第22話 プリンセスはご立腹①
その日の放課後。
僕は颯さんと待合せ場所の視聴覚室へ向かっていた。少し湿度の高い校舎二階の廊下は、そのジメっとした不快感のせいか人が誰もいない。
「ねえ、輝夜くん……もしや、さっきの件……怒ってたりする?」
「取材のこと? そんなことないよ。気にしないで」
そうは言いつつも、僕の顔は多分笑ってない。
「……ま、まあいいじゃないか。前にも言ったが、ボクはもっと君を知りたいんだ」
「僕を? なら僕に直接、聞いた方が早くない?」
「それはそうだが……じゃあ今ここでボクが聞いたら、君は教えてくれるのか?」
「さ、さすがに今は……」
空疎な提案のせいで、歯切れの悪い返答になってしまった。
おいおい、やめてくれ。そんなウルウルと期待の眼差しを向けられたって、僕が毎回甘やかすと思ったら大間違いだ。
「何にせよ……颯さんが期待するほどの価値、僕にはないよ」
「何言ってるんだ‼」
颯さんは少しむすっとしながら、急に僕の肩をグイッと寄せてきた。
「輝夜くん! 君はとても、魅力的な人だよ」
「……そ、それは颯さんが言ってるだけで、僕なんて何も……」
「あのなぁ、輝夜くんはもっと自信を持つべきだ。人を否定せず、女子力も高くて優しいし、いざとなれば人を守る為に行動もできる、君は素晴らしい人間なんだから」
まじまじと見られながら、そんな誉め言葉を言われるのは照れくさい。
「か、過大評価だよ。本当なら僕は、颯さんに釣り合わない存在なのに」
「そんなことないさ。燦然と輝いては夜空を彩る星々の様に、君はボクにとって眩しい存在なんだよ。だから、あまり自分を卑下しないでおくれ」
颯さんは優しい台詞を吐いて、惜しげもなく王子様スマイルを見せつけてくる。
「もっと言えば、君は強い人だ。その艶やかで美しい、絹糸のような髪が物語っているよ」
「……もう、大袈裟だよ」
照れ顔を見られぬように、僕は早足で颯さんから離れる。
一足先に視聴覚室へ近づくと、中から誰か言い争っている様な声が聞こえてきた。僕はドアの前で耳を立てて様子を伺う。
「山﨑さん! どういうことかしら、取材だなんて……聞いておりませんわ⁉︎」
「当たり前でしょ? プリセンスには一言も話してないんだから。それに、私は星川さんの取材をしたいの。だから今日は帰って」
「アナタねぇ、同じクラスのわたくしではなく、よりにもよって星川さんを選ぶとは」
どうやら、トラブっているのは山﨑さんみたいだ。
────ガラッ。
「山﨑さん、お待たせ……」
慌ててドアを開くと、山﨑さんはカールを巻いたブロンドヘアの色白で、どこか日本人離れした顔立の美人でお嬢様感が溢れる女子生徒に絡まれていた。
その横で天音さんはオドオドしながら二人を宥めている。
「ああ、輝夜ちゃん! お願い、ちょっと助けて〜」
天音さんは泣きそうな顔でこっちに駆け寄り、逃げるように僕の背後へ隠れる。
「かぐや……ですって? まさか!」
ブロンドヘアの彼女もつられて、こっちにやってきた。
「ふ〜ん、アナタが星川さん。間近で見たら案外、地味で素朴な方ですのね」
ええ、急に酷くないか?
身動きの取れない僕をブロンドヘアの女子生徒は、睨みながら見下ろしてくる。
「えっと……どちら様ですか?」
「ちょっとアナタ、わたくしのこと知らないんですの?」
目を剥いて怒りを露わにする謎の色白女。
「おや、プリンセスじゃないか? どうしたんだい、こんなところで」
遅れて入ってきた颯さんが、背後から現れて横に並ぶ。
「あら王子、ごきげんよう。アナタこそ、なぜ視聴覚室に?」
「ああ。ボクも今日、彼と一緒に取材を受けるからね。だからここに来たんだ」
「まさか、王子まで呼ばれていたなんて……くぅ」
膝から崩れ落ちたブロンドヘアの女子生徒。
落ち込んでいる今がチャンス、怯えている天音さんに僕は小声で耳打ちをした。
「ねえ、天音さん。僕、あの人と初めて会うんだけど……誰?」
「彼女は
プリンセスを自称とか、随分と強気な子だな。全然覚えてないんだけど……そもそも在籍してたっけ?
「一年生のとき、何かとあたしに突っ掛かってきたの。正直、苦手なタイプかな」
コミュ力お化けの天音さんが苦手っていうなら、僕なら拒絶レベルだ。
「それに彼女、三女神に選ばれなかったことを相当怒ってるみたいで」
「そうなんだ。……こんな肩書き、欲しかったら譲るのに」
「譲る……ですって?」
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