第31話 その一回で十分だ

色々とご迷惑お掛けし、申し訳ありませんでした。

引き続き、よろしくお願い致します。


──────────────


結局のところ食欲がなくて、咲夜の作ってくれたお粥を半分残してしまった。

食後。すぐ横になる気もなかったので、今はリビングのソファーに腰掛けながら、普段は見れない昼の情報番組を垂れ流してくつろいでいる。


「知らない人ばかりだ……」


内容に興味が湧かず、右手を前にかざし……むすんでひらいてを繰り返す。

そんな惰性で続く手遊びの途中、ふと颯さんの顔が思い浮かんだ。


────颯さんは、僕がよかったんだ。

 

別れ際、颯さんは最後まで僕を求めてくれた。


話し合おうと、置いてかないでと。


なのに僕は、彼女が差し出してくれた手を掴まなかった。それどころか、振り払うような真似をして彼女を裏切ったのだ。

 

もう一度ひらいて、最後に拳をギュッと握り、それを額に軽く当てる。


「なにやってるんだ……僕は……」

 

結局、僕はまた逃げだしただけだ。

佐野颯としての幸せを選ぼうとしていた彼女の期待と、王子様を慕う人々から希望を奪う覚悟。それらを一手に担えるほどの勇気や自信がなく、怖気づいてしまった。

だから、押し付けたのだ。

王子様だなんて仮初の幸せなんかを……。


きっと謝ったって許してもらえるはずがない。それだけの理由を僕は彼女に働いたのだ。大切な約束を破った、裏切り者への当然の報いとして。


けど……このままじゃ終われない。だって僕は知ってしまった。颯さんと過ごす日々の色めきと、星川輝夜としての時間が動き出す鼓動の高鳴り。


そしてなにより、彼女の願った幸せは……この僕と一緒にいることだと。


もし奇跡的に、あと一回だけチャンスがあるなら……それだけで構わない。


『その手を二度と離さない』

彼女に僕の意志を伝えるには、その一回で十分だ。



「────お兄、それ面白い?」

洗い物を終えた咲夜が、僕の右隣に座る。

「……ぜーんぜん。何なら、チャンネル変えていいよ」

普段よりもテンションが低かったので、僕は笑みを取り繕って答えた。


「うん、わかった。それにしてもお兄……また、髪が伸びてるね」

「そうかな?」

「お兄を見ている私が言うんだもん。そうに決まってる」


それもそうか。

いつも通りの咲夜に、僕はなにも返さずに天井を見上げる。


「ねえ、お兄。三時になったら、おやつでアイスを……どうしたの、ぼーっとして?」

「ん? いや、ちょっと考え事を……」

 

母さんでいる必要がないのなら、この髪は卒業するべきだろう。

現に手入れは大変だし、これから暑い季節にもなる。区切りやケジメとして、新しい髪型に挑戦するのも悪くない。


「ねえ、咲夜。僕、髪を切ろうと思うんだけど……どうかな」

「え……切っちゃうの?」

 

咲夜は残念そうに、僕の右腕にしがみついてきた。


「ダメ……かな?」

「だ、ダメじゃないよ。お兄が決めたことなら反対しない……けどね」

 

さっきよりも腕をきつくしめて、容赦なく胸を押し当ててくる。

……これ、僕にだけだよな? 他の男子へ無意識にやってたら承知しないぞ。


「切るなら……私に髪型、決めさせてほしいな‼︎」

「さ、咲夜が?」

「だってお兄、最近の流行とか全然知らないでしょ? 美容室だってまともに行ったことないだろうから、私がお手伝いしてあげる‼︎」 

「でも、そこまで子供じゃないし……」

「お兄‼︎」

 

咲夜は僕の膝を枕にして、ゴロンと仰向けになった。


「私はね、お兄の新たなる門出をお祝いしたいの! だから、失敗しないように私も協力したい……それにこれからは、私と一緒に頑張るんでしょ⁉︎ なら、好意は素直に受け取って!」


この体勢で言われても説得力ないなぁ。

まあ、ここまでやる気になってくれているのなら、無理に断る必要もない。


「……うん、わかった。それじゃあ咲夜、僕のイメチェン……いい感じに頼むよ」

「えへへ〜、任せて! お兄大変身プロジェクト、私が絶対に成功させてあげるからね!」

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