第7話 特別個人面談
職員室に入り、遥先生は自席に「よっこいしょ」と言って腰掛ける。
「遥先生、今のはいくら何でも……さすがにババくさいよ」
「アナタも社会に出たらわかるわ。実年齢よりも先に、心が老化するメカニズムを」
「知りたくないな、そんなの」
「大丈夫、アナタが良ければ私の元に永久就職しなさい。それなら社会に出なくていいわ」
「……考えとくよ」
なんて恐ろしい提案。僕は目を合わせないように先生の机にノートを置く。
「じゃっ、遥先生。僕はこれで」
「何言ってんのよ? 荷物持ちはついで。本題はこれからよ」
遥先生は指で椅子を持ってくるように指示するので素直に従う。
「先生から説教されるような真似、僕は一切してないと思うけど?」
「いいからいいから、特別個人面談よ。まず、妹の
「……元気だよ。この間も買い物を手伝ってくれたり、何かと僕にべったりで」
「ちっ! 羨ましいわね。面倒とかはどうしてるの?」
流れるような舌打ちは聞かなかったことにしよう。
「家事は基本的に、今も全部やってるよ」
「甘やかしすぎじゃない? もういい歳なんだから、そこまでする必要ないでしょうに」
「だって〜。僕が咲夜に出来る事は、それぐらいしかないんだもん」
「……その過保護でシスコン気質なとこ。それだけは唯一、輝夜に改善してほしい一面だわ」
「そ、そうかな? ……愛する妹の為に兄として、なすべきことをやってるだけなのに」
「……重症ね、可哀想に」
遥先生は深くため息をついて、「さてと」と言って話を続ける。
「次は軽く朝の続きよ。身だしなみ、その髪について」
「え、髪⁉ 別に違反してないけど?」
「そうなんだけどね。着任したばかりの先生から、しつこく言われたのよ」
遥先生は嫌そうな表情で続ける。
「たくっ。私の輝夜に文句なんて、万死に値する愚行よね」
アンタのじゃないけどな、って言葉を腹の奥にしまって僕は詳細を尋ねる。
「それで一体、僕に対してどんな指摘が?」
「……できれば、こんな言葉……私の口からは伝えたくないのだけど」
「でもこの際、ちゃんと言ってもらった方が」
「そうね」と言って、遥先生は僕へ瞳を真っ直ぐに向ける。
「今日のアナタを見て『長すぎて危ないから、髪を切らせた方がいい』って言われたのよ」
なんだ、髪を切って来いって話か。
でも……そういう切り口は初めてだ。普段は男らしくないからって言われるのに。確かに校則を違反してないとはいえ、他の男子の数倍は髪を伸ばしているのだから、お叱りや批判を受けるのは当然だ。納得はできないけど理解はできる。それに今日は結ぶばずに登校したから、余計に悪目立ちしたんだろう。
ただしだ、自分の意志で伸ばしてるって言っても、悪びれたいとか、オシャレしたいとか、その辺の薄っぺらい理由と一緒にはしないで欲しい。
まあ、訳を教えるつもりなんて更々ないけれど。
「────お〜い、輝夜‼︎ 大丈夫⁉︎」
「え? ああ、ごめん。考え事してた」
「……そうだ! ちょっと待ってて」
────しばらくして、遥先生は手に湯呑みを持って戻ってきた。
「はいお茶、淹れてきたから飲んで」
「あ、ありがとう」
僕は湯呑みを受け取り、ズズっと音を立てながら口に含む。
「どう、落ち着いた? 難しい顔で一点を見つめ出すから、怖くなったわよ」
ぷかぷかと浮かぶ茶柱を見ながら、僕は言葉を選ぶ。
「……ごめんなさい、遥先生」
「別に謝ることないわ」
遥先生は、悔しそうに拳を机に向かって軽く振り下ろす。
「にしてもあの野郎、輝夜を心配してるのはわかるけど、事情をなにも知らないくせに気安く口出ししやがって」
遥先生の湯呑みを避難させつつ、僕は遥先生を宥める。
「は、遥ちゃん、落ち着いて。今回は僕にも落ち度がるし、それに……」
いつかは髪を切らねばならない、僕だって頭の中ではちゃんとわかっている。
……行動に移せないだけで。
「とりあえず、邪魔にならないようきちんと結んでくるよ。それでどうかな?」
「まあ、いいんじゃないかしら。愚か者には私から言っておく……けど」
遥先生は眼鏡の鼻当てをクイっと押し上げて続ける。
「いい輝夜? 今回は私も協力してあげる。だけど教師として、いつまでもアナタだけを優遇ってことはできないわ。約束したからには責任もって、問題を起こさないよう行動してね」
「……わかった。ごめんね、迷惑かけて」
「め、迷惑だなんてそんな」
両の掌を左右に振り、『違う』とアピールする遥先生。
「あくまで教師としての体裁を保ってるだけよ。私個人の意思は違う。それにアナタの味方であり続けるって、私はあの日約束したじゃない」
「は、遥ちゃん……ありがとう‼」
僕は遥先生の手を取り、とびきりの笑顔をプレゼント。
「ちょ、ちょっと輝夜。こんな人前で」
照れている遥先生へ、最後におまけをひとつまみ。
「大好きっ♡」
「……きゃーーーー! お、おっ、お願い‼ もう一回‼ 今のヤツ、目覚ましのアラーム用に録音させてっ! あと、その笑顔も壁紙用に撮影を」
「ダ〜メ♡ 一回しか言わない」
「くうぅ、ダメか」
遥先生は残念そうに項垂れる。しょうがない、来月の誕生日にもう一回言ってあげるか。
「……そうだ輝夜。アナタに言うべきか悩んだことが、もう一つあるのだけど」
「まだ何かあるの?」
「私からしたら、ポニーテールにしたときも……それはそれで、不味いと思うのよね」
「……どうして? 単純に髪結んでるだけじゃん」
「実は男子生徒からもよく相談されるのよ。『男のうなじに興奮するなんて、俺はおかしいでしょうか?』って。ほんと、男子高校生の性欲って見境ないわよね」
「あ、あはは。ちなみに、先生はどう指導されたんですか?」
遥先生は自信満々に答える。
「そりゃあ、『なんの問題もない。あの子は特別よ、私も興奮する』って、言ってやったわ」
今日みた遥先生の顔で一番、活気と自信に満ちた笑顔だった。
おそらくこの変態セクハラ教師が今後、僕の味方をやめるってことは絶対にない。確信することができて安心するとともに、何か得体の知れない恐怖を感じた。
それにこのままではいずれ、誰かが遥先生を通報してしまう。
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