第一章 王子様とお姫様
第1話 お姫様はままならない
見慣れた自販機のラインナップに、歩き慣れた駅前の商店街。一年経ってもブカブカな萌え袖セーターと治りかけの皸(あかぎれ)。思い通りにいかず、退屈で代わり映えのない世界。
唯一自由で救われているのは、そよぐ風と踊る結べなかった長い髪だけだ。
そんな春の戯れ、冬の傷跡を煩わしく思っていると肩をトントンと優しく叩かれる。後ろを振り向くと、妙に固い物が僕の右頬を軽く抉った。
「おっす、輝夜。今日から二年生だな」
ニヤニヤと嬉しそうに人差し指を押しつける男。それは幼馴染、
「お、おひゃよう、悠人」
「おう、おはよっ。てかお前……今日は髪、結んでないのな」
悠人の指を取り払って答える。
「今朝はバタバタでさ、忙しくてセットする時間がなかったんだ。まあ、少し風が鬱陶しいけど……一日くらいは問題ないよ。大丈夫」
「お前が大丈夫でも、周りの男子にはよくないだろうな」
「……一応聞くけど、何がよくないの?」
「なんていうかほら、普段とは違う女子の姿を見たらさ、そのギャップにドキッとするもんだろ? 特に髪型は、それの最たるもんだ」
「そうかもしれないけど……悠人は、僕の性別をご存知でない?」
「ふっ。お前が男ってことぐらい、お泊り保育の風呂で確認済みだ」
「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃん」
他愛のない会話をしながら細い横道に入る。
景色が住宅街に変わった所で、昨日の出来事を悠人へ共有。
「でね、昨日ラゾーナに行ったら、厄介な男にナンパされてさ。仕舞いには腕も掴まれて」
「それは不運だったな。で、その後はどうなったんだ?」
「えっと……その後は、佐野さんが現れて」
「ん、佐野? 佐野って……まさか、あの王子様のことか⁉︎」
「そうだけど……なんか、驚くのがワンテンポ遅くない?」
「え、何が?」
「だって僕、男にナンパされたんだよ?」
「何を今更。俺は散々、お前の彼氏役を演じてきたんだから」
ケタケタと笑いながら答える悠人。まったく他人事だと思って。
まあ確かに。僕が男にナンパされるのは、今に始まったことじゃないか。
「さてさて、続きは?」
「……結局のところ、佐野さんが男の腕を剥がしてれたんだ。したらその男、半べそかきながら逃げて行ったよ」
「なるほど。まさしく、王子様の名に恥じない活躍で」
「うん、本当にカッコよかった。それにあの顔、至近距離で拝んだ上にいい香りがして、すごく興奮したな〜」
「……最低な感想だな」
「僕も年頃の男だからね。そうだな……多分、匂い的にはあのメーカーの柔軟ざっ⁉︎」
悠人の「コラっ」という声の後、僕の頭頂部に軽く痛みが走る。
どうやらチョップでもされたみたいだ。
「いった〜。なに、いきなり?」
「悪いな。犯罪予告が聞こえたもんだから、つい」
そう言って、悠人は意味ありげに笑う。
「まあ、何事もなく済んでよかった。それにしても、助けてくれた相手が
「……だから、僕は男だって。それに何? その、サンジョシンって?」
僕は首を傾げて尋ねる。
「それは俺らの代の女子生徒、中でも選ばれた三人を指す言葉だ」
「何それ、いつできたの?」
「一年の三学期だから、少し前だな」
「ふーん、知らなかった」
「そういうの、あまり興味なさそうだもんな。ちなみにメンツなんだが」
悠人は僕の素っ気ない返事を聞いても構わずに続ける。
「一人目は、太陽の様な明るさで周りを照らす青花のアイドル、
「あー、あのギャルっぽい人」
「そして二人目は、才色兼備で女子生徒を虜にする青花の王子様、
「王子様か……」
女神なのに王子様って矛盾してないか?
なんて疑問を僕は口に出さず飲み込む。
「そして最後の一人。天使のような愛らしい見た目から、ついた名は青花のかぐや姫。
「ふーん。よく知ってるね。悠人は」
「何でもは知らんぞ、知ってる……ま、人付き合いはあるからな。情報は勝手に入ってくる」
昔から社交性がある悠人のことだ。特に驚くことでもない。
あれ……なんか今、聞き覚えのある名前が出てきたような気が?
「ねえ?」
「三人目はお前だ、輝夜」
僕が確認しようと声を発した瞬間、喰い気味に悠人は答えた。
「……三女神ってのは、女子生徒から選ばれてるんだよね?」
「そうだな。女って漢字使うくらいだから」
「……なら、かなり不可思議なことが起きてるけど?」
「ああ。王子様なのに女神とか、ちょっと矛盾してるよな」
真剣なのかわざとなのか、悠人は真顔で答える。
「違う! もっと根本的におかしい問題があるでしょ?」
「冗談だって。まあ、選考委員会の寸評よると輝夜は『可愛いからヨシっ』とのことだ。人気も申し分ないしな」
悠人は誇らしげに僕の肩へぽんっと、優しく手を置く。
「に、人気があるって……僕が? お、おかしいな。できるだけ目立たない様にしてたのに」
「だとしたら、お前は自分を客観的に見れていないな。ぶっちゃけ、入学当初から男子生徒にとっては注目の的だったぞ。それに今でも、部活動停止事件は伝説だしな」
「だ、だってあれは……奴らがあまりにもしつこいから」
それは入学してしばらくのこと、多くの運動部が僕を毎日勧誘しにやって来た。どうもマネージャーにする魂胆が丸見えだったので拒否し続けていたら、待ち伏せ等の悪質行為が目立ったので生徒会に報告。その後に然るべき処置として、一週間の活動停止が施されたのだ。
「とにかく! 悠人が勝手に言ってるだけで、僕に魅力なんてないよ」
「ほ〜う。そういや輝夜、お前って一年のとき、何人から告白されたんだっけ?」
「えっ……二十人くらいかな? まあ、全員断ったけど」
僕の回答を聞いて、悠人が冷たい視線をこちらに向けている。
おかしい。なんで僕が悪いみたいな方向で話が進んでるんだ?
好きでもない人間に告白されて迷惑してるのはこっちなのに。大体、全員へ懇切丁寧に断りの謝罪を入れたんだから僕は悪くない。
それに告白と言っても相手は女子ではなく、全て男子生徒からだ。僕が男と知って諦めた奴はいいとして、挙げ句の果てに男でもいいと食い下がった上級生が五人も現れて処理が大変だったんだから。
だからこれ以上、厄介事に巻き込まれぬよう大人しくして来たつもりだ。
……なのに、
「三女神ってなんだよ……はぁ〜、この先の高校生活が思いやられる」
「大丈夫。お前なら立派な女神なれるさ、俺が保証するよ」
「そんなこと保証するな。たくっ、誰がこんな悪ふざけを?」
「今はわからなくても、そのうちわかる日が来るさ」
「いい感じの歌詞みたいにまとめても、僕は絶対に犯人を許さないからな」
「そう言われても……もうこの際、女神に選ばれたことは運命だと思って諦めろ」
「生憎、僕は運命なんて便利な言葉は嫌いだ。そんな不確かで曖昧な物に頼る気はない」
「そ、そうか。なんか輝夜って、いつも変なところで意地張るよな」
「別に……斜に構えてるだけだよ」
「ふーん。まあ俺も冗談で推薦したつもりが、みんな支持するもんだから後に引けなくなってなぁ。まさか、満場一致で決まるとは思わなかったよ」
僕は握った拳を反対の手で包み、ポキポキと小気味良い音を鳴らす。
「悪かったって! ほら、お前が好きなイチゴミルク奢ってやるから……それで許してくれ」
「ふん、絶対に許さない。……けど、イチゴミルクはもらってあげる」
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