第16話 一難去って

……。



「────先輩、ダメじゃないですか……ボクの姫に手を出すなんて」


その声……もしかして?


「ごめんね、待たせてしまって……あとは、ボクに任せてくれ」


恐る恐る開く目に映るのは、僕のピンチに颯爽と現れた王子様の姿。

照明に照らされているせいか、後光が差しているみたいだ。


「さっ、佐野……テメェ」 

「はぁ……それにしても山口先輩、アンタも懲りない人だな。この前も女の子を無理に連れてこうとして、あれだけの醜態を晒したっていうのに」

 

山口の左手首を握り、凄みながら颯さんは続ける。


「また痛い目に遭いたいなら、ボクが相手になるぞ?」

「……くそっ!」

 

山口は何も言い返さず、僕を解放した後に颯さんの手を振り解く。


「おい、行くぞ」

「「……お、おう」」

 

ナンパ二人組を従え、離れようとする山口は振り向きざまに、

「おい佐野! 覚えとけよ。必ず復讐してやるからな」 

「生憎、ボクも暇じゃない。その醜悪な顔、もう二度と見せないでくれると助かるな」

「……ちっ。ぜってーいつか泣かす」

 

捨て台詞をはく山口を颯さんは手を振って見送り、「さて」と言ってこちらに振り返る。


「二人とも、怪我はないか?」

「あたしは大丈夫だけど、コノハさんは?」

「うん、僕も大丈夫」

「そうか、よかった」

 

颯さんはホッとした表情から一転、眉間にシワを寄せる。


「まったく、ダメじゃないか! 一人でフラフラしたら。それに、あんな無茶までして」

「ご、ごめんなさい」

「もう、心配したんだからな」

 

そう言って颯さんは、人目も憚らず僕を抱き寄せてきた。


「わ〜! 颯ちゃん、だいた〜ん!」

「ちょ、颯さん⁉」

「ボクを不安にさせたんだ。これぐらい我慢しろ」

 

押し付けられるいい香りに興奮する反面、通り過ぎる野次馬の忍び笑いと視線が痛い。


「だけど、さすがに抱きしめるのはやめない? その、見られて恥ずかしいし」


僕が離れるように説得すると、颯さんは素直に従った。


「……すまない。取り乱した」


落ち着きを取り戻したであろう颯さん。

しかし、安心したのも束の間。僕の右手を王子様の左手が強く握ってきた。


「その代わり、この後は絶対離れるなよ。今日は我儘をきいてもうらう約束だ」

「う、うん。わかったよ」

「……二人とも親戚なんだよね? それにしては、なんか不思議な距離感」

「それな。もしかしたら、禁断の関係だったりして」


不審がる天音さんに近づく紙袋を持った人影。


「あれ? 石川くんじゃん、いつの間に?」

「よっ、三上さん。俺は物陰で一部始終を見てたんだ」

「うわぁ……。隠れて見てるとか、ヘタレすぎない?」 


天音さんは、目でも軽蔑しながら悠人の心を抉る。 


「お、俺は奴らにバレないよう、通報する用意をしてたんだよ」

「ふ〜ん、そう。それなら許してあげる」

「へへっ、そりゃあどうも」

「よかったね悠人。逃げ足と頭の回転だけはいつも早くて」


僕の皮肉を聞いて、悠人はキョトンとしながら首を傾げる。


「あれ……俺、コノハちゃんに名前教えたっけ? それに今の喋り方どこかで……」

 

僕に疑いの目を向ける悠人。


「そういえばコノハさん……誰かに似てるなって思ったら、輝夜ちゃんにそっくりなんだ!」


天音さんの思わぬ指摘に僕は焦りながら誤魔化す。


「だ、誰ですか? そんな御伽噺みたいな名前の人、ぼ……私は知りません」

 

気付くと悠人はスマホのカメラを向けていた。僕は急いで顔を隠そうとするが……パシャリと、無情にもシャッター音は逃してくれなかった。

悠人はしたり顔で画面を僕に見せてくる。


「なあ、コノハちゃん。この写真を俺の友達に送りたいんだけど、いいかな?」

「な、なんでそんなことを?」

「後で写真見せるけど、その友達がかなり君に似てるんだ。だから、そいつにだけに写真を送って、ビックリさせてやろうと思って」

 

まあ、僕だけに送るなら問題はない。平常心、平常心。


「そうだ! せっかくだから遥にも送ってやるか。輝夜に似た可愛い子の写真なんて、きっと泣いて喜ぶだろうし」

「えっ⁉ ま、待って、遥ちゃんに送るのは勘弁して‼」


僕がこんな格好してるなんて万が一、遥ちゃんにバレたら一生のネタにされる。

それだけは絶対に阻止しないと。 


「おいおい輝夜。いきなり『遥ちゃん』はダメだろ。もっと頑張って誤魔化せって」

「……あっ‼ 違う、今のは」


急に悠人はお腹を抑え、吹き出すようにして笑い始めた。


「そうかそうか。だからさっき、男子トイレにいた訳だ。日頃から自分の女っぽい見た目を気にしないせいで、そんな格好でも、いつも通りに用を足したと考えれば合点がいく」


呆然とする僕を悠人は茶化しながら問いただしてくる。


「いい加減認めたらどうだ? 正直に白状すれば、この写真は送らずにここで削除するからさ。それに、その趣味だって俺はいいと思うぞ。よく似合ってるし」


女装に関しては今直ぐにでも誤解を解きたい。だがそうすると、今度は颯さんの秘密を知られてしまう。くそ、どうすれば。

一滴の汗が額を流れる。


「輝夜くん、諦めよう。大丈夫、ボクが誤解を解くから」


颯さんはポンッと僕の肩に手を乗せる。


「で、でも颯さん!」

「いいから。これ以上、君に迷惑は掛けられない」


───事の顛末を包み隠さず、颯さんは全てを告白した。


「てな訳で、輝夜くんに協力してもらったんだ」

 

深々と頭を下げる颯さん。


「だから頼む、今回の件は誰にも言わないでくれ! 彼の名誉の為にも、この通り」

「いや、俺も悪かったよ。事情も知らず茶化して……だから、早く頭上げてくれ」 

「……颯さん」


僕が原因でバレたのに、なぜ颯さんに頭を下げさせているんだ?


……さっさと動け。自分が背負うべき責任を彼女に押し付けたらダメだろ。


「ねえ……悠人。僕の写真は好きにして構わない……だからその代わり、颯さんがホワウサを好きって事は内緒にしてほしい……いや、してください! お願いします‼︎」

 

僕も深々と頭を下げて、悠人に懇願する。


「……か、輝夜くん」

「おいおい、俺も悪かったよ。事情も知らず茶化して……だから、な、早く頭上げてくれ」 


顔を上げると、普段は見せない僕の態度に悠人の表情が強張っていた。

そんな慌て気味な悠人を横目に、天音さんが颯さんへゆっくり擦り寄る。


「ねえ、颯ちゃん」

「あ、天音さん。ボク、その……」

「なんで、あたしを頼ってくれなかったの?」

「……え?」

「あたしも可愛いモノ大好きだし、今度は一緒に誘ってよ」


颯さんは呆気に取られているのか、口をポカーンと開けている。


「それにあたし達、もっとお互いに知り合おうって約束したよね。なんで隠したりするの?」

「だってボク……王子様なのにホワウサが好きなんてバレたら、幻滅されると思って」

「あほちん‼ 友達が好きなものを否定する訳ないじゃん。ありえないよ!」


天音さんは膨れっ面で、颯さんの顔を両手で引き寄せる。


「あのね、颯ちゃん。あたし、別に颯ちゃんが王子様で人気者だから友達になりたいんじゃないの。佐野颯って一人の人間に対して、興味があるから友達になりたいのよ」

 

いつもの天音さんからは想像できない真剣な口調、それだけで説得力は増している。


「輝夜ちゃんや石川くんだって、そう思うでしょ?」

 

天音さんの圧に抗うことなく、何度も頷く僕。


「いや別に。俺はただのクラスメイトとしか……」


「あぁん?」と威嚇して、天音さんは悠人を睨みつける。


「ハ、ハヤテサンハ、オトモダチ。ゲンメツナンテシテナイ」


天音さんは満足そうに「うん、よろしい」と答えた。


「……ごめん。ボク、天音さんの気持ちも知らないで」

「いいの、あたしも少し熱くなりすぎちゃった。もちろん安心して! 颯ちゃんが内緒にしてほしいなら、友達として協力するから!」

「う、うん。ありがとう」

 

これからはきっと、颯さんは天音さんを頼ることだろう。僕らの共犯関係はこれで終わりを迎えるはずだ。実際、こんな中途半端に男な僕よりも、気兼ねなく友達として頼るなら同姓の方がいいに決まってる。よかったね颯さん。めでたし、めでたし。


「輝夜ちゃん、なに他人事みたいな顔してるの?」

「え?」


急に振られて不自然にきょどる。


「えっと、僕はほら……二人と違って、何もできないから」

「なに言ってるの? さっき、あたしを守ってくれたじゃん」

「それはなんというか、体が勝手に……」

「えいっ!」

 

天音さんは僕と颯さんの間に飛び込み、円陣のようにして肩を組んでくる。


「あたし達三人! 生まれた日は違えども、三女神として助け合って行こうよ」

 

なんか勝手に誓いみたいなものを立てられてる。


「あの〜、俺だけ仲間はずれなんだけど?」

「……石川くんは男なんだから、乙女の園に入らないで」

「だとしたら一人、紛い物がいるぞ?」

「……輝夜ちゃんはいいの。可愛いから」

「あっそう。よかったな。俺の言った通り、輝夜も立派な女神なれて」 

「あ、あはは」

 

……僕は認めてないって、女神なんかに選ばれたこと。


「あっ! そうだ輝夜ちゃん」

 

天音さんはニヤニヤしながら僕にスマホの画面を向ける。写っていたのは女装をした僕だ。


「これ、遥先生に見られたくないんだよね?」

「あ、天音さん……一体、なにがお望みで?」

「実はあたし、アニメとか結構好きでね。そりゃもう、原作の漫画やラノベを読むくらいに」

「そういうのに縁遠そうな三上さんが……まさかな」

 

悠人が興味深そうに頷く。


「その影響で、昔からキャラ衣装を自作しててね。材料とかは蒲田のユザワヤで揃うし」

「へ、へー、そうなんだー。手先が器用なんだねー」

「これとか……ほら、輝夜ちゃんに似合いそうじゃない?」

「それ、人気シリーズのキャラだよね? いいじゃん。可愛いから輝夜くんにピッタり」

 

対岸の火事みたいな感じで画面を覗きこむ颯さん。


「颯ちゃんも知ってるの? なら話が早いね、普段からナベシャツも着てるし」

「え、まさかボクも……って、なんでわかるの⁉」

「まあ、着替え中に何度も見てるからね。さて王子様には……このキャラなんてどうかな?」

 

目の色を変えて、天音さんは颯さんに迫る。


「いや~その衣装、カッコいいけど……ねえ? 輝夜くん」

 

おいおい、当事者になってから助けを求めるな。

天音さんは画面をスクロールして、さらに一枚の写真を僕らに見せてくる。


「うん。我ながらよく撮れてるよね、この写真」

 

問題の写真は、颯さんが僕に抱きついているところを撮った一枚だ。


「なっ、これはボク!」

「情熱的なハグだったから、つい撮っちゃった。……王子様の熱愛報道、高く売れるかな?」

「天音さん! その写真、一体どうするつもりだ⁉︎」

「それはね……颯ちゃんの返答次第かな?」


一難去ってなんとやら。

僕と颯さんの共犯関係は案外、これからも続いていくのかもしれない。 

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