第23話 プリンセスはご立腹②

囁きが怒りを買ったのか、起き上がった乙坂さんはキリキリと悔しそうに歯軋りしていた。


「あ、あの乙坂さん……今のは別に悪意があったわけじゃ……」

「何よ‼ わたくしが選ばれなかったのだって、そもそもは星川さんのせいだというのに」

「え? ぼ、僕のせい……ですか?」

「だってアナタ、わたくしとキャラが被っているじゃないの‼」

「ど、どこがですか?」


きっと性別は違うだろうし、派手さで言えば薔薇と月見草くらいの差がある。

それに神経だって、僕はここまで図太くない。


「月に由来する名前とか……それにアナタ、周りに自分を『姫』と呼ばせてるそうじゃない」

「いや僕、別に姫呼びの強要してないよ。周りが勝手に言ってるだけで」

 

乙坂さんは「うっ」と、お腹を殴打されたような声を漏らす。


「……ふん、まあいいです。それに噂を聞いた限りだとアナタ、人気がある割には特定の人としか話さない内向的な人間で、勉強や運動もあまり特出したものがないそうですね」

 

乙坂さんは腰に手を当て、偉そうな態度で続ける。


「所詮、顔だけで持て囃されてるお人形さんってところかしら」

「お、お人形?」

「ええ。空っぽで中身のない作り物、要は価値の無い人間ってことよ」


チクッというよりはグサリと、鋭角な言葉の槍を貫いてくる。


「こんな方がお二人に並んで祀られてるなんて、意味がまったくわかりませんわ! そのくせ偉そうに『欲しかったら譲る』とか、馬鹿にしないで下さるかしら⁉︎」


いくら無意識とはいえ、僕の言葉が引き金で怒らせてしまったことは申し訳ない。

色々言い返したいことはあるがこの際、謝って済むならそれでいいか。


「……そうだよね。無神経なことを言って悪かったよ、ごめんなさい」

「なっ、なんですの、その嘘くさい謝罪は……人を舐めるのも大概に‼」


ドンッと一歩だけ踏み込んでくる乙坂さん。

そんな彼女の前を、颯さんが行先を阻むように身を乗り出した。


「もういいだろっ‼ プリンセスの悔しい気持ちは察するけれど、それを輝夜くんに八つ当たりしたって意味がないことぐらい理解しろよ! その上、彼に価値がないなんて……これ以上、ボクの友達を侮辱するな‼︎」

「は、颯さん……」

 


普段、人前では感情をコントロールする王子様が珍しく激高した。


「そうだよ、輝夜ちゃんはすごい子だもん! 勝手なこと言わないでよ!」 


天音さんも僕の背後から、ちょこんとだけ顔を出して反撃。

二人とも庇ってくれるなんて、本当に女神みたいだ。


「ふ、二人とも落ち着いて……僕は大丈夫だから」

「だって……だって輝夜ちゃんは、こんな可愛い顔して男なんだから!」

「あ、天音さん⁉︎」

 

この状況で余計なことを、その事実は火に油を注ぐだけだ。


「男ですって……ふん。何を言っているの? どっからどう見ても女の子……あら? 確かに王子は、ずっと君付けで今も『彼』と……それに制服……」

 

目をパチパチとさせて困惑する自称プリンセス。


「えっ? アナタ、本当に殿方なの⁉ う、嘘よ……この顔でアレが生えているはずが⁉」

「そう言われても……なんなら、触って確認でもしてみます?」

「は、破廉恥なこと言わないで‼ そ、そんな、誰も殿方だって教えてくれなかった……ででっ、でもっ、三女神って女子生徒から選ばれたはずですわ。何で男子生徒が⁉︎」

「あ、あのね乙坂さん。それには深〜い事情があって」

「お黙りなさい! 殿方に負けたなんて、末代までの恥ですわ」

 

人目を気にせずのたうち回る乙坂さん。

蚊帳の外だった山﨑さんがそれを見て、頭を押さえながら口を開く。


「ごめんなさい星川さん。今日は一旦、この場違いプリンセスのご機嫌を取らなきいけないみたい。だから後日、改めて取材させてくれないかしら」

「ど、どうぞ。お構いなく」


山﨑さんは『ムキ〜』とまるで漫画のような唸りをあげる乙坂さんを、無理に引っ張りなが視聴覚室から連れ出していく。


そんなプリンセスは去り際に、

「星川さん! わたくしは今後、どちらが女神に相応しいかアナタに勝負を挑みますわ‼ アナタを女神の座から引きずり下ろして、絶対にわたくしが君臨してみせる。覚悟なさい‼」

 

執念が怖すぎるって。いやはや、パワフルというか凄まじい圧力。まるで暴れるだけ暴れて去っていく、大きい台風の様な人だった。

何にせよ結果として、新たな面倒ごとが増えただけだったな。


「……輝夜くん、大丈夫か?」

 

少し放心していると、颯さんが後ろからぎゅっと抱きしめてきた。


「ど、どうしたの? 僕の心配なんかして」

「だって……酷いこと言われてたし、あまり顔色が優れないみたいだから」

「え? ああ、ごめんね。今のやり取りで疲れちゃったみたい」

「そうなのか。体調が悪いのなら、無理せずに言ってくれよ」

「あ、ありがとう。けど、僕は大丈夫だから」

「いやでも……そうだ輝夜くん、今日もボクと一緒に帰ろうよ。安心して。何があっても、ボクがお家まで送ってあげるからさ」

「それはありがたいけど……あれ? 僕、颯さんに家の場所教えてたっけ?」

 

何度か目を泳がせて、なぜか颯さんはにっこり笑った。


「だって輝夜くん。ボクが後ろを付けても、イヤホンしてるから気づかないんだもん」

「な、なるほど……そうだったんだ」 

 

ナンパ対策のつもりだったのに、もっと恐ろしい事が起きるなんて。


……よし、今日からイヤホンして歩くのはやめようっと。


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