第9話 王子様の秘密

学校の最寄り駅から南武線に揺られること数分、四つ先の川崎駅で下車する。


川崎はターミナル駅として乗り換えの利便性がいいのはもちろん、一つ橋を渡れば東京都という好条件が揃っており、工業地帯として昔から栄えてる場所だ。

昨日行ったラゾーナというショピングモールを始め、僕らみたいな高校生向けの遊び場も充実している。なぜか付近に映画館が三つもあるが、これはこれで繁栄の象徴なのかもしれない。そんな場所柄、平日の昼下がりでも駅構内は混雑している。


「手、繋いであげようか? 君が人波に攫われても困るし」

「大丈夫ですよ。ここ、最寄り駅なんで慣れてます」

「そうなのか、ボクも川崎が最寄りでね……やはり君とは、何か運命めいたモノを感じる」

 

……それはそれとして、僕はどこに連れていかれるのだろう。

不安に苛まれながら颯さんの後ろをついて行く。東口の大型ビジョンを潜る様に階段を下り、外へ出て駅前の広場を左に避けるように進むと、制服が似合わないオフィス街が現れる。

そのビルの間を歩くこと三分ほど、颯さんが歩みを止めた。


「着いたよ」

どうやら目的の場所に到着したようだ。

そこはいい意味でこの辺の雰囲気には合わない、ガラス張りの壁に白とティファニーブルーを基調とした外装のお洒落なカフェ。

こんな大人びた場所に入ると思うと正直、とても緊張する。


「さあ、入るよ?」

 

扉を引いて入店する颯さんに僕も続く。 

中を覗くと店内は思ったよりも広く、白く明るい洗礼された雰囲気にコーヒーの匂いがふっと香る。

少し遅めの昼食をとるフォーマル姿の若い女性、その隣に座る二人組のおばさま達が周りを気にするかのよう小さめに談笑しているみたいだ。

店員さんに「いつもの所で」と颯さんが言うと、外から見えなかった店の奥へ案内される。


「ほら、君はそっちに座って」


上座に座るよう促され、テーブルを挟んで僕らはお互い向き合った。

お冷を置いた後、店員さんが離れたのを確認してから颯さんが口を開く。


「いいでしょ、ボクが見つけた穴場なんだ。この店なら誰にも見つからない」

「は、はあ……。あの〜颯さん、なんで僕なんかをそんなカフェに?」

「まあまあ。時間はあるから、ね?」

 

颯さんはメニューを差し出して躱す。 


「ここのお店は初めてかな?」

「は、初めてですけど」

「ならば……おすすめは苺パフェだね。今の時間は、コーヒーと紅茶が付いてお得だ」

「じゃあ、パフェとコーヒーにします」

「わかった。そうだな、ボクも同じのにしよう。お砂糖とミルクは要るよね?」

「あ、両方とも無しで」

「そ、そうか……どっちもね、了解。すみませーん、お願いしまーす!」 


慣れた作業をこなす様に僕をリードする王子様。


「それじゃ、少しお話しようか」

「……はい」


 不安で乾く喉を潤そうと水を口に含む。


「輝夜くんはさ、好きな人とかいるのかな?」

「ブッ! ゴホッゴホ……な、何ですかいきなり⁉︎」

 

危ない。吐き出しそうになった。


「ははっ、すまない。そういう恋愛感情的な意味じゃなくてさ」


颯さんは思案顔で首を捻る。


「聞き方を変えよう。憧れている人とかはいる? 歴史上の人物とかスポーツ選手とか」

「特にそういったものはないですね、憧れた時点で無駄だから」

「そ、そうか。そういう意見もあるか」

 

少し間をおいて、頼んだコーヒーと苺パフェが二つ届いた。

それでも僕らはお互いに手を付けずに膠着状態は続く。店内の陽気なBGMと裏腹に、僕らの周りを重く澱んだ空気が漂い始めた。


「あのね輝夜くん、単刀直入に」

 

先に均衡を破ったのは颯さんだった。


「さっきのホワウサなんだけど……ごめん。あれはボクのだ」

「ああ、やっぱり」

 

僕はマスコットホルダーを鞄から取り出して颯さんに手渡す。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう。はあ〜、よかった。無くしたと思って諦めてたんだ」

 

喜色満面に溢れている。イメージになかった表情に少しドキッとした。


「とりあえず、持ち主が見つかってよかったです。でも、なんでさっき『ボクのじゃない』って嘘を?」

「どうしても、人目のある場所ではダメだったんだ」

「理由とかって、聞いても大丈夫です?」

「……今までの流れを全部、内緒にするって約束できるか?」


僕が「うん」と頷くと、颯さんは難しい顔をして一つ息を吐いた。


「輝夜くん。ボクがホワウサを好きだと知って、君はどう思った?」

 

考えもしなかった質問に僕は拍子抜けした。


「……まあ、ホワウサ好きなんだなって」

「幻滅しなかったかい? 王子様なボクが、こんな女児向けの可愛いキャラが好きだなんて」

「そんなことないですよ。僕はいいと思いますけどね、ギャップ萌えって感じで」

「ほんとにっ! ほんとにそう思うか⁉︎」

 

両手を机について身を乗り出す颯さん。


「……好きなんでしょ? なら僕は、颯さんの想いを否定なんてしないよ」

「そうか、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

ホッとしたのか、颯さんは深くもたれるように座り直す。

急な心の高鳴りを誤魔化すように、僕は中途半端に残った水を一気に飲み干した。


「でもなんで、『僕が幻滅するかも』なんて心配を?」

 

彼女は腕を組んで自信満々に口を開く。


「ボクってほら、誰もが見惚れるほど美しくて、カッコいいだろ?」


否定できるわけがない。僕は頷いて同意を示す。


「ありがたいことに、皆が王子様と慕ってくれるくらいには人気者だ。でもボク、本当はグッズを買い漁るほどホワウサが好きだし、可愛いモノに目がない乙女な部分があってさ」

「それは……別に本人の自由ですからね。何か問題でも?」

「仮にだ。熱心なファンの子達がそんなボクの一面を見たら、どう感じると思う?」

「……人によっては思ってたのと違う、ってなるかもですね」

「ほらね、そうなるでしょ。それが嫌なんだ」


颯さんは指をパチンと鳴らし、勢いそのままに人差し指を僕に向ける。


「実は昔、ホワウサが好きなのをバレて言われたんだよ。『王子様なのに可愛いものが好きなんて似合わない。がっかりした』ってね。それがトラウマでさ」

 

想定よりも重い話を颯さんは続ける。


「悲しかったけど、その言葉にボクは納得したんだ。カッコいい王子様が、人前で乙女な部分を見せてはいけないよなって。そんな訳で、君に嘘をついたんだ」


なるほど。誰にも見られないようにホワウサを回収する必要があったのか。だから、僕を執拗に誘ってきたと。だとしても、強制お姫様抱っこはやりすぎだ。


「……じゃあ颯さんは、本心を隠しながら無理をして王子様を」

「ちょっと待った‼ 輝夜くん、それは誤解だな」

「ご、誤解ですか?」

「うん。これでもボク、自分が王子様であることに自信と誇りを持っているんだ。ボクを慕ってくれる人間がいるってのは嬉しいことだし、とても幸せなことなんだよ。ただ、それを維持するには高嶺の花であり続ける必要がある。要は失望させちゃいけないって話だ。彼女達の夢が醒めないようにね。たとえそれが、自分の好きなモノであっても」


正直、颯さんの本心なんか僕にはわからない。

それでも、気丈に語る颯さんを見てこの胸が締め付けられるのは、きっと好きなものを好きと言えない彼女の窮屈な現状を不憫に思ったからだ。

無責任なことに『何とかしてあげる』なんて言葉が、僕の口から躍り出ようとする。

しかし実際、僕にできることなんてないし、それにこれは颯さん自身の問題だ。現状に対して不満がないと本人が言うなら、赤の他人である僕が余計な心配をすべきじゃないだろう。だからこれ以上、無闇に踏み込まなくていい。


「なるほど……ありがとうございます、色々と話してくれて」

「別に構わないよ。逆に申し訳ない」

「いえいえ気になさらず。でも、よかったんですか? 僕なんかに話してしまって」

「まあ君にはバレたし、もういいかなって。それにボク、君には不思議と心を許してるんだ」

「……悪い気はしないですけど、やけに信頼度高いですね」


僕が不思議そうに尋ねると、颯さんは間髪入れず答える。


「だって輝夜くん、ボクがホワウサ好きって知っても幻滅しなかったでしょ。こんな幼い乙女な面を否定せず、ボクを受け入れてくれるんだって。それが一番嬉しかったのかもしれない。この人なら、打ち明けてもいいなって思えたから」


そう言って、彼女は恥ずかしそうに頬杖をついた。


「それに君、なんか同い年とは思えない包容力がある気がするんだよ。なんていうか雰囲気的に、輝夜くんはお母さんみたいだ」

「まあ、僕は代わりだから」

「ん、代わり?」


おっと、余計なことを口走った。


「いや、えっと……ホワウサ、可愛いですよね! 僕も好きですよ」

「えっ、ほんとに?」

「う、うん。妹の影響で、よくアニメとか一緒に見てたから」

「へえ、妹さんがいるんだね。……ちなみに、ボクが好きな理由はね」

 

颯さんは鼻息を荒くして興奮気味に続ける。


「もちろん可愛いのはそうなんだけど、可愛いだけじゃない。悲しんでいる友達を励ましたり、ときには身を張ってガールフレンドを助けたりして、とても勇敢でカッコいいんだ!」


一通り語り終えた後、颯さんはホワウサのストラップを顔の前に掲げ始めた。


「ボクも完璧じゃないからね。結局、ホワウサを切り離すことができなかった」

「大切な存在なんですね」

「うん、ずっと一緒だったから」

 

少し顔を赤らめて笑みを浮かべる颯さん。


「ごめんね輝夜くん。今日はむりやり付き合わせてしまって」

「いえいえ、気にしないでください」

「そうだ輝夜くん‼ 君がよければ、ボクと友達になってくれないか?」

「と、友達ですか?」

「嫌……だったか? あっ! もしかして、恋人の方がよかったかな?」

 

王子様スマイルで突拍子もないことを……。

不意にやって来るイケメンムーブ、対応するには心臓が幾つあっても足りない。


「や……やめてくださいよ、そんな冗談」

「あはは、すまない。反応が可愛いからついね。いやなに、なんか君とは気が合うような気がするんだ。そんな君とはこれからも、できれば対等な関係を築きたい。どうかな?」

「まあ友達ってことなら、こちらこそよろしくお願いします」

「あ、ありがとう。改めてよろしくね、輝夜くん!」


 

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