第15話 神様の試練
「────ここかな?」
碌に知りもしない施設。ひたすらに宛てもなく下を向いて歩いていたら、最終的には迷子になってしまった。迎えに来てもらうにも、自分がどこにいるのかわからない。
にしても……まさか、こんな場所で自分の過去に触れられるなんて思いもしなかった。正直いえば、あまりいい気分ではないのが本音だ。こんな僕にだって、思い出したくない過去の一つや二つは持っている。
ただ、颯さんに悪気なんてなかったのもわかる。僕の為に手を尽くしてくれた結果、成り行きであんな風になってしまったのだから、
一方的に責めるのは違う。
うーん、なんかモヤモヤする。
「ねえ、そこのお嬢さん?」
声を掛けてきたのはナンパではなく、
「お〜い、顔色悪いけど大丈夫?」
黒のニットにホワイトカラーのロングスカートを履いた女性。普段の騒がしさからは想像できない、静かで大人っぽい雰囲気のクラスメイト、三上天音だった。
「だ、大丈夫です。心配させてごめんなさい」
やばい、僕が星川輝夜だとバレたら面倒なことになる。
無理に離れよう身を反転させるが、慣れない靴のせいでふらついてしまった。
「ありゃりゃ、貧血かな? そこのベンチまで歩ける?」
「……は、はい。すみません」
身体を支えてもらいながら、休憩スペースの様な場所にある木製のベンチへ腰を下ろす。
「あの、ありがとうございます」
「いいのいいの、気にしないで」
僕を不安にさせない為か、天音さんはニコニコ笑顔を絶やさない。
「アナタ、ここには一人で来たの?」
「いや、親戚と一緒にきたんですけど……迷子になっちゃって、後で連絡しようかと」
「そっかー。じゃあ元気になるまで、一緒にいてあげるね!」
天音さんは、任せろと言わんばかりにサムズアップ。
まじか、僕だと気づかれないように演技しなくては。
「あたしの名前は三上天音。アナタの名前は?」
「……私は、コノハって言います」
「コノハさんか~、可愛らしい名前ね。ちなみに苗字は?」
「ああ、佐野って言います」
……しまった。さっきの設定に囚われすぎて、颯さんの苗字を……。
「佐野? 佐野ってことは」
天音さんは目を大きく開いて続ける。
「もしかしてアナタの親戚、カッコよくて……名前が颯だったりする?」
押し寄せてくる天音さんの圧に、僕はつい「はい」と答えてしまった。
上手く躱してやり過ごすつもりが、ここから誤魔化すにしても無理があるよな。
「やだっ! すごい偶然! そっか〜、颯ちゃんの親戚なら話は早い」
颯さんは薄いベージュのショルダーバッグからスマホを取り出し、電話を掛け始める。
「もしもし! 颯ちゃん? 今、アナタの親戚はあたしが預かったよ〜」
天音さんは戯けながら、概ねの状況と場所を説明してくれた。まあ、どう迎えに来てもらうか悩んでいたのだから、この際ラッキーだと思っておこう。
「うん、待ってるね〜。……よし、迎えにきてくれるって! よかったね、コノハさん」
「ありがとうございます。色々と助けて頂いて」
「いいのよ、困ってるときはお互い様。ねっ! よかったら、迎えが来るまでお話しない?」
颯さんを待つ間、僕は天音さんから質問攻めにされた。化粧の仕方だったり、どこで買った服なのかなど、メッキが剥がれぬように曖昧に答えて乗り切った。
今はひと段落し、イチオシのコスメについて教えてもらっている。
「でね、この乳液は高い保湿成分が入ってるから、とても乾燥に効くんだよ」
天音さんはスマホの画面を見せてくる。
「そ、そうなんだ。今度探して、あったら試してみます」
「うん、是非使ってみてね。手入れしないと、その可愛いお顔が泣いちゃうよ」
「ははは。……にしても、三上さんは詳しいですね。私なんか、まったく足元にも及ばない」
「大したことないって〜。これだって、他人の受け売りだし」
「だとしても、ちゃんと知識をモノにしているんだから立派です」
「ふふ、ありがとう。コノハさんは優しいな〜。はぁ……でも、あたしなんか……」
「どうされました? ため息なんかついて」
「……実は最近、友達になった可愛い子がいてね。肌とかすごく滑々なのに、何も特別なケアしてないって言うの。しかも悔しいことにその子、実は男の子だったんだよ‼」
「へ、へー」
目のやり場に困る。
「どんなに頑張っても、生まれ持った才能には勝てないんだって思っちゃうんだ。……ごめんね、初対面の子にこんなこと言って」
「いえ、気になさらず」
気休めの言葉を僕は考えていたが、まとめられなかったので口には出さなかった。いや、慎重になりすぎたのかもしれない。落ち込んでいる原因が僕だと知ったらなおさらだ。
「────ねえ、君たち」
声を掛けられ前を向くと、僕らの前を若い男の二人組が立っていた。
「二人ともめっちゃ可愛いね! よかったら、俺達と遊ばない?」
こんな格好の僕に神様は、どうも試練を与え続けたいらしい。
グレーの髪色をした男の後に明るい茶髪の男が続ける。
「俺たちも二人だしさ、ちょうどいいじゃん」
「……行こう、コノハさん」
「う、うん」
天音さんに手を引かれ逃げようとするが、行く手に茶髪が立ち塞がる。
「ちょいちょい、無視すんのは酷くない?」
「だったら断ります。あたし達、これから予定があるんで」
毅然とした態度で言い切る天音さん。
「え〜、休憩してたってことは暇だったんでしょ? 別にいいじゃん。少しくらい」
「そ、それはこの子が調子を崩していたから……様子を見てただけよ」
「ふーん。なあ、ツインテの子。もう歩けそうだし、大丈夫だよな?」
グレー髪は、裏がありそうな優しい口調で僕に質問してくる。
「……うん、問題はないけど」
「こ、コノハさん?」
一歩前に出て天音さんの隣に並ぶ。
「僕達はこの後、友達と合流する予定だ。だから、アンタ達と遊んでいる暇はないよ」
「え〜。なら、俺らも混ぜてよ。楽しませるからさ」
「悪いけど、その友達の意見もなしに決められない。何ならこっち来るよう連絡してあげ
ようか? ちなみに男友達との約束だから……あまり、期待しない方がいいと思うよ」
男と待ち合わせしていることを相手に伝える。これは僕がよく使っているナンパの撃退方法の一つだ。要はハッタリなんだけど、基本はこれでなんとかなることが多い。
「ちっ、男がいるのか……なあ、どうする?」
「そうだなー。なんか本当っぽいし、別のやつを当たるか」
よし、作戦通り。このまま行けば無事になんとか、
「あれ? お前ら、何やってんの?」
僕の希望を打ち砕くように、赤髪の男が二人組に声を掛ける。
「あれ、ぐっちじゃん。いや今さ、女の子誘ってんだけどなかなか釣れなくて」
「情けねえな。もっと積極的にって……あれ、そいつ三上じゃね?」
「なんだ、知り合いか?」
不味い、こいつは非常に不味い。
校則の緩い青花高校で唯一、迷惑行為や違反行為を重ね、停学を食らっても反省がない傍若無人の問題児。一つ上の先輩、
「こいつさ、うちの学校でも人気ある女なんだよ」
僕らを見下す山口の眼光には、さすがの天音さんも声を震わす。
「や、山口先輩ですよね。悪いんですけど、あたし達は一緒に遊びませんよ?」
「まあまあ、一応学校の先輩なんだからさ。顔立ててくれてもいいじゃん」
山口は不気味に笑いながら、天音さんを舐めるように見ている。
「おいおい、怖がらせるなって~。今度騒ぎを起こしたら、間違いなく退学になるぞ?」
忠告した茶髪男を茶化すように山口は嘲笑した。
「何だよお前、馬鹿にしてんの? あんま調子乗ってるとボコすぞ」
この人をコケにするようなこの態度、見ているだけで怒りが湧いてくる。
けど……わかってる。僕の力では、男三人を蹴散らすなんて到底できない。
「なあいいじゃん。ちょっとくらい付き合えって」
「い、嫌です。やめてください」
「ちっ。面倒くせーな、いいから来いって」
それでも男として、この状況を黙って見過ごすわけにはいかないだろ。
「いい加減にしろっ‼」
天音さんに迫ろうとする山口の手を、僕は庇うように前に出て振り払った。
「なんだ、お前?」
山口は顰めっ面で僕に視線を移す。
「おっ! こっちの方が顔いいな。なに、お前が相手してくれるの?」
内心、振り払ったことを後悔してるのは内緒だ。だがもう後には引けない。一か八か仕掛けてみるか。
「……相手をするかどうか、少しは自分で考えたらどうです?」
「ふーん。いいじゃん、その強気な態度。俺は気に入ったぜ」
「そりゃどうも。まあ、アンタなんかに見初められても、大損でしかなさそうだ」
「お前、初対面で随分と失礼な奴だな」
「ふっ。その言葉、そっくりそのまま返すよ。人を物のようにしか考えてなさそうな、アンタの方がよっぽど失礼だからな」
「テメェ……相手が女だからって、俺が手出さないとでも?」
僕は虚勢を張り山口を煽る。
「はは。僕がそんな脅しに屈すると思うなよ。ほら、やれるもんならやってみろ。どうせ殴れもしない、イキリ野郎が‼︎」
人通りの多い場所だ。僕が殴られでもして騒ぎになれば、誰かが介入してくれるはず。
僕が犠牲になるだけで、天音さんに危害が及ばず済むなら御の字だ。
「このクソアマ……舐めやがって、それじゃあ望み通りっ!」
「待てぐっち、さすがにやばいって!」
「いやっ、コノハさん。ダメっ!」
山口は僕の胸ぐらを掴み左腕を振りかざす。それを見て、覚悟しながら目を閉じた。
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