第25話 奪わないで
「……なるほど、牧さんの言い分はわかったよ」
「本当ですか? なら、今後は颯様から手を引くということで」
「だけどごめん。それは無理なお願いだ。僕は颯さんから離れる気はない」
「……は⁉ 何で……そ、そうですか……し、仕方ありませんね。私達ファンを敵に回して、どうなっても知りませんよ?」
「そう……なら僕は全部、アナタ達にされた事を颯さんに言うよ。自分のファンが裏で悪事を働いてるって知ったら、王子様はどう思うんだろうね?」
「う、うるさい……うるさい、うるさい! うるさーい‼」
「えっ⁉︎」
牧さんの繰り出した平手打ちが、バチンと僕の左頬へもろに入った。
「って……」
ジンジンと伝わる痛みに、ただ手で抑さえることしかできない。
「……だ、大体、先輩は気色悪いんですよ。そんなに髪伸ばして。正直、見てるこっちが鬱陶しい。あっ! もしかして……身の回りの事は親に任せきりで、自分一人じゃお店にいけないとかですか? ふん、箱入り娘ですね」
……落ち着け、こういう悪口は言われ慣れてる。それに相手は颯さんのファンだ。彼女が大切にしている存在を、僕が怒りに任せて傷つけでもしたら悲しませてしまう。
「ちょっ、
「い、いいのいいの。これも颯様の為なんだから」
これが……颯さんの……。
「それにこれぐらいやって、二度と調子乗らないように心をへし折ってやらないと。まあこの人、なんか気弱そうだからやり返して……」
「おい!」
「な、なんですか⁉ 喧嘩なら買ってやり……ひ、ひぃぃぃぃー‼」
僕の顔を見て、牧さん慄きながら一歩、二歩と後ずさり。
急激な空気の変化を感じてか、後ろの二人が慌てて宥めてきた。
「ほ、星川先輩! お、落ち着いてください! この馬鹿が調子乗ったのは謝りますから」
「そうそう。それにこの子、昔から馬鹿正直で失礼なことを平気で」
「悪いけど黙っててくれ。僕は今、こいつと話してるから」
「「す、すみません」」
後ろの二人を牽制し、僕は再び牧さんに視線を合わせる。
「あっ……えっと、先輩?」
一度大きく呼吸をして、怒りに逸る気持ちを抑えた。
「……牧さん。今から話ことは、最後までよく聞いてね」
「は、はい!」
ビクッと反応して、牧さんは気をつけの姿勢をとる。
「牧さんは今、相手がどんな思いをするとか、どんなダメージや傷を与えるとか、ちゃんと考えずに人を殴ったり、馬鹿にする発言をしたよね?」
牧さんは少し渋い顔をして、すぐさま目を吊り上げて反撃の色を成す。
「で、でも、先輩が悪いんじゃないですか。アナタが颯様に手を出そうとするから」
「人を傷つける免罪符に颯さんを使うな‼︎」
「ひゃ、ひゃい」
もちろん、これまでの無礼に対する許せない気持ちはある。
「それに……そんな言動の繰り返しが、巡り巡って慕っている颯さんの評価を下げることにも繋がるんだよ。ファンの管理もまともにできない、だらしない奴だって悪いイメージが勝手にね。牧さんだって、自分のせいで颯さんが悪く言われたら嫌でしょ? だから今後、感情のままに動いちゃダメ」
けれど一応、伝えたい本心はこっちだ。颯さんの知らないところで、ファンが勝手に評判を下げる真似なんて見過ごせない。それに今後、彼女の負担や敵を増やさない為にも、牧さんの態度は改めさせるべきだ。
だからこそ、これぐらい厳しいことは言わせてもらう。
少し沈黙を経て、僕は牧さんに微笑む。
「どう、わかってくれた?」
「……わ、わ、わかりました。もう二度と、軽はずみな発言や行動はしません」
「うん。理解してくれたならいいよ」
それでも牧さんはどこか、腑に落ちないみたいだ。
「でも……これとそれは話が別です。先輩はどうせ、颯様を独り占めする気なんでしょ‼」
「ぼ、僕はそんなことしないよ。ルールだって、これからはちゃんと守るから」
「嘘だ……先輩は私達を騙そうとしてる。やだ……やだやだ、お願い、お願いします‼ 私から、私達から颯様を奪わないで……もう近づかないでよぉ」
ポコポコと、そんな弱い打撃が僕の胸部に繰り返される。
さすがに大人しくできなかったのか、待機していた二人が慌てて止めに入ってきた。
「陽葵、やめなって。これ以上、先輩を怒らせない……で‼」
「そうだよ。今日は引き下がろう……よ‼」
足をバタバタさせながら、牧さんは付き添いの二人に引きずられて下がっていく。
「だって、だってぇ……うわあああん」
そして火がついたように泣き出してしまった。
「……ま、牧さん」
『────いい加減にしろよ、
「……っ」
牧さんに近づこうとしたとき、僕の中である記憶が蘇った。それは封印しておきたかった、僕にとって不都合な記憶の断片。
「ひっく……うう」
「ご、ごめんね、牧さん……本当にごめん」
どうすることもできずに固まっていると、
「輝夜くん、何してるんだ? 遅いから心配……あれ、牧さん?」
バッドタイミングで教室に入ってきたのは、下で待っているはずの颯さんだった。
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