第18話 ボクの本心

すみません。

ずっと修正前のものを掲載していたので

もう一度更新します。


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それにしても今日は一日、多くの場所を颯さんと回ったな。見た目は逆でも、男女で有名なデートスポットに行ったり、二人きりで散歩したり、まるで恋人同士みたいだ。


……えいっ!


「えっ! か、輝夜くん……なにしてるの?」


僕は颯さんの腕に抱きついた。


「なにって……せっかくだから、もっといい雰囲気にしようかと」

「だ、だからって、急にやられると緊張するじゃないか」

「ふーん、こんなので緊張しちゃうんだ……可愛いね、子猫ちゃん」

「き……き、きゅきゅ、急にいい声で囁くな! キメ顔までして、びっくりするだろ⁉︎」


彼女は真っ赤になった顔を背ける。


「え〜。僕はただ、颯さんの真似をしただけなのに」

「な、なんで急にそんなこと?」

「別に……強いて言えば、さっき人前で抱きついてきた仕返し……かな?」

「あれは本当に心配だったんだって。それにキュンとさせるのは、ボクの専売特許だろうが」

 

早足になる颯さんにつられ、僕も離されないように歩数を増やす。


「ねえ颯さん、僕も一つ……聞いてもいいですか?」

「な、何を聞きたいんだ?」

「えっとね……颯さんは、なんで王子様になったの?」

「決まってるだろ。この世に生を受けた瞬間、神様から王子様として使命を授かったんだよ」

 

平然と王権神授説を唱えないでくれ。てか、朝は元から王子じゃないって言ってただろ。

求めた回答じゃなかったのは、僕の聞き方が悪かったからか。


「いや、そうじゃなくてさ」

「待って……疲れたから一回、休める場所まで行こうよ。それから話すからさ」


何だかんだで、うまい具合にはぐらかされてしまった。


少し歩くと、川沿いの開けた場所に公園が見えてきた。長閑な川の流れや対岸の様子を一望できるこの公園は『見晴らし公園』といい、開放的で見晴らしのよい景色が広がっている。


遊具はなく、中に入ってからはベンチに座り、仕切り直すように僕は口を開いた。


「さっきの続きなんだけど、どうして颯さんは王子様にこだわるの?」

「……どうしても、話さなきゃダメか?」

「無理にとは言わないけど、僕も友達として颯さんの事を知りたいんだ。……ダメかな?」

「……わかったよ。この際、君には話しておく」

 

颯さんは長い足を組んで膝の上に手を乗せる。 


「ボクさ、幼い頃から背が高くて……力も強かったから、よく男の子に間違えられてたんだ」

「そうだったんだ。なんか、僕とは真反対だね」

「でも、女子のボクにとってそれは足枷でしかなった。おまけに口下手でさ、男女関係なく避けられて、友達がまったくできなくて独りぼっちだったんだよ。それを親に相談できるわけもなくてね。家でずっと、ホワウサのぬいぐるみが寂しさを埋めてくれたんだ」


だからマスコットホルダーを返したとき、『ずっと一緒だった』って言ってたのか。颯さんにとってホワウサは心の拠り所なのだろう。通りで異様な熱を感じる訳だ。


「そんな日々の中、転機は五年生のとき。クラスの女の子が、男子に意地悪されてるのをボクが不意に庇ったんだ。したらその男子が襲ってきて、避けるように一本背負いして退治しちゃってさ。親に護身術として柔道を習わされてたから、体が上手いこと反応したんだろうね」

 

これからは、あまり颯さんを怒らせないようにしよう。


「そこからボクの取り巻く環境が変わった。カッコいいってチヤホヤされるようになって、心がとても満たされたんだ。その多幸感を手放したくなくて、もっとカッコよくなろうと色々試行錯誤して辿り着いたのが当時、流行っていた少女漫画に出てくる王子様系の男の子だった」

「だから……王子様に?」

 

颯さんは軽く頷いた。


「試しに真似してみたらさ……見た目も相まってか、案外受けがよくてね。それからは徹底して普段の口調や一人称、ファッションも全て変えた。スカートを履けるタイミングも、制服を着るときしかないくらいにね。あとは勉強にスポーツ、全てにおいて完璧な王子様になれば、みんなボクを受け入れてくれると思ったんだ。けど、気付かなかった。たまたま、ファンの子が身につけてたホワウサのストラップを見て『ボクも好きなんだ』って、軽いノリで言ってしまってさ。反応は前にも言った通り……王子様に、ボクの本心なんて必要なかったんだ」


彼女の切ない横顔は、物憂げと杏子色に染められている。


「颯さんも……苦しんできたんですね」

「まあ、臆病なだけなんだよ。人に嫌われるのが怖くて……孤独になるのが嫌だから、好きなモノを隠してまで王子様に固執するなんてさ。馬鹿馬鹿しいだろ?」 

「そ、そんなことない! そんなこと……」


優しい言葉が妄りに頭を巡る。それでも全部、意味がない気がして脳内から払いのけた。


「いいんだ、ボクが一番わかってるから。でもね……」

 

颯さんは微笑み直して、こちらを真っ直ぐ見つめて続ける。


「王子様であることは、ボクの人生を変えてくれた大切なキッカケで、たくさんの幸せも与えてくれたんだ。だから後悔なんてないんだよ。おかげで、君とも友達になれたからね」

「颯さん……」


彼女はおそらく、孤独な王子様を演じ続けるのだろう。空っぽで寂しい心を満たす為に、求められる理想像を努力でこなして、隠れながら本当の自分を慈しむ日々をこれからも。さしずめ、本音を知った僕にできることは限られている。


「カッコいい王子様だろうが、無邪気な乙女であろうが……それら全部を含めて、僕は颯さんのことが好きだよ」

「ど、どうしたの急に⁉」

「あっ、なんていうか……その、あくまで友達としてね」

 

伝えたい想いを頭の中で整理してから続ける。 


「僕はどんな颯さんでも受け止めます。苦手なことがあれば協力するし、困ったことがあれば助けになる。他にも……願い事があれば、できる限り叶えてあげるよ」

「……本当に? なら輝夜くんは、何があっても……ボクから離れたりしない?」 

「うん、約束する。何があっても……僕は颯さんから離れないよ」

「……そうか。では、お言葉に甘えて」

「は、颯さん⁉︎」


颯さんはいきなり、僕に肩を預けた。


「おいおい。受け止めるって言ったんだから、これぐらい許してくれ。それに……こんなので緊張するなんて、初心なお姫様には刺激が強かったかな?」


さっきの仕返しなんだろうか。

颯さんは鼻で笑うが、なぜか悪意を感じることはない。


「今日はありがとう」


目を瞑ったまま、颯さんはたおやかに続ける。


「あのね、輝夜くん……早速なんだけど一つ、またお願いしてもいいかな?」

「もちろんいいよ。どんなお願い?」

「えっとね、君がよければこれからも……色んな場所に、ボクと二人きりで出掛けないか?」

「構わないけど、僕だけでいいの? 頼めば、天音さんも付き添ってくれるみたいなのに」

「それとこれは別というか……だって、ボクも君のことをす……」

「……すぅ?」

「す、すごく信頼してるんだよ。とにかくだ! ボクの願い、頼むから聞いておくれよ」

 

この至近距離でねだるような甘え顔、それはさすがにずるい。


「わ、わかったよ。けどその代わり、もう外では女装しないからね」

「それは別にいいよ。今日だって、本当は女装してもらう必要なかったんだから」

「は? 今、なんて言った?」


「やべっ」と呟いて端まで移動する颯さんを、僕も後を追って逃げ場をなくす。


「は、や、て、さん‼ どういうことですか? 女装する必要がなかったって」

 

颯さんは顔を逸らし、辿々しく答え始める。


「まず、君はボクにとって理想の女の子像だったんだ。だから、ボクじゃ着れないような可愛い服を代わりに着てほしくてね。でなきゃ、服選びにあれだけの時間割かないさ」

「理想ってなんですか⁉ 僕は玩具じゃないんですよ?」

「しょ、しょうがないだろ。君になりたいって思うほどに、ボクは君に憧れちゃったんだから。なのに‼ こんな美少女が男だっていうんだからボク、気が狂いそうになったんだぞ‼」

「そ、それはごめん」

 

いや待て、なんで僕が謝っている? 

明らかに逆ギレだろ。


「あれ……でもお願いしてきたとき、男子から嫉妬されたくないって?」

「女子の人気かっ攫っておいて、今更だろうに」

「じゃあ、ファンが熱心ってやつは?」

「彼女達はボクに従順だからね。人に迷惑を掛けないよう、しっかりと教育はしてある。それに見つかっても、今度デートしてあげるって話題をずらせばいいだけだ」  

「なら僕は最初から、颯さんに踊らされていたと?」

「そうだね。少し弱いとこを見せてお願いしたら、簡単に引き受けてくれたからな。輝夜くんがお人好しのちょろい人間でよかった。それに今日は、たくさん我儘も聞いてくれたし」

「……颯さん。言っておくけど僕、かなり根に持つタイプだよ?」

「悪かったよ、ごめんね。でも、ボク一人じゃコラボカフェには行けなかったし、心から感謝しているのは本当さ。約束通り、輝夜くんが願いを叶えてくれたからね」

「だとしてもだ! 僕が今日までに、どれだけ不安な思いをしたと⁉」

「まあまあ……あっ、輝夜くん! ほら見て、夕焼けが綺麗だよ」

 

芝居がかった颯さんに絆され、言う通りに顔の向きを変える。


瞳に映ったのは、今日の終わりを告げる橙色の儚さが町に影を落とし、奥に広がる水平線へ沈むことを待ち焦がれている様子だった。


自然と僕の心の中から怒りの感情は消え、代わりに大きなあくびにつられ眠気が襲う。


「ね、綺麗でしょ……ってあれ、輝夜くん? 寝ちゃったのか。ははっ、しょうがない。責任を持って、ボクがお家まで……いや一層の事、もうボクの家に泊まってもらうのはどうだろうか? 親もいないし、もし泊まってくれたら……まずはご飯を食べるでしょ〜、そしたら次は一緒にお風呂入って、寝るときは……輝夜くんは細いし、同じベッドに添い寝で問題ないな。パジャマは猫耳のルームウェアを着させて、そんで写真撮影とか……ふふ、楽しみだな〜」


……全部、聞こえてるからね。

その後、我儘王子の願いを叶えたかどうかは……僕と颯さんだけの秘密だ。

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