第28話 夢が覚めたら

「ねえ、輝夜? そろそろ誕生日だよね。プレゼント、なにか欲しいものはない?」 


午前中の雨が嘘のように晴れた八月の昼下がり。白く囲われた病室に、厳しい日差しがカーテンの隙間をギラギラと縫って入ってくる。


「欲しいものなんてないよ。母さんが元気になって帰ってきてくれるなら、それでいい」

「そっか……なら母さん。早く病気を治して、輝夜の誕生日……お祝いしなきゃね‼」


医療用の帽子を被った母さんは嬉しそうに、枝のような細い手で僕の頭を撫でた。


「……はぁ~」

「どうしたの? ため息なんかついて」

「だって~。輝夜は母さんに似て可愛い顔してるでしょ? だからこの先、いろんな人に嫉妬されて意地悪されないか、心配になっちゃって……」

「そ、そんなの今だけだって。大きくなったら、どうせ父さんみたいに男らしくなるから」

「あー……まあ、それもそうだね。輝夜は将来、きっと高身長のイケメンで、周りから王子様と持て囃されるようなカッコいい男の子になれるよ」


そう言い切る母さんの笑顔は、お日様のように温かかった。


「でも、見た目だけじゃダメだよ。ちゃんと中身もカッコいい人間にならないと」

「中身が……カッコいい?」

「そう。要は人間性の話……たとえばね」

 

母さんは僕の手を取り、神妙な面持ちで語り始める。


「困っている人には見返りなんて求めずに手を差し伸べてあげたり……あと、悲しみに心を囚われている人がいたら、そばで優しく寄り添ってあげる。他にも必要な要素はたくさんあって数えきれないけど……輝夜には、人の為になにかできる人間になってほしいな」


「うーん。僕になれるかな? そんなすごい人に」

「大丈夫、アナタは優しくていい子だから自信持っていいよ。それは母さんが保証する」

「……わかった。それが母さんの願いと言うなら……僕、中身のカッコいい人間になるように努力する。今すぐには無理かもしれないけど、少しずつ変わってみせるよ」

「本当? 嬉しい……頑張ってね。母さん、ずっと見守っているから」

 

一度窓の外を覗いてから、母さんは再び僕を見つめ直す。


「あと……咲夜のこと、任せたわね。お兄ちゃんとして……あの子を守ってあげて」

「任せてよ。咲夜は絶対、僕が守ってみせるから」

「ふふ。ありがとう。頼りにしてる」


別れがチクタクと足音を立てて迫ってくる。


「最後に……大好きだよ、輝夜。もちろん、咲夜と父さんも大好き。だから、アナタは私の代わりに……強く……生きて。皆で……幸せになってね」

 

僕はこのとき、母が泣いる姿を初めて見た。

そんなまさかの事態に、我慢していた感情が抑えられず溢れだしてしまう。


「……うん、約束する。僕……頑張る……から。皆を幸せに……して……みせるから」

 

なんとか力を振り絞り、掠れた声で伝える。


「お願い、するね……輝夜」


僕は母さんの手を強く握り返した。

これで最後だと気づいてしまったから、時間の許す限り……涙が枯れるまで。


※※


────目が覚めると、僕は自室のベッドで寝ていた。


「ん〜……夢……かぁ」


カーテンの間から差し込む光に違和感を覚え、スマホを見ると時刻は午前十一時ちょっと過ぎ。日付は木曜日に変わっていた。おかしい、さっきまで夕方だったような。それに僕はなんで家にいるんだろう。よく思い出せない。


ただ唯一、まともに浮かぶのは颯さんと別れたところ。


あまり振り返りたくないが……やっぱり、あれが最適解だったと思う。あの人は皆の王子様で僕だけの颯さんではない。僕が離れることでファンは二度と不満を抱かないし、颯さんは王子様として、たくさんの人に慕われて幸せになれる……。


本当にそうだろうか? 

正解なんてわからないけれど、これ以上の答えや方法があったような気がしてもどかしい。

まあ、簡単に割り切れればわけがない。

遣る瀬無い気持ちは、今も微熱と共に燻っているのだから。

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