第5話 初恋


私の名前は華凛。

本名を長友華凛という。

私の名前を付けてくれたのは親では無い。

清水さんが付けてくれた。

この世界に凛とした華を、という意味で、だ。


私は幼い頃から父親が本当にネグレクト、暴力と最低な人だった。

その為に私は精神科に入院せざるを得ず...ダメージを負った。

それから私は退院してからは家を出てから...清水さんの所に行き。

今に至っている。


残念なのは清水さんの行方が分からない。

私にずっと生きる術を教えてくれた彼女は...私が高校に上がると同時に失踪した。

何故かは分からない。

だけどいきなりの事だった。


私の家族は父親、母親、姉、私となっている。

姉も実は失踪している。

その為私が標的にされずっと家族にハイジャックされていた。

脳内をハイジャックされていた。

だからこそ私は...父親達を絶対に許す気は無い。


私はその思いで生きている。

その中で私は思い出す事がある。

唯一、楽しかった幼稚園時代を、だ。

彼の事を忘れた日は無い。


これはあくまで初恋だったと思う。


彼というのは...勇ましかった私の同級生。

名前は知らない。

何故かといえば聞く前に去って行った。

親の都合だったと思う。


そしてその後に私は親に頬を殴られて意識が飛んだ。

残念ながらそのせいで記憶が曖昧なのだ。

だからこそ私は彼の顔もあまり覚えて無い。

私はそう思いながら用場さんの食べるうどんを作った。


「用場さん」

「あ、ああ。出来たの?」

「そうですね。テーブルクロスを広げて下さい」


用場徹さん。

私の隣人として引っ越して来た彼...なのだけど。

何で彼にこんなに親近感が湧くのか分からないけど。

用場徹さんを見ていると何だか嬉しくなる。


「すまない。...作ってもらって」

「いえいえ。気になさらないで下さい。量が曖昧で申し訳無いですが」

「...こういうのも得意なんだね」

「そうですね。基本的にレシピさえ見れば何でも作れます」

「凄いね。君。...君をお嫁さんに貰った人は凄いラッキーだ」


そう言いながら用場徹さんは...目の前の私のうどんを見てから私を見てくる。

私はそのにこやかな顔に懐かしさを感じつつ。

「じゃあ食べましょうか」と言った。

それから私は手を合わせる。

用場さんも手を合わせた。



「とても美味しかった」

「...そうですか?良かったです」

そして私は食器を片付ける。

すると用場さんが立ち上がって手伝ってくれた。

用場さんは私に笑みを浮かべる。


「...何だかこうしていると...ゴメン」

「...何が言いたいかは分かります。夫婦の様だって言いたいんですよね」

「そうだね。...ゴメンね。不埒で」

「...いえ。私もそう思っていたので」


私はゆっくり皿を洗う。

すると用場さんが「長友さん」と向いてくる。

私は「はい?」と反応した。

そして用場さんがこう切り出した。


「俺な。...実は浮気されたんだ。彼女にね」

「...え?」

「それは言わないでおくつもりだったけど。だけど君なら話しても良いかなって思ったんだ。それで今に至っているんだけど」

「...そう...だったんですね」

「そうだね」


その言葉を聞いて胸が締め付けられる。

私は「...」となりながら皿を洗った。

器を洗う。

私はゆっくり口を開いた。


「...用場さん」

「うん。どうしたの?」

「私、用場さんの様な人は一度しか会ったことが無いです...最悪ですね」

「...うん。まあ相手も屑だったし」

「...」

「それでまた...さっき浮気相手と話していたんだけど」


その言葉に私は「!」となる。

それから用場さんを見た。

すると用場さんは「...最低な奴だったよ」とボソッと呟き手を止める。

私はその言葉に「...ですか」と言った。


「何だかな。...君みたいな性格だったら良かった」

「...そうですね」

「...俺はアイツに期待していた。そして絶望だった。...何を求めていたんだろうね。俺は」

「...用場さん...」


私は言葉に手が止まる。

それから用場さんを見た。

用場さんは沈黙な顔をしている。

私は唇を噛んでから顔を上げてから用場さんを見る。


「用場さんは用場さんらしく生きて下さいね」

「...え?」

「...私、お姉ちゃんが居ました。...彼女は...その。私の家庭事情で捨てられたんです。彼氏に」

「そうなんだね」

「はい。それで...あくまで浮気じゃ無いですが...彼女も思いつめていましたから」

「...」

「私、応援しています。用場さんが立ち直るの」


そう言いながら私は用場さんの石鹸にまみれた手を握る。

すると用場さんはこう呟いた。

「貴方は昔会った少女の様だ」と。

私は「え?」となった。


「あ。ゴメン。実は幼稚園時代に...とても可愛らしい女の子が居てね。それで...彼女に似ていたから」

「...え?...すいません。何という幼稚園ですか?」

「森田幼稚園だね」

「...!!!!?」


私は皿をシンクに落とす。

それから急速に真っ赤になる。

まさか?いや。

違うか。

流石にそんな馬鹿な事は無いよね。


「な、長友さん?」

「あ、え、あ。すいません。お皿が割れてないですよね!?」

「あ、う、うん。大丈夫だけど。...どうしたの?」

「い、いや。何でもないです」


熱が私を包む。

そして赤くなってしまう。

そんな運命的な事って有り得るか?

そういう馬鹿な事が。


「すいません。用場さん」

「う、うん?どうしたの?」

「...その娘は眼鏡をかけていましたか」

「...え?そ、そうだね。良く分かったね」

「...」


私は作業が出来なくなった。

それから用場さんに「御免なさい。ちょっとお手洗いを使いに戻ります」とだけ言ってから慌てて表に出る。


それから隣の部屋の柱を背にして崩れ落ちる。

心臓の鼓動が。

血液が。

半端なく全身を駆け回っていた。

赤くなってしまう。


「...どういう事ですか」


そう言いながら私は空を見上げる。

マズい滅茶苦茶...熱い。

熱すぎる。

困った...本当に困った。

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