第12話 僕と一緒に
咲夜を見送り、後片付けと諸々の家事を済ませて家を出る。
まず向かうのは颯さんの家。理由は女装をする準備として、髪のセットと化粧を施してもらう為だ。教えてもらった住所を元にナビをセットし、マンションのエントランスを出立つ。
イヤホンで曲を聴きながら銀柳街を抜け、県道沿いから住宅街に入って十五分くらい。
────着いた、ここが颯さんのお家。
学校で噂されるような豪邸ではなく、実際どこにでもあるような一般的な二階建ての一軒家が建っていた。新築ってわけじゃなさそうだけど、外観は比較的新しめで温かみを感じる。
それにしても、まさか同い年の女子の家に招かれるなんて想像もしてなかった。信頼されているからなのか、男として見られていないのか、どちらにせよ男を家に呼び込むとは無用心な気もする。とはいえ、颯さんの部屋はどんな感じか気になる気持ちも嘘ではない。ミニマリズムでクールな感じか、それとも女の子っぽい可愛い感じの部屋か?
なんだかんだ、妹以外の女性の部屋なんて初めてだし緊張する。
──────ピンポーン。
インターホンを押して、少し待つが……反応がない。
少し間を置いて、もう一度鳴らす。
──────ピンポーン。
誰もいないのか? 二度目の呼び出しにも反応がなく、辺りは静まり返っている。
約束の日って今日のはずなのに……待っていてもあれだし、連絡するか。
僕がスマホを手にしたときだ。急に玄関の方から慌ただしい足音が近づいてきて、最後にバタンっと音を立てながら扉が開いた。
すさまじい勢いで出てきたのは、
「はぁはぁ。……お、おはよう、輝夜くん」
跳ねた寝癖をそのままに、水色で猫柄を模したパジャマ姿の颯さんだ。
「い、いらっしゃい。よくきたね」
「もしかして、さっきまで寝てました?」
「そ、そんなわけないだろ。ちゃんと起きてたさ」
「じゃあ、その姿は?」
僕は目を細め、訝りながら颯さんを問い詰める。
「……ごめん。本当は今日が楽しみで、よく寝れなかったんだ」
なんだこの可愛い生き物、イベント前日の幼い子みたい。
「いつもはママが起こしてくれるんだけど、昨日からおばあちゃん家に行ってて」
「ふーん、いつもママにか……」
僕の反応に颯さんが「あっ」と声を漏らし、恥ずかしそうに詰め寄ってくる。
「べ、別に普段はお母さん呼びだからな。勘違いするなよ!」
訂正するのそっちなのか、てっきり毎回起こしてもらう方かと。
「……別にいいじゃないですか。ママ呼びの方が可愛いと思うし」
「だとしても、絶対に言いふらすなよ! もし誰かに言ったら」
「はいはい。安心してください、誰にも言いませんから」
「むう〜、絶対馬鹿にしてる」
「ば、馬鹿になんてしてないよ! お願い、信じて」
「……とりあえず、準備もあるからどうぞ」
ばつが悪いのか、颯さんは目を合わせることなく家の中へ手招く。
「お、お邪魔します」
中に入ってからは、廊下奥の階段を登り二階へ案内される。
上がってすぐの部屋に、手作り感満載のネームプレートがドアに飾られていた。
「あっ! ごめん、ちょっと待って!」
その部屋の前で颯さんが振り返り、ドアを背にしてゴールキーパーの様な姿勢で被さる。
「どうしました? 早く準備しましょうよ」
「えっと……少しだけ、時間をくれないかな?」
「時間って、なんの時間?」
「ボクが部屋を……片付ける時間」
「……別に僕、気にしませんよ」
「ボクが気にするんだよ。お願いだから待って! 十分、いや五分」
「五分じゃ変わりませんって、早く入れてくださいよ」
観念したのか、颯さんは「後悔するなよ」と小言を言って渋々ドアを開く。
────ガチャっ。
隙間から中を覗いた瞬間、僕は条件反射で後退りした。ホワウサ愛溢れるグッズの数々は綺麗に棚へ収納されている反面、床にはおそらく文庫本や漫画にファッション誌、脱ぎっぱなしの部屋着に小物まで散らばっている。
辛うじて足の踏み場はあるが、お世辞にも片付いているとは言えない。
「あー……なんか、ごめん」
「むう、だから待って欲しかったのに」
確かにこんな散らかった部屋、人には見られたくなっただろう。悪い事をしてしまった。
不貞腐れる颯さんの後を追うように、足元を気にしながら中へ入る。
「昨日やろうと思ったんだよ。でも、なんか面倒になって」
颯さんは顔の前で人差し指を合わせながらいじける。
「大丈夫だよ、颯さん。僕、全然気にしてないからさ」
「気休めはいいよ。自分が自堕落で、ズボラな人間ってことぐらいわかってるから」
颯さんはしょんぼりしながらベッドに腰掛けて、枕元に置いてある大きめなホワウサのぬいぐるみと戯れ始める。
弱ってる彼女の姿を見て、僕は少し困惑しながら慰めの言葉を探した。
この場合はなんて返すのが正解なんだろう? 適切な回答を考えながら周りを見渡すと、あるものが目を惹く。それは木目調のパソコンデスクの上を陣取る参考書とその他教材。
「颯さん、机の上の参考書が雪崩起こしてるけど……」
「ああ、日付が変わったから途中でやめたんだ。悪いけど、直しといてくれるか?」
僕は言われるがまま、参考書を一冊ずつ積み重ねていく。楽しみで寝れないとか言って、テスト期間でもないのに夜遅くまで勉強していたようだ。
落ちてる本や雑誌もよく見ると、ところどころ付箋が貼られている。
「床に落ちてる本は、どうします?」
「それは自分でやっとく。だから、そのままにしといてくれ」
「わかりました。ちなみにこれ、なんで付箋が貼ってるんですか?」
「……言い回しやフレーズの勉強かな。あとは、知らない言葉を後で調べる為に」
「それはまた、どうして?」
「どうしてって、カッコよさを身につける為だよ」
「えーっと、つまり?」
「ボクだって、元から王子様って訳じゃないからね。ファンに喜ばれるような言動を研究しているんだよ。それに言葉も使い回すわけにはいかないからな、常にアップデートしないと」
その言葉を聞いて、カフェでの会話が頭をよぎった。
きっと颯さんにとって、王子様であることは努力の結晶なのだろう。勉強していい点を取るような感覚で、他人が寄せる憧れ、向けられる羨望の眼差しに応えることを至上の喜びと捉えている。結果として、自分を慕ってくれる人間が増えるというのは、彼女の日々重ねた苦労の成果なんだ。だから恐れている。自分の弱みや隠したい部分のせいで、すべての努力が水の泡になったら洒落にならないから。
でも颯さんはなぜ、ここまでして王子様にこだわるのだろう?
……やめておこう。きっと颯さんなりに事情があるはず、余計な詮索はすべきじゃない。
「ねえ、颯さん」
「今度はなんだ? もしかして、こんなボクの姿を見て嫌いになった?」
颯さんはぬいぐるみで顔を隠し、普段よりワントーン高く愛嬌のある声を出す。
「ち、違うよ。もしよければね?」
この状況で喜ばれるお詫びの品を、僕は頭をフル回転させて必死に考えた。自分の時間が取れない彼女の為に、僕がしてあげられること。その結果、非常にシンプルな結論に辿り着く。
「今度、僕が片付けを手伝ってあげるなんて……どうかな?」
「え、輝夜くんが⁉」
「うん。整理整頓とか、掃除をするのが好きなんだ」
颯さんは怪しげに僕を見てくる。
「その、デリケートな部分は触れないように……ちゃんと確認するからさ」
「でも……悪いよ。本当はボク自身がやるべきことだ。こんなことすら自分でまともにできないなんて……恥ずかしいし」
「あのね、颯さん」
僕は颯さんの前でしゃがみ込む。
「僕、人は得意不得意があって当然だと思ってる。だから、できないって別に恥ずかしいことじゃないと思うんだ。もちろん、僕にもできないことはたくさんあるし」
「……だとしても結局、やってもらったら意味ないじゃないか」
「じゃあ、朝も一人で起きれるようにならないと」
「そ、それとこれとは話が別だもん」
プイッとそっぽを向く可愛い反応。
「まあそれに、今できないからって、一生身につかないってわけじゃない。颯さんなら大丈夫、これからゆっくり克服していけばいいよ。だからまずは、僕と一緒にやってみない?」
颯さんは十秒くらい俯いて、再び顔を上げた。
「わかった。そこまで言ってくれるなら、君に……お願いするよ」
「うん、任せてよ。頼られたからには精一杯、努めるからさ」
「あ、ありがとう」
僕は手を合わせて軽くパンっと鳴らす。
「はいっ、これで落ち込むのはおしまい! 今日が楽しみだったんでしょ? それならほら、そんな辛気臭い顔してないで……今日は颯さんの我儘、僕が全部聞いてあげるからね」
「輝夜くん……君、いくらなんでもバブ味が強すぎるよ」
「ん? バブって、なんで急に入浴剤の話?」
「え? あ〜、ごめん。今のは聞かなかったことにして」
不思議なやり取りをしたところで、僕らは準備に取り掛かった。
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