第14話 幼馴染クライシス
必要な物を揃えてからは場所を西口側に移動し、迷宮のような商業施設の地下を彷徨う。
「いいの? 紙袋、持ってもらって」
「何言ってるんだ? か弱い女の子に荷物を持たせるなんて、王子様失格だろ」
か弱いかもしれないけど、否定するのも疲れる。
それに今の僕には、男らしさのおの字もないだろうから諦めるとしよう。
「おーい、輝夜くん?」
「ああ、ごめんね。考え事してた。何かあった?」
「いや、予約の時間まで少しあるし、行きたい場所とかないか?」
「……うーん、特にはないかな。任せてもいい?」
颯さんは顎に手を当てながら「そうだな」と言って思案する。
「……確かこの施設、屋上が公園になっているんだ。よければ、そこで休もうか」
「う、うん。了解」
さすが王子様、すぐに場所を提案してリードしてくれる。今日行く場所の知識とか覚えて来てくれたんだろう、頭が下がる思いだ。
うーん。それにしても……生足でのスカートは、スースーして落ち着かないな。
「どうした、急に立ち止まって? 足でも痛めたか?」
「あ、いやその……ちょっと、トイレ行きたいなって」
「ああ。そこにあるから、我慢せず行ってきなよ」
「ごめん。すぐ終わらすから」
そう言って僕はいつも通り、男子トイレに向かった。
手を洗っている最中、ぼんやりと目の前の鏡を覗く。化粧ってすごい。見慣れているはずの顔なのにこうも印象が変わるとは恐れ入った。自惚れている訳じゃないが、外とかで見かけたらドキッとするくらいの出来栄え。
さすが颯さん、メイク術まで完璧だ。
──────ガチャっ、バタンっ。
「ふう、危なかった」
誰かが個室トイレから出てきたみたい。
その人は僕に気づいていないのか、鼻歌混じりに左隣で手を洗いだした。
「ん? ……やべっ、人いたのか」
随分と大きな独り言。僕はバレないように鏡越しでチラッと確認する。
「「あっ‼」」
これは気まずい、思い切り黒髪マッシュの男に目が合ってしまった。
あれ? この人、どこかで会ったことあるような……。
今度は直接振り向いて確認。その男の正体は、幼馴染である石川悠人だった。
「へ、は? ……おいおいおいおい‼︎ ちょっと待て‼ ここ男子トイレだぞ?」
慌てふためく悠人。男子トイレがどうこうとか、さっきから様子がおかしい。
「……あっ」
パッと顔を正面に戻し、改めて自分の容姿を見る。やらかしに気づいた僕は天を仰いだ。
いや、呑気に仰いでいる場合ではない。平然を装い逃げる様にトイレを出ると、今度は外で待っていた颯さんが真っ青な顔をして詰め寄って来た。
「ちょっ、輝夜くん、何してるんだよっ!」
「あ、あはは。どうします?」
「と、とりあえず、おちゅ、おちゅちゅけ」
いや、アンタが落ち着け。
「まず、誰に見られていないならセーフだ」
「……」
「なんだ? その意味ありげな沈黙と目逸らしは?」
僕は包み隠さず話した。男子トイレには目撃者がいること、さらに運悪くそいつがクラスメイトで友人の石川悠人であることを。
「予想外だな……まさか、よりによって石川くんに見つかるとは」
「すみません。僕、特に考えもせずに行動しちゃって」
「いや気にするな。これはボクの責任でもある。君がトイレへ行く前に気づいていれば」
「そんな……多分だけど、僕だとはバレてないはずです。かなり狼狽えていたから」
「本当か? もしそうなら、なんとかなるかもしれない」
僕と颯さんは小声で作戦会議を始める。
「いいか、基本はボクが答える。だから君は黙っていること。関係性を聞かれたら親戚で押し通せ。どうだ、台本通りにやれそうか?」
やれそうにもないけど、やるしかない。
「わかった。余計なことはしないように心掛けるよ」
「よし、いい子だ。来たぞ」
颯さんが向く方向に僕も顔を向ける。
「あっ、アンタさっきの‼ ご、誤解だからな、アンタが間違って男子トイレにって……さ、佐野さん⁉」
僕は慌てながら、王子様の後ろに隠れた。
「やあ、石川くん。奇遇だね」
「ま、まさか。王子の知り合いだったのか」
「ん? ああ、この子はボクの親戚だよ」
「じゃあ、既にさっきのことは伝わってる。……お願いです、通報はしないでください」
「ははっ、する訳ないだろ。この子はかなり天然な子でね、今日みたいなことをしでかすんだ。だから、君が潔白なことぐらいわかっているさ」
「よ、よかった〜。通報されて俺の人生、終わるかと思った〜」
「すまないね、驚かせてしまって」
「たくっ、人騒がせな。えーっと、その子名前は?」
「な、名前かい?」
颯さんは任せたと言わんばりのウインク。
喋るつもりはなかったので、咳払いをして声の高さを調整する。
「ぼ……私の名前は、コノハって言います」
「へえ、コノハちゃんか。いやぁ、さすがは王子の家系、親戚まで美人とは」
「だろ? まさに、王子様とお姫様って感じで」
「……否定しないのな」
「ははっ。まあさておき、どうだろう? 騒がしたお詫びに、そこのお店でお茶でも?」
「ご馳走になりたいとこだが申し訳ない。この後、すぐ移動しなきゃいけなくてさ」
「おやおや、それは残念だ。ちなみに、どんな予定か聞いてもいいのかな?」
「え? この格好見れば、大体は伝わると思ったんだけど」
悠人は自身の着用している、青いストライプ柄の服のロゴ部分を摘んで強調する。
しかし、颯さんはイマイチ理解できてないみたいだ。
「あれは横浜にある野球チームのユニフォームですよ。だからこれから、野球観戦でも行くんじゃないんですか? 今日はホームゲームのはずだし」
「へー、そうなんだ。ボク、サッカーならわかるんだけど……野球は疎くてね」
「ほう。コノハちゃん、結構詳しんだな。もしかして、横浜ファンだったりするの?」
「いやっ、え〜っと……あっ、父が好きなんです。私自身、そこまで興味ないです」
「ふーん、そうなんだ。試合日程なんて普通、ファンじゃないと把握してないのに」
やばい、これ以上探られたらボロが出てしまう。
今度は僕が颯さんへ「ごめん」と言わんばかりに、手刀を切って合図を送る。
「……石川くんは、一人で行くのか?」
「まあ残念ながら。たまに予定が合えば、輝夜と一緒に行くんだけど」
「そういえば、二人は幼馴染だったね。前に輝夜くんから教えてもらったよ」
颯さんは僕にだけ見えるよう、にやっと笑った。
「そうだボク、実は彼に興味があって……色々教えてくれないかな?」
「ちょっと、颯さん!」
颯さんの上着の裾を引っ張り耳打ちをする。
「何だよ? 話題をずらしてやったんだから、文句言うなって」
「だとしても、他にも話題はあったでしょ?」
「おーい、どうした。急に二人でこそこそ話して?」
悠人は目を鋭くして、疑うように見てくる。
「た、大した問題はないよ。ちょっとした予定の確認さ」
「ふーん。まあいいけど、歩きながらでも構わないか?」
「本当か! ありがとう。今度、お詫びも兼ねてお礼させてくれ」
「別にいいって、そこまでしなくても」
悠人め、満更でもなさそうな顔しやがって。
※※
それから僕達三人は、広い通りに沿って駅の方向へ歩き始める。
「で、まずは何が聞きたい?」
「えっと……そうだ、輝夜くんって髪を伸ばしているだろ? その理由が知りたくてさ」
いきなりそれか。僕は重い足取りで、二人の後を付いて行く。
「……あ〜。申し訳ない」
「なぜ謝るんだ?」
「実はさ、俺も知らないんだ。わざわざ聞くことでもなかったし」
「そ、そんなわけないだろ? なあ頼むよ……もしや、口止めされてるとか?」
急に立ち止まる颯さん。心なしか口調が強く感じる。
「いや、本当に知らないんだ。悪いけど、俺では王子の期待には添えない。その質問は今度、遥先生にでも聞いてくれ。あの人は、輝夜の相談相手だからな。何か知ってるかもしれん」
「遥先生か……あの人、絶対教えてくれないだろ」
実際、僕は悠人に理由を打ち明けたことがない。真面目な話、彼は一度も理由を聞いて来なかったからだ。それでも悠人のことだから、きっと僕の言いたくない気持ちを察していてくれたのだろう。仲がよくて信頼があるからこそ、幼馴染として超えていいラインを悠人は弁えているのだと、僕は都合よく解釈している。
「でも、確か『あのとき』からだな」
「ん、なんだ? あのときって……やっぱり、何か知ってるのか?」
「あっ。いや、なんでもない」
悠人は、しまったという感じで口元を手で覆う。
「その反応、見るからに怪しいな。何か隠してるだろ?」
「だから、俺は何も知らない……って、おい!」
颯さんは悠人の肩に手を回して身体を密着させる。
思わぬ攻撃に悠人は、ただ顔を背けることしかできなかった。
「教えてくれなきゃ、このまま改札まで歩いてもらうぞ? さあ、どうする?」
「……わ、わかった、言うよ。言うから勘弁してくれ」
悠人がため息を吐いて降参すると、颯さんは嬉しそうに腕を下ろした。
「じゃあ、話してもらおうか」
「……あのときっていうのは、輝夜が変わり始めた頃だよ」
「変わった? 変わったって、彼は昔からああじゃないのか?」
「違う……いや、元からナヨっとして女みたいだったけど、拍車が掛かったというか、髪を伸ばしたりだとか、話し方が急に優しくなったり……全体的に大人っぽくなったんだ」
悠人は表情を歪めながら続ける。
「多分、輝夜は寄せてるんだと思う」
「寄せてるって……何に? なあ、教えてくれ」
急かす颯さんに押され気味の悠人。
「まあまあ、落ち着いてくれ。まず俺らが小四の頃って、あれ? コノハちゃん、大丈夫か?」
「ん? ど、どうした? そんな怖い顔して」
「あ……い、いや」
二人は心配そうに僕を覗き込んでくる。
「ご、ごめんなさい。ちょっと人混みに疲れたみたいで」
「いや、こちらこそ気が付けず申し訳ない。えっと……どこか休める場所は?」
「とりあえず俺、水かなんか買ってくるけど」
「いい、自分で行く」
「え? ちょ、ちょっと!」
颯さんの制止を振り切り、僕は逃げるようにその場を離れた。
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