第24話 戦う価値がある
「あっ、しまった〜‼」
職員室へ鍵を返しに行った後、天音さんは頭を押さえて喚き始めた。
「ど、どうしたの天音さん?」
「教室に鞄置きっぱなんだよ。あ〜、今から五階に上がるの面倒くさいな〜」
「……なら、僕が持ってくるよ」
「え⁉ いやいやいやいや‼ 輝夜ちゃん、それはいくらなんでも悪いよ」
「気にしないで。僕も置いてきたから……ついでに取ってくるよ」
「それならボクが取ってこよう。輝夜くんは無理するな」
「大丈夫だよ。二人は先に行って待ってて」
二人にそう告げて、僕は一人で二年三組の教室へ向かった。
────今日は、宵のうちから雨が降るらしい。すでに灰色で覆われた空の下、誰もいない二年三組の教室は薄暗く
「天音さんのバッグは……これだな……重っ!」
自分のバッグを肩に掛け、何が入っているのかわからない天音さんのスクールバッグを抱えるような形で運び出す。
待たせると悪い。
そう息巻いていると、教卓側のドアが突然開いて、三人組の女子生徒が中に入ってきた。
「やっと一人になりましたね、星川先輩」
真ん中に立つジャージ姿のお団子ヘアの女子が、先陣を切って声をかけてきた。
「誰?」
随分と小柄なお団子頭は、足音を大きく立てながら近づき、ファイティングポーズで威嚇してくる。付き添っているだけなのか、後ろの二人は気怠そうに静観しているみたいだ。
「ごめんなさい。どちら様ですか?」
「アナタなんかに、名乗る名はありません!」
これまたかなり厄介な人が現れ……ん?
「……ところで、なんの用かな……牧さん?」
「なっ、なんで私の苗字を⁉︎」
忘れてるのかな、今着ているジャージに苗字が印字されていることを。
「先輩、まさかエスパーですか?」
この子、かなりアホかもしれない。カモフラージュで他人のを着てる可能性もあるが、今の反応を見る限り自分の物なんだろう。
その上、赤いジャージを着てるってことは一年生なのも間違いない。
「はっ! そんなことより、今日は先輩へ物申しに来ました」
「物申すって……ごめん。それ、明日でもいいかな? 僕、人待たせてるし」
「な、舐めてるんですか? 今に決まってるでしょ。今でしょ‼」
懐かしい。昔に流行ったCMのフレーズ。
とりあえず、なにか文句があるなら吐き出してもらって、とっとと済ませよう。
「わかったよ。じゃあはい、どうぞ」
「では、早速ですが星川先輩。最近、やけに颯様との距離が近いと見受けますが?」
今思い出したけど……たしか牧さんは、颯さんのファンの一人だったはずだ。昼休みとか放課後、一緒にいるところを何度か見たことがある。
まあ蓋然的に、あれだけ急速に親しくなりだしたら、怪しんだファンが僕に突撃してくるだろうとは思っていたけど……とにかく、ここは颯さんとの関係を隠すのが最優先だ。
「まあ、クラスメイトだし……仲良くしといて損はないでしょ」
「……なるほど。特に他意はないと、そう仰るのですね?」
おっ、意外とすんなり納得してくれそう。
「……って、騙されるか‼」
鼓膜が破れそうな大声とともに、牧さんは怒りからか全身を使って地団駄を踏んだ。
「私、見ましたよ! 先輩が昨日、颯様と並んで帰っているところ」
……
やはり、一緒に下校し始めたのは迂闊だった。そんな状況を見られたら、何かしらの関係性を疑われてもしょうがない。
バレたからには……これ以上、怒りを買わぬように慎重にならなきゃ。
「昨日は偶然、帰る時間が重なっただけだよ。たまたま方向も一緒だったし」
「は? まさか、知らないとは言わせませんよ。颯様の迷惑にならないよう、ファン同士が順番で登下校のスケジュールを組んでいることを‼ なのに最近、先輩が勝手なことするから、一緒に帰れない人が続出したんです。そんなルール違反、私は絶対許しません」
……ルールって、朝に集まるの禁止以外にもあったのか?
そうなると、牧さんから見た僕は決まりに従わない不届き者。関係性云々に関わらず、単純にファンへ喧嘩を売ったってことになる。
いやこれ、相当まずい展開じゃないか⁉︎
「ご、ごめんなさい。そんなルールがあったなんて僕、本当に知らなくて」
「嘘つきなさい! 私達ファンが大人の対応をしてるのをいいことに、出し抜くなんて舐めた真似して。どうせ颯様に取り入ろうと必死なんでしょ? その腹黒い魂胆が透け透けの見え見えです。たくっ、大人しそうな見た目しといて油断の隙もない。この猫かぶり女!」
酷いことをハッキリ言う子だ。かなり癪に障る。
「……牧さん? なにも、そこまで言わなくたって」
「は? 大体ねえ、アナタみたいな阿婆擦れが颯様を惑わせたのが原因じゃないですか⁉︎ 他人事みたいに聞いてんじゃありませんよ‼」
「あ、阿婆擦れって……僕はただ、クラスメイトというか……友達として、颯さんと仲良くしたいだけだよ」
「ふん。何が友達よ、勘違いしちゃって。……あの方は、アナタが対等に付き合えるような人じゃないんです。もしや先輩、周りに姫とか呼ばれて調子乗ってるんじゃないですか?」
牧さんは胸を張り、『えっへん』と言わんばかりのどや顔。
「いいですか? 私なんて中学生の頃から、颯様より愛情深く接してもらっているんですよ。自分だけが寵愛を受けてるなんて思ったら大間違いです」
「……」
「悔しいでしょう。ほらほら黙ってないで、何か言い返したらどうですか?」
かなり舐められているけど、こんな幼稚な煽りに応えるつもりなんてない。この場はルールを破ったことを謝罪して、さっさとこの無意味な会話を終わらせよう。
「……あの」
「あ、あと先輩。これからは、もう颯様に近づかないでください」
「え?」
おいおい。ついで感覚で重要な話を切り出さないでくれ。
「なんでそんな……藪から棒に?」
「決まってるじゃないですか。先輩が色目を使って男を誘惑するような、尻の軽い性悪女だからに‼ おかしいでしょ、男が百人も告白してくるって……妖怪か何かですか、アナタは?」
面倒だな。さっきから根本的に誤解していることが………いや、やめよう。一気に指摘したら、もっと話がややこしくなりそうだ。一個ずつ、着実に解いていこう。
「えっと……まず、僕は色目なんか使ってないよ。彼らが一方的に好意を寄せて……」
「最低‼ 人の心を弄んで、最後には責任転嫁なんて‼」
林さんは顔を赤くし、僕の話を遮って続ける。
「ふん。予想通り、碌でもない女ですね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。お願いだから、最後まで話を……」
「うるさい‼」
手を振り払うように空を切って、林さんは突っ掛かってくる。
「颯様は凛々しくてカッコいい、皆が尊敬し憧れる王子様。なのにアナタみたいな人が付きまとったら、颯様の評価まで下がっちゃうんです。とにかく、もう近づかないでください」
「……」
今までの僕だったら、おそらく素直に従っていたと思う。面倒な事や争いを避けて、自分の本心を隠そうとしたはずだ。けれど、今回ばかりは譲れない。
だって僕は約束をした。
王子様でなく、佐野颯という一人の人間と交わした『離れない』という約束を。彼女が託してくれた本当の想いを、ちょっとしたノイズで裏切るわけにはいかない。
だからこそ、戦う価値がある。
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