第19話 願わくばこのまま

あれから十日後の火曜日。

影に覆われ、少し肌寒い青花高校の体育館裏にて。


「しぇ、先輩、ひ、一目惚れしました。付き合ってくだしゃい‼」


放課後、とある男子生徒が一世一代の告白をしていた。

一年生だろうか。型が崩れていないピシッとしたブレザーに、緊張して震えた上ずる声と使い慣れてない敬語。なんとも初々しいので、本来なら心の底から応援したくなる。


「ごめんなさい。僕、そういうのは興味ないし……急に言われても困っちゃうな」


そう、相手が僕でなかったら。


「ど、どうしてもダメですか?」

「ダメはなのはダメなんだけど……そもそも君、僕の性別知ってるの?」


今月に入り、新入生から既に五回目の告白。去年を上回るハイペースだ。


「僕は男なんだよ。その上でもう一回、よ~く考えてみて?」

「えっ! お、俺はそれでも構いません。どうか、お願いします!」

「マジか。うーん、それは参ったな」


どうしよう。このご時世、相手が男だからといって簡単に断ることもできない。

腕を組みながら困惑していると、

「おい、お前‼」


最近、聞き慣れ始めた王子様の声が背中を劈く。振り返らず無視していると、ズシっと何かが乗っかるような重み。確認すると、不機嫌そうな顔をした颯さんが肩を組んでいた。


「嫌がってるんだから、あまり迷惑を掛けるな。それにこの子は、ボクですら撃ち落とせない一等星なんだ。諦めろ」

「ちょっと颯さん、何でそんな嘘を⁉」

「まさか、王子様の告白すら断っていたなんて……さすがはかぐや姫」


男子生徒は嘘を真に受けて項垂れている。なんか可哀想になってきた。それに逆恨みされるのも嫌だし、少しはいい印象を持って帰ってもらおう。

僕は微笑みながら、男子生徒の右手を両手で優しく包む。


「ほ、星川先輩⁉︎」

「ごめんね。僕、君の期待に応えてあげられなく」

「いえ、自分こそ身の程知らずで……すみませんでした‼」

「ううん、そんなことない。勇気を持って行動できる君はとても立派だよ。そんな君にはこれから、もっと相応しい人が現れる。だから、自信を持ってほしいな」

「うう、せん……ぱい」

「今後も何かしら縁があると思うし、その際は色々とよろしくね」

「……はいっ! こちらこそお願いします。今日はお時間頂き、ありがとうございました」

 

男子生徒は「失礼します」と残し、深々と一礼して去っていく。

潔い良い子でよかった。彼に神の御加護があらんことを。


「輝夜くん‼」


……さてと、次は王子様の相手か。


「はい、なんでしょう?」

「なんなんだ、あの思わせぶりな態度は? せっかく守ってあげたのに」

「理由なんて特にないよ。あの子が可哀想に思えたから、少しサービスしただけ」

「たくっ、君も罪な男だよ」

「颯さんには言われたくないです。この前見ましたよ、『ボクはみんなの王子様だから』と告白を断って、ファンの女子を泣かしてるところ」

「そ、それはしょうがないだろ。ボクは彼女達から、誰か一人を選ぶつもりはない」


コラボカフェ以降、颯さんは人前でも僕に話し掛けるようになった。

とはいえ、所詮は気の許せるクラスメイト程度の付き合い。世間話や授業に必要なもの確認ぐらいしかしない。本当に話したいことは、電話やメッセージを使ってやり取りをしている。内容は行きたいスイーツのお店とか、ホワウサ等のファンシーキャラの話題が大半だ。


おそらく、女友達の一人みたいな感覚で接してもらってる。まあ、これ以上の関係を望んだら罰が当たる気がするのでこれでいい。


「そんなことよりほら、早く帰ろう」

 

彼女が突き出したのは、僕のスクールバッグだ。


「持ってきてくれたんだ。ありがとう」

「別に構わないさ……にしてもアイツ、ボクの楽しみを邪魔しやがって」

「なんで、そんな怒ってるの?」


颯さんは満面の笑みで答える。


「だってボク、君の焼いたクッキーが楽しみで仕方なかったんだから」

「ああ、約束してたんだっけ……はいっ、これ」

 

バッグの中からクッキーの入った袋を取り出し、颯さんに手渡す。


「やったー‼ ありがとう。いやー、リクエストした甲斐があったなあ」

「喜んでもらえるのは嬉しいけど、あまり期待しないで」

「何言ってるんだ。君がご馳走してくれた手料理は全部美味しかったんだから、期待せずにはいられないよ。星型と……あっ! ハート型まである。可愛い〜」

 

あの後も何回か出掛けたり、颯さんの家に招かれて約束通り片付けを手伝った。

そのついでにオムライスとかを作って振舞ったり、趣味で作ったシフォンケーキなんかを持って行って食べてもらったのだが……。

反応を見る限り、どうやら僕は完全に颯さんの胃袋を掴んだようだ。


「わ、割れないように気をつけてね?」

「わかってるって! ああ、早く食べたいな〜♪」

 

散歩を急かすワンちゃんみたい、そのうち尻尾でも生えて振り始めそう。


 

────学校からの移動中、駅前のこぢんまりとした商店街を二人並んで歩く。


「ねえ、颯さん?」

「ん、どうしたいんだい?」

 

車道側を歩く僕を、颯さんは嬉しそうに口角を上げて覗き込んでくる。


「最近、僕とよく一緒に帰るけど……大丈夫なの?」  

「……もしかして、ファンの子達のことか?」

「う、うん。なんか独占してるみたいで悪い気がして」

「あはは、大丈夫だよ。王子様であるボクにとって彼女達は大切な存在。今日だって一日中、ずぅ~っと可愛がってあげたのだから、満足しているはずさ。そ、れ、に」


突然、僕の前に出てくるっと振り返る颯さん。


「誰と帰ろうと、それはボクの自由なはずだぞ?」

「う、うん」


颯さんの考えは間違っていない。それでも、僕と王子様が二人きりでいることをよく思わないファンもいるだろう。そのうち、やっかみを買って嫌がらせとかに発展しても困る。


「なら輝夜くんは、ボクと一緒に帰るが嫌なのかな?」

「ち、違うよ。そんなことない……ないけど、どうしても周りが気になって」


颯さんは「ふふ」っと悪戯に笑った。


「まったく心配症だな。だから君と帰る日はこうして、ファンや人の数が減るまで時間を遅らせてるんじゃないか」

「まあ、そうなんだけどね」


当然、僕だって颯さんとの関係を手放すつもりは毛頭ない。彼女との約束を友達として、責任を持って果たす所存だ。それに引きこもり気味な僕にとって、知らない世界や新たな発見を与えてくる颯さんとの日々は、特別な時間になり始めている。だから可能な限り、誰にも邪魔されないように関係を保ちたい。

大丈夫。僕が欲張らなければ、全部上手くいくはずだ。


「────なあ、輝夜くんってば‼」

「は、はい‼ なんですか?」

「たくっ、ぼーっとしすぎだぞ。それに君……なんか、前より痩せてないか?」

 

眉間に皺を寄せる颯さん。 


「そ、そんなことないよ。大丈夫、ちゃんとご飯食べてるって」

「ならいいが、体調悪くして休んだりするなよ。君がいないと、ボクは心細くなってしまう」

「き、気をつけるよ」

 

その日の夜。クッキーを堪能したであろう颯さんは、体重が二キロ増えていたらしい。

鬼の様なスタ爆で八つ当たりを受けたのは……言わなくてもいいか。

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