第20話 らしくない日

翌日、僕は珍しく寝坊した。


どうやらアラームを設定し忘れたみたいで、父さんが起こしてくれなきゃ遅刻するところだった。なんとか髪だけセットしたけど、おかげで朝から何も食べていない。


そんな絶望的な状況でも四時間目の残り数秒まで漕ぎ着けた。にしてもお昼前の時間帯って、なんで進みが遅く感じるんだろう。誰か研究して、すごい賞でも取ってほしい。

そんなくだらない思考をループさせていると、終了を告げるチャイムが鳴った。


僕だけでなく、他の生徒にとっても福音であったのは顔を見ればわかる。


「輝夜、飯食おうぜ」

「うん」 

 

悠人は前の椅子に跨り、体をこちらに向ける。ちなみに青花高校は屋上を生徒に開放していない。なので、よく理想として思い描く青春の一ページ『屋上でお昼ご飯』が、できないのが非常に残念。学食もあるにはあるが、空気感の違う人達が陣取っているで近寄りたくない。


「……珍しいな。いつも手作り弁当なのに」

 

悠人が物珍しそうに、ビニール袋の中を勝手に覗いてくる。


「今日は寝坊したからさ、父さんの弁当を作る時間がなくて」

「輝夜でも寝坊することがあるのか。ちなみに……それで足りるのか?」

 

僕のお昼は、コンビニで買ったメロンパン一つとイチゴミルク。


「昔から少食だからね。これで十分」

「ほぼおやつだな。ちゃんと食べないと、大きくなれないぞ?」

「別にいいよ。今更、大きくなる必要なんてないんだから」

「そ、そうか」

 

悠人の悲しそうな視線を受けながら、イチゴミルクのパックにストローを挿す。


「……殺風景だな」

「ん? 今、俺の顔見て言ったのか?」

 

聞こえないように呟いたつもりが、悠人が反応してきた。


「ち、違うよ」

 

僕は慌てて首を横に振る。


「なんていうかこう、思い描いていた青春はキラキラしていたのに、実際は毎日教室でひっそりとご飯を食べていて……現実的でつまらないなって思ったんだよ」

「そうか? 俺は文句ないけどな。だって毎日、お前とこうして飯が食えてるんだから」

「どうしたの悠人……柄にもないこと言って、どこかで頭でも打った⁉」

「……まあまあ。そんなことより輝夜、あれ見てみろよ」

 

悠人が羨ましそうに向けた視線の先に、複数の女子生徒が集まっている。教室の後ろで一段と華やかで賑わう輪の中心には、やはり颯さんがいた。


「くそっ、王子のやつ。いつも羨ましいな。あれだけ女子に囲まれて」

「やめなよ、見苦しいって」

「わかってるよ。でも男として、あれは普通に悔しいだろ」

 

悠人も普通にルックスは悪くないけど、比較対象があれなら諦めた方がいい。

いくらなんでも相手が悪すぎる。


「お前今、王子と俺を比べただろ」


悠人は飲みかけのペットボトルを乱暴に置いた。


「いやいやいやいや、そんなことしてないよ」

「本当か?」

 

訝る悠人の視線が心に刺さる。


「本当だよ、僕は考えてたんだ。一人を一途に愛し続ける方が、男としてカッコいいなって」

「……それも一理あるな。よしっ、ハーレムは諦めて、大事な一人を見つけるするか」 

「そうそう、それがいい」

「まあ、見つかる保証もないけどな……」

 

頭を抱えて机に突っ伏す悠人を無視し、僕は顔の向きを再び後ろの集団へ。

 

こうして遠目で見ても、やはり颯さんは人一倍煌びやかだ。意図的とはいえ、あれだけ周りを引き寄せ魅了するカリスマ性には素直に感服する。


「ところで輝夜、一ついいか?」

 

急いで顔を正面に戻すと、悠人は真顔でこちらを見ていた。 


「う、うん、いいけど?」

「その……具合とかさ、悪かったりしないか?」

「本当にどうしたの? 僕の心配なんかして」

「いや、なんかお前……今日はやけに元気無さそうだなって」


朝食を抜いてきた影響で顔色が悪く見えるんだろう。僕は持っていたイチゴミルクをそっと、机に置く。


「大丈夫だよ。これでも僕、十歳の頃から風邪の一つもなったことがないんだから」

「そうか……まあ、あまり無理はするなよ。我慢して悪化したら元も子もない」

「うん、気をつけるよ」

 

悠人から疑いの目を向けられながら、これ以上詮索されないようにメロンパンを頬張る。


「輝夜ちゃんっ‼」

「うぐっ‼ ん〜……あ、危なかった」

 

詰まったパンを飲み込んで振り返ると、天音さんが屈託のない笑顔を浮かべて立っていた。


「ど、どうしたの? 天音さん」

「ごめんね〜突然。少しだけ時間……もらってもいいかな?」

「いいけど……。ごめん悠人、ちょっと外すね」

「おう、いってら〜」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る