれそうな瞳だ。


沼っていうか。

ジェットエンジンの稼働しているエンジンの様な。

一度入ったらもう二度と帰って来れないものがあった。

俺はその姿に冷や汗を一筋流す。

それから佐藤栞先輩を見る。


「...華凛はそんな軟じゃない」


そう一言だけ言ってから佐藤栞先輩を見る。

すると佐藤栞先輩は俺の言葉に笑顔になった。

俺は真剣な顔をして見据える。

警戒をした。


「...そうか」


佐藤栞先輩はただそう言いながら俺を見る。

俺はその姿を見ながら立ち上がる。

そして佐藤栞先輩を見る。


「貴方の力が無くても俺は必ず...制御します。そして...アイツに復讐する」

「...そうだね。...そうしたいならそうすれば良い。俺はもう何も言わないよ」

「敵っていう感じですか」

「違うよ。...そうだね。...君達に更に興味を惹かれたって感じかな」


そう言いながら佐藤栞先輩はニコッとする。

それから髪の毛を前方から後方に撫でた。

そしてそのまま立ち上がる。

そうしてから俺に踵を返した。


「...今日は有難う。良い話が出来た」


そして佐藤栞先輩は頭を下げる。

それから人込みに紛れて角を曲がって消えた。

俺はその場で立ちすくみながら佐藤栞先輩が消えて数秒経ってもその場に居た。

復讐とは一体、何なのか。

それを考えながらその場に立ちすくみ空を見上げた。

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