第17話 僕の決意
天音さん達と別れてからは、颯さん念願のコラボカフェに足を運んだ。色々とファンシーな世界観に僕は物怖じしていたが、王子様は終始ご満悦な様子だった。
彼女のマスコットホルダーを借りて写真を撮ったり、お土産や限定グッズも買い漁り、思い出も充分残せたので文句もないだろう。にしてもまさか、青いカレーなんて……僕の知らない世界はたくさんあるもんだな。
それからはバスに乗車し、颯さんの提案で横浜で有名な観光名所へ。
山下公園や赤レンガ倉庫等のベタなデートスポットは、休日ってこともあって家族連れやカップルが多く混雑していた。それでも、特に大きな事故もなく無事に過ごせて一安心。
────その後、京浜東北線で川崎に戻った僕らは、颯さんが「まだ、帰りたくない」というので、多摩川の河川敷まで散歩することにした。
「申し訳ない。慣れない靴で歩かせてしまって、痛くないかい?」
「平気だよ、颯さんがゆっくり歩いてくれるから」
「そうか。……今日はボクの行きたい場所ばかりだったけど、輝夜くんは楽しめたかな?」
「うん。颯さんがエスコートしてくれたおかげで、すごく楽しかったよ」
「本当か! 輝夜くんがそう言ってくれるなら、ボクも嬉しいよ。それにしても、横浜はお洒落な場所がたくさんあったね。川崎とはまるで別世界って感じだ」
「何言ってるんですか。川崎だって神奈川だし、それに横浜より優れているモノが……うん」
「おいおい、川崎にはフロンターレがあるだろ。……待てよ、君もしかして?」
「……僕はベイスターズファンだからね。トリコロールは友達なんですよ」
「正体を現したな、この裏切者め」
「う、嘘ですよ。サッカーはちゃんと川崎推しです。好きです、かわさき、愛の街」
「……ははっ。冗談だよ」
続かない会話、尽き果てた話題。
それでも秒針はドキドキと鼓動を刻んでいる。
「そういえば輝夜くん。石川くんに名前を聞かれたとき、よくサッと出てきたな」
「あ〜……あれ、実は母の名前で」
「えっ! お、お母さんの?」
「な、なんですか? その反応は」
颯さんは気の毒そうな顔をして口を開く。
「ボク……不躾にもあの後、石川くんに全て聞いてしまったんだ」
「聞いたって、なにを?」
「輝夜くんが妹さんの世話をしていること、あとお母様が……その、亡くなっていることを」
悲しそうな顔をして、颯さんは視線を落とす。
「……聞いちゃったか。なら仕方ない」
「その、大丈夫なの?」
「ん、なにが?」
「気分が悪くなったりとか」
「……あれはただ、人混みに疲れただけだよ」
「でもボク、余計なことを聞いたんじゃないかと心配で」
「大丈夫だよ。気にしなくて」
線路沿いの静寂で物悲しい道を、スカイブルーの轟音が切り裂いていく。
「……颯さん。僕が髪を伸ばす理由、聞きたい?」
「えっ……いいのか? 頑なに教えるの拒んでたのに」
「いいんだ。僕のせいで颯さんの秘密がバレちゃったし、そのお詫びとしてね」
それにここまで知られたら、もう隠す必要も無いだろう。
まるでドラムロールかのように、僕の心拍数は小刻みに上がっていく。
「まあ……特に深い理由はなくてね」
「構わないよ、続けて」
「僕……母さんになりたくて、髪を伸ばしてるんだ」
「……お母様に?」
「うん、厳密に言うと妹の為にね……それこそ、僕が十歳のときの話でさ」
※※
それは母が亡くなって二ヶ月ほど経った頃。
その頃、妹の咲夜が夜泣きをするようになった。僕があやしていると困ったことに毎回『ママに会いたい』と言い出すのだ。もう二度と、母に甘えられない現実を理解して寂しくなってしまったのだろう。僕にできたのは、泣き止むまで背中を摩ることだった。
そんなある夜。いつも通りあやしていると、母の写真が目に映ってふと思い浮かんだ。
────母さんがいないなら、僕が『ママ』になって寂しさを埋めてあげればいい。
決意を固めた次の日から、僕は今までよりも家事に力を入れて取り組み、優しかった母を意識して接し方や話し方を変えた。最初は失敗や違和感があったけど、次第に時の流れが解決してくれた。しかし、見た目はそう簡単にはいかない。
母の印象的な長い髪を実現するには、かなり苦痛が伴った。
※※
「人と違う道を歩くっていうのは、悪目立ちするんだよね。男なのに気持ち悪いとか、何度も心無い言葉を言われたし、嫌がらせも受けた。ほんと、ここまで伸ばすのには苦労したな〜」
「……そうだったのか」
颯さんはグッと拳を握って憂い顔。
「ごめんね、楽しかった気分を台無しにして」
「なに言ってるんだ。ボクが聞きたいって、お願いしたのだから……そうか、なるほどね」
「何が『なるほど』、なんですか?」
「なんていうか……君の優しくて包容力のあるとことか、見た目より大人びた雰囲気は、多くの困難を乗り越えて培ったものなんだなって、納得したんだよ」
「まあ多分、母を意識してたら染み付いたんですね。それはそれで結果オーライ」
「でも……その割には君、感情的になると年相応に男の子だよね」
「そ、そうですかね? 余裕ある、大人の対応してるつもりですけど」
「じゃあ、ボクがお姫様抱っこしたとき、なんで命令口調になったんだ?」
僕は反論するとこなく黙った。
「さっき揉めている場面とかもそうだな。大人しい輝夜くんが、大きな声で『イキリ野郎』とか叫び出すんだよ? あれにはボクも驚いてしまった」
「……僕も完璧じゃないんですよ。当然、無意識なときもある」
「確かにな。まあ、ボクも色々練習してきた人間だからね、君の苦労はわかるよ。それに、普段話す分には違和感ないから、かなり頑張ってきたことも伝わってくる」
突然の称賛に、僕は歯痒さを感じながら目を逸らした。
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