第27話 星追いは眠りたい
気が付くと僕は踊り場の隅で蹲っていた。
急がなきゃいけないのに、これ以上は一人で歩ける気がしない。胸が苦しくて呼吸もまともにできない。それに頭がフラフラして目も熱を持って見えにくい。
色んな感情が犇く僕の頭の中みたいに、世界もグチャグチャに滲んでるみたいだ。
「……ふざけるな」
悲しむなんて、僕にそんな権利はない。失って寂しい気持ちも、裏切ってしまった罪悪感も全部、お前の弱さが招いた自業自得。何もできないくせに、守れもしない約束をするからだ。
そんな自分の不甲斐無さに怒りが沸いて、耳鳴りまでしてくる。
「……ん?」
どうも耳鳴りの正体は、予報よりも早く降り始めた雨みたいだ。
「……洗濯物……干しっぱなしだ」
祈ってもないのに降ってくるなよ。ああ……もう、動きたくない。人、呼んだ方が……いや、別にいいか。僕なんてどうせ、誰からも必要とされてないんだから……。
「────や? おい、輝夜⁉」
ザアザアという雑音の中から、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。
ゆっくり顔を上げると、
「ゆう……と?」
目に映ったのは、屈みながら僕を心配そうに覗いている悠人の姿だった。
「はぁ~、よかった~。何だよ、聞こえてるなら最初から反応しろよ」
「……ごめん。でも、何でこんな時間に?」
「美化委員の仕事が終わったから、ちょうど上から降りてきたとこだったんだ。てかお前、大丈夫か? こんなところで踞って……やっぱり、どこか悪いのか?」
「いや……ちょっと疲れたみたいでさ、立てなくなっちゃった」
「だから無理するなって言ったのに、言わんこっちゃない。どうする、保健室行くか?」
「いや、そこまでしなくていいよ。帰って休むから」
「そうか。なら送ってやるから、その荷物、貸せよ」
「いいよ、別にそこまで」
「あのな。お前は少し、人に甘えるってことを覚えた方がいいぞ」
「……で、でも」
「気にすんなって。ほら、早く帰ろうぜ」
悠人は僕を無理に引っ張りながら起こして、制服に付いた埃などを払ってくれた。
「ところで輝夜、この重い鞄……一体、誰のだ?」
「それは、後でわかるよ」
※※
悠人の力を借りて何とか昇降口へ。
「あっ! お〜い、輝夜ちゃ〜ん!」
「天音さん。ごめんね、遅くなって」
「そんなことないよ〜、こっちこそごめんね。わざわざ持って来てもらって……って、何で石川くんが一緒に?」
「何だよ、俺がいちゃ悪いか?」
「そんなこと無いけど……ねえ、輝夜ちゃん。颯ちゃん、教室に行かなかった?」
「……僕は会ってないよ。多分、どこかですれ違いになったのかもね」
「え? で、でも」
「まあまあ、そんなことより悠人。その鞄、天音さんに渡してあげて」
「お、おう。はい、これ」
「あ、ありがとう」
天音さんは奇異な目で僕を見ているが、構うことはない。これで任務は遂行した。帰ったら少し休んで晩御飯の準備を……。
「ねえ、輝夜ちゃん?」
「ん、どうしたの? なんか足りない物でもあった?」
「いや、それは問題ないんだけど。なんか輝夜ちゃん、めちゃめちゃ顔赤くない⁉」
「……そんなことないよ。早く帰ろう」
僕は靴を履き替えようと動き出す。
それを許すまいと、悠人が体勢を変えて羽交い締めにしてきた。
「悠人……離してよ。悪ふざけしてる場合じゃないって」
「いいから! 大人しくしてろ……」
悠人は、僕のおでこに手を当てる。
「……すごい熱。おい輝夜! お前、なんで黙ってたんだ」
「これぐらい、別に大したことないよ。僕は大丈夫だから」
「んな訳ねーだろ。とにかく、早く保健室に」
「ダメだよ。寄り道したら、僕……咲夜に、ご飯作らないと」
正直、立ってるのもしんどくなってきた。
「無茶なこと言うな! 大人しく保健室にって……お、おい! 輝夜⁉︎」
僕の体は倒れるようにして、悠人に体重を預ける。
「か、輝夜! ね、寝るな、寝たら死ぬぞ!」
「ちょっと、ふざけないでよ‼ で、でもどうしよう。救急車とか呼ぶ⁉︎」
「待て! 俺が……連れて……ら、三……は遥先生を……くれ」
「わ、わか……。じゃあ、あた────」
……騒がしいな。
頼むから少し、眠らせてくれ。
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