第5話 初恋
☆
私の名前は華凛。
本名を長友華凛という。
私の名前を付けてくれたのは親では無い。
清水さんが付けてくれた。
この世界に凛とした華を、という意味で、だ。
私は幼い頃から父親が本当にネグレクト、暴力と最低な人だった。
その為に私は精神科に入院せざるを得ず...ダメージを負った。
それから私は退院してからは家を出てから...清水さんの所に行き。
今に至っている。
残念なのは清水さんの行方が分からない。
私にずっと生きる術を教えてくれた彼女は...私が高校に上がると同時に失踪した。
何故かは分からない。
だけどいきなりの事だった。
私の家族は父親、母親、姉、私となっている。
姉も実は失踪している。
その為私が標的にされずっと家族にハイジャックされていた。
脳内をハイジャックされていた。
だからこそ私は...父親達を絶対に許す気は無い。
私はその思いで生きている。
その中で私は思い出す事がある。
唯一、楽しかった幼稚園時代を、だ。
彼の事を忘れた日は無い。
これはあくまで初恋だったと思う。
彼というのは...勇ましかった私の同級生。
名前は知らない。
何故かといえば聞く前に去って行った。
親の都合だったと思う。
そしてその後に私は親に頬を殴られて意識が飛んだ。
残念ながらそのせいで記憶が曖昧なのだ。
だからこそ私は彼の顔もあまり覚えて無い。
私はそう思いながら用場さんの食べるうどんを作った。
「用場さん」
「あ、ああ。出来たの?」
「そうですね。テーブルクロスを広げて下さい」
用場徹さん。
私の隣人として引っ越して来た彼...なのだけど。
何で彼にこんなに親近感が湧くのか分からないけど。
用場徹さんを見ていると何だか嬉しくなる。
「すまない。...作ってもらって」
「いえいえ。気になさらないで下さい。量が曖昧で申し訳無いですが」
「...こういうのも得意なんだね」
「そうですね。基本的にレシピさえ見れば何でも作れます」
「凄いね。君。...君をお嫁さんに貰った人は凄いラッキーだ」
そう言いながら用場徹さんは...目の前の私のうどんを見てから私を見てくる。
私はそのにこやかな顔に懐かしさを感じつつ。
「じゃあ食べましょうか」と言った。
それから私は手を合わせる。
用場さんも手を合わせた。
☆
「とても美味しかった」
「...そうですか?良かったです」
そして私は食器を片付ける。
すると用場さんが立ち上がって手伝ってくれた。
用場さんは私に笑みを浮かべる。
「...何だかこうしていると...ゴメン」
「...何が言いたいかは分かります。夫婦の様だって言いたいんですよね」
「そうだね。...ゴメンね。不埒で」
「...いえ。私もそう思っていたので」
私はゆっくり皿を洗う。
すると用場さんが「長友さん」と向いてくる。
私は「はい?」と反応した。
そして用場さんがこう切り出した。
「俺な。...実は浮気されたんだ。彼女にね」
「...え?」
「それは言わないでおくつもりだったけど。だけど君なら話しても良いかなって思ったんだ。それで今に至っているんだけど」
「...そう...だったんですね」
「そうだね」
その言葉を聞いて胸が締め付けられる。
私は「...」となりながら皿を洗った。
器を洗う。
私はゆっくり口を開いた。
「...用場さん」
「うん。どうしたの?」
「私、用場さんの様な人は一度しか会ったことが無いです...最悪ですね」
「...うん。まあ相手も屑だったし」
「...」
「それでまた...さっき浮気相手と話していたんだけど」
その言葉に私は「!」となる。
それから用場さんを見た。
すると用場さんは「...最低な奴だったよ」とボソッと呟き手を止める。
私はその言葉に「...ですか」と言った。
「何だかな。...君みたいな性格だったら良かった」
「...そうですね」
「...俺はアイツに期待していた。そして絶望だった。...何を求めていたんだろうね。俺は」
「...用場さん...」
私は言葉に手が止まる。
それから用場さんを見た。
用場さんは沈黙な顔をしている。
私は唇を噛んでから顔を上げてから用場さんを見る。
「用場さんは用場さんらしく生きて下さいね」
「...え?」
「...私、お姉ちゃんが居ました。...彼女は...その。私の家庭事情で捨てられたんです。彼氏に」
「そうなんだね」
「はい。それで...あくまで浮気じゃ無いですが...彼女も思いつめていましたから」
「...」
「私、応援しています。用場さんが立ち直るの」
そう言いながら私は用場さんの石鹸にまみれた手を握る。
すると用場さんはこう呟いた。
「貴方は昔会った少女の様だ」と。
私は「え?」となった。
「あ。ゴメン。実は幼稚園時代に...とても可愛らしい女の子が居てね。それで...彼女に似ていたから」
「...え?...すいません。何という幼稚園ですか?」
「森田幼稚園だね」
「...!!!!?」
私は皿をシンクに落とす。
それから急速に真っ赤になる。
まさか?いや。
違うか。
流石にそんな馬鹿な事は無いよね。
「な、長友さん?」
「あ、え、あ。すいません。お皿が割れてないですよね!?」
「あ、う、うん。大丈夫だけど。...どうしたの?」
「い、いや。何でもないです」
熱が私を包む。
そして赤くなってしまう。
そんな運命的な事って有り得るか?
そういう馬鹿な事が。
「すいません。用場さん」
「う、うん?どうしたの?」
「...その娘は眼鏡をかけていましたか」
「...え?そ、そうだね。良く分かったね」
「...」
私は作業が出来なくなった。
それから用場さんに「御免なさい。ちょっとお手洗いを使いに戻ります」とだけ言ってから慌てて表に出る。
それから隣の部屋の柱を背にして崩れ落ちる。
心臓の鼓動が。
血液が。
半端なく全身を駆け回っていた。
赤くなってしまう。
「...どういう事ですか」
そう言いながら私は空を見上げる。
マズい滅茶苦茶...熱い。
熱すぎる。
困った...本当に困った。
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