第3話 可愛いは罪らしい

悠人に肩を貸し、汗ばみながら校舎内の階段を登る。


「……ねえ、悠人。もう少し、自分の力で歩いてくれない?」

「すまんな。涙で顔が濡れて力が出ない」

「どこぞのアンパンみたいなこと言わないでよ」

「……なあ、輝夜? これから一年間、俺達はどうなるんだろうな?」


萎れた声で悠人が話しかけてくる。


「言いにくいんだけど、二年間の間違いじゃない?」

「あ、そうか……三年生にはクラス替えがないから、担任も変わらないのか」


悠人は徐々に顔を顰める。

確かこの高校、方針として二年で文理の選択後に三年生ではクラス替えを行わないはず。受験への集中だとか理由はそんな感じ。それに伴って担任も変わらない。

つまり、残り二年間の高校生活は、遥先生の便利屋が確定したわけだ。


「悠人、これも運命だと思って諦めなよ」

「お前……運命って言葉は嫌いなんじゃ?」

「これは悠人の運命だ。僕は巻き込まれただけ」

 

どうしようもないときは諦めも肝心。こういう場合、運命って言葉は嫌いだが役には立つ。

何度か休みながらも教室のある五階に辿り着く。少し歩いて二年三組のドアを開くと、


「「「「っしゃあああ! 姫、待ってたぞ!」」」」


突如として沸く男子生徒の野太い歓声。

……なんか、去年も似たような光景を見た気がする。一歩引いて全体を見渡してみると、どうやら一年のとき同じクラスだった子が何人かいるみたいだ。


あれは入学式当日、僕が教室に入った瞬間だった。僕を見た男子どもが急に興奮して騒ぎだし、最終的に男だと知ると絶叫し始めた地獄の光景。まあ男と知った後もみんな態度を変えず、仲良くしてくれたことには感謝している。

姫呼びを容認した覚えはないけど。


「みんな、おはよう」

 

────一瞬の静寂の後、一斉にざわつきだす男子の集団。


「なあ今、俺に挨拶してくれた!」

「は、俺と目があってたんだが?」

「ちげーよ、俺にやったんだよ」

「おい、姫の挨拶はみんなのもんだろ? 独占しようとすんなよ」

 

二年三組は僕の挨拶を奪い合う、混沌とした空間に変貌していった。


「……天性の男たらしめ」

「えー、僕が悪いの?」

「しょうがないだろ。可愛い顔したお前が悪い」

「そう言われてもな……今更ながら可愛いって褒め言葉、男としてどうなの?」

「まあ、誇って良いんじゃないか? 天から与えられた一物いちぶつってことで」

 

ある意味、二物にぶつかもしれない。自分の下腹部を見ながら僕はため息を吐く。

ゆっくり顔を上げると、男子生徒達が今度は僕を睨んでいた。

……いや、訂正。

おそらく悠人の方だ。理由は多分、僕が悠人に肩を貸しているこの状況のせいだろう。


「……じゃあね悠人。僕、自分の席にいくから」

 

悠人の腕を掻い潜り少し距離をとる。


「待て、輝夜! 急に俺を一人にするな」

 

必死になって引き止めようとする悠人。

すると、目が笑っていない男子生徒の一人が問い詰めてくる。


「悠人……貴様、今日も姫とイチャイチャして楽しそうだな?」

「ち、違うぞ、今のは成り行きというか。輝夜も弁明してくれ」

 

疎ましく思いながらも、僕はブレザーの袖で目元を覆って口を開く。


「うう、ひどいよ。むりやり密着してきたくせに」


「「「「なっ! むりやりだって⁉︎」」」」


「ちょっ、輝夜! お前、なんてことを」

「いや、いいんだ。悠人を発情させた、可愛い僕が悪いんだもん」

「アホ! 今更、男のお前なんかに変な気起こすか!」


「「「「……言い訳無用! 成敗!」」」」


「ま、待てってお前ら。な? おい、話せばわかるって!」


悠人の命乞いは、自らの断末魔によって搔き消された。

 

……まあ、これも僕を女神に祀り上げた祟りとして、大いに反省してくれ。

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