第5話 三女神が勢揃い

「み、ん、な〜、おっはよ〜。これからよろしくね……って、なにやってんの⁉」


明るくて芯のある声が教室中へ響く。振り向くと一人の女子生徒が教卓側のドアから入ってきた。背は僕と同じくらいでハーフアップのヘアスタイル。ギャル風の少し派手なメイクにどこかあどけなさが残っている童顔の少女。その存在感は、これまで漂っていた探り合いの疑心感と、こびり付いた緊張感を一変させる。まさに雲の間から差し込む太陽の光。


彼女が三女神の一人、三上天音みかみあまねだと認識するのに時間は掛からなかった。

三上さんはリンチ現場を躱し、女子生徒とハイタッチを交わして挨拶周りを繰り返す。

「あっ!」と大きい声を挙げ、ユルユルなネクタイの後ろでたわわとしたモノを揺らしながら近づいてくる。朝から刺激が強い。


「おはよっ、颯ちゃん! 今日も相変わらず、いい顔してるね」

 

わずかな隙間に三上さんは惜しげもなく小さい体をねじ込もうとする。

それを見た颯さんが、歓迎するかのように一歩引いた。


「ははっ、ありがとう。天音さんだって、今日も一段とキラキラしてキュートだ」

「え〜、ほんと~?」と照れながら、三上さんは颯さんに抱きつく。


おそらくこの瞬間、クラス中の視線を一心に集めたことだろう。なんて言っても女神と称えられる二人のやり取りなのだから、注目度が違う。


「まさか、あたし達二人が揃うなんてね。このクラス、すごいことになるよ」

「ああ、そうだね。退屈せず楽しく過ごせそうだ」

「だね〜。それにあたし、もっと颯ちゃんと話してみたかったんだよ!」 

「それはボクも同感。もっと話す機会があればって思っていたんだ」

「嬉しいっ! これからもよろしくね、颯ちゃん……よしっ、次はアナタ!」


三上さんは柑橘系の香りと共に僕の方へ詰め寄り、上目遣いでジーッと見つめてくる。


「あたし、アナタのこともずーっと気になってたの! 廊下ですれ違う度に声掛けようと思ってたんだけど、中々チャンスがなくてね〜。でっ! お名前は?」

「ほ、星川輝夜です」

「えっ、うっそ〜‼ アナタが星川さんだったんだ、あたし知らなかったよ〜。いや〜、まじ可愛い〜。かぐや姫の肩書きに嘘偽りない美少女。これはもう、目の保養とか眼福ってレベルじゃん。これを毎日拝めるなんて運がいいわ〜。それに三女神が同じクラスとか、見えない力に導かれてるって感じで神秘的〜。今日からお友達としてよろしくね、輝夜ちゃん」

「よ、よろしく」


積極性といい、マシンガンのようなトークといい、話に付いて行くことができなかった。正直、自分の会話スキルはかなり劣っている方だと思っていたけど、本物のコミュニケーションお化けと対峙するとまったく歯が立たないなんて恐ろしい。挙げ句の果てに『輝夜ちゃん』呼びまでされるなんて、距離感の詰め方が半端じゃない。

それに三上さんの手が知らぬ間に僕の手を握ってるんだけど。


「……んん? ……あっ、そうだ颯ちゃん、もっとこっち寄って。三人で写真撮ろうよ」

「ああ、いいよ。じゃ、少し失礼して」


一番背の高い颯さんが膝を曲げ中腰になり、僕らは自撮り棒の先端に取り付けられたスマホへ視線を合わせる。二回ほどパシャリっと音が鳴った後に、画面を確認した三上さんは満足そうに笑みを浮かべ「三女神勢揃いっと」と呟きながら指を滑らせる。


「ほいじゃっ、後で二人に送るね。それと……」


三上さんはLINEを起動し、QRコードの画面を僕へ差し出す。


「輝夜ちゃんはまず、連絡先の交換だね」

「あ、ありがとう三上さん。それにしても、よく僕なんかのことを」

「これこれ輝夜ちゃん、あたしのことは、天音って呼んでよ。もう友達なんだから」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

天音さんは、雲一つない快晴のような笑顔で答える。


「そりゃあ、あたしと颯ちゃんに並ぶ有名人だもん。まあ、実際は噂しか聞いたことなかったんだけどね。去年クラスは離れてたし、ミスコンだとかイベントにも出ないしで、今日やっと答え合わせした感じ。この子が星川輝夜なんだってね。てか、輝夜ちゃんも僕っ娘なのね。颯ちゃんとは、また一味違った良さがあるな~。本当に可愛い! 同じ制服着てるのに、なんでこうも差が出るのかな〜?」


情報量が多くて何から返せばいいか。


「あ、天音さんだって似合ってるし、とても可愛いよ」

「またまた〜、お世辞言っちゃ……輝夜ちゃん、よく見たらズボン履いてるのね?」


一瞬で楽しい会話の雲行きが怪しくなった。


「ねえ、輝夜ちゃん?」


天音さんは首を傾げて尋ねてくる。


「はい、なんでしょうか」

「聞いてもいいかな? その……男子の格好について」

 

僕に向かって天音さんは申し訳なさそうに指を刺す。

それだけで大体、言いたいことは察した。


「あのね、天音さん。多分勘違いしてると思うから、落ち着いて聞いてほしいんだけど」

「か、カンチガイ? いやいや、大丈夫よ! あたし、そういうのには理解あるほぅ」

「僕、男なんだ」

「……うへっ?」


天音さんは目をギョッとさせて数秒黙り、その後「えーーーーー!」と悲鳴と驚きが混じった咆哮の様なものを放った。


「はっ、えっちょ、え、男⁉ ……ええっ! お、男!? うっそ、男ーーーー!?」

 

僕が男だと知ったリアクション史上、歴代で一番の反応。


「だ、大丈夫か天音さん。落ち着いて」

 

すかさず颯さんが天音さんの背中に手を添える。


「ご、ごめん。あまりにも想像の範疇を超えててって、あれ……颯ちゃんは知ってたの?」

「いや、ボクも今さっき教えてもらったのだけど……正直、驚いたよ」

「だよねっ! こりゃ驚くよ。いや〜実在したんだ、可愛い男の娘って」

 

二人は一度、互いに顔を見合わせてから再び僕に疑いの目を向ける。


「ごめんなさい、紛らわしくて」

「それは別にいいんだけど……そっか、通りで手が少しゴツかったのね。……少し拝借!」

「うっ!」

 

天音さんは僕の顔を小さい両手でグイッと寄せる。 


「ごめん、少し我慢して」

 

天音さんは僕の顔を鑑定士が依頼品を調べる様に、角度を変えながら凝視する。

顔がくっつきそうな距離に緊張している僕を無視して、時折「ふーむ」などと声を漏らしながら目を輝かせていた。


「うん、なるほどね〜」


一通り確認が終わったのか、解放されると思った矢先。


「……るい」


ぼそっと天音さんは呟いた。


「あ、天音さん?」


彼女は少し頬を膨らませて、再び顔を近づけてくる。


「ずるい‼ 男でこの肌はずるいよ〜。しかもすっぴんだし……化粧水とかスキンケアは何やってるの? それに極め付けはその髪‼ どこのジャンプーとかリンス使ったらそこまでサラサラに? いや〜、本当に羨ましいっ!」

「え、えっと、特にケアしてることもないし、シャンプーとかも普通に市販の使って……って、ちょっと! ドサグサにまぎれて胸揉まないで!」

「あっ、ごめん。本当に男か確認しようと、にしても綺麗。ねっ、お願いっ! どうか、お姫様の美の秘訣を教えてよ〜」


天音さんの勢いに手をあぐねていると、


「コラっ、アンタ達! いつまで遊んでるの⁉ いい加減席につきなさい‼」

 

かなり機嫌悪そうな遥先生が、教室に入ってきた。


「わ〜、遥先生。さっきぶりだね。これからよろしくっ!」

「はいはい、三上さん。後でたっぷり自己紹介させてあげるわ。いいから席ついて」


「はーい」と不貞腐れながら、天音さんは自分の席へ向かおうとする。


「じゃあね、輝夜ちゃん。また後で」


天音さんは一度足を止め、振り向きざまにキメ顔でそう言った。

ピースとウインクのセット付きで。

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