星川くんに願いを
折原 なぞる
エピローグ とある男子の歪がある一日
今日は最悪な一日になるだろう。
「そこのお姉さん」と声を掛けられたとき、僕はそう悟った。
いつ身につけたのかわからない横柄な態度、根拠のない自信、痛めつけたような茶髪、いかにも遊び慣れていそうな雰囲気と不釣り合いなブランドもの。
全てが不正解のような名の知れないチャラ男に僕は絡まれていた。
「ねえ、いいでしょー? お茶くらいさ」
「嫌です。諦めてください」
「そんな冷たいこと言わずに、お願い‼ せめて三十分だけでも」
「……はぁ」
押し問答を繰り広げて数分。
早く解放してくれ、お前のきついバニラの匂いが僕にまで移りそうだ。
「いい加減にしてください。僕、アナタに興味ないので」
「……この見た目で僕っ娘とかもそそるわ〜。それに怒った顔も可愛いし」
ダメだ、まったく話にならない。
高校一年生の春休み最終日、たまには羽を伸ばそうと地元の大型ショッピングモールに足を運んだ。施設を散策し、休憩場所として設けられた中庭でのんびりする予定だったのだが……厄介な奴に目をつけられてしまった。
ちなみにチャラ男が必死になって口説いている相手。要は僕、
身長は自称160センチ(本当は157センチ)、女子のような中性的な顔立ちに、腰まで伸びた髪をポニーテールで結んでいるだけの……嘘偽りない男。
残念ながら、このアホは気づいていないようだ。
「……とにかく、僕はこれで」
「おっと、逃すか」
「きゃっ!」
逃げようとした僕の左腕を、チャラ男は容赦なく掴んできた。
「なっ、離して!」
「嫌だね。やっと可愛い子と出会えたのに、わざわざ見過ごす訳ないでしょ? でも俺は優しいからな〜。一緒に遊んでくれるなら、これ以上手荒な真似はしないけど?」
悔しいけど、自分より大きい男を打ち負かすほどの護身術なんて持ってない。
うーん、どうしたものか。
「────なあ、そこのお前」
半ば諦めかけたとき、清風の様な声と共に一人の救世主が現れた。
いや、正しくは王子様だ。僕より20センチくらい背が高く、まるでモデルのようなすらっとしたスタイルにショートウルフの髪が波のように靡いている。ボーイッシュでなに一つ無駄のない凛とした顔立ち。佇まいから仕草において全てが美しかった。
「は、なにお前? この子は今、俺が……イダダダダ‼」
その人はあっという間に、僕からチャラ男の手を遠ざけた。
「まったく、情けない奴だな。女の子一人まともに口説けず、最終的に力で脅すとは」
「くっ……しゃーねーだろ。んなことより、さっさと離せって……」
よほど力強く握っているのか、チャラ男は目に涙を浮かべ青ざめていく。
「なら、怖がらせたことを彼女へ謝罪しろ。そうしたら許してやる」
「……くっ……ださい」
「聞こえないぞ? もっとはっきり言え」
「ごめんなさいっ! もう許してください」
王子様はニコッと爽やかに笑いながらパッと手を離す。
解放された瞬間、チャラ男は逃げるように立ち去っていった。
「……君、大丈夫か? 怪我とかは……ないみたいだね。よかった、間に合って」
神々しさというか、圧倒的なオーラに畏敬の念を感じずにはいられない。
「おーい、聞いてる?」
「……えっ! あっ、えっと」
「ははっ。どうしたんだい、子猫ちゃん? ……もしや、このボクの美しさに見惚れてしまったのかな?」
キザな台詞を吐かれても、実際その通りだから不快感がまったくない。
「いや、その……ありがとうございました。助けていただいて」
「別に構わないさ。困っているようだったからね。では、ボクはこれで」
「ま、待って!」
「ん? どうした?」
僕はこのイケメン、いや彼女、
そんな佐野さんは、怪しみながら僕の様子を伺っている。
「そういえば君、確か青花高校の子だよね? たまに廊下とかで見かける……。あ〜、すまない。ボク、あまり面識のない子の名前は覚えてなくてさ」
「い、いえ、気になさらず」
「顔は覚えたんだけどね。君みたいに可憐で素敵な子、忘れられるはずが無いから」
「そ、それはどうも」
「それで君、名前は?」
「ああ、えっと……僕は、星川輝夜と申します」
僕の名を聞いて、不敵な笑みを浮かべる佐野さん。
「そうか、君があの星川さんだったんだね。噂はよく聞いているよ」
僕の噂ね。
きっと碌な話を聞いてないだろうな。
「……あの、佐野さん」
「おっと! いきなりで悪いが、ボクのことは颯って呼んでくれないか? あまり苗字で呼ばれるのは好きじゃなくてさ。もしくは、王子って呼んでくれてもいいよ」
顔を不用意に近づけてくる王子様。
「は、はあ。では……颯さん」
いきなり下の名前で呼ぶのは憚られるが、とりあえず続ける。
「もしよければ、この後……何かお礼させてください」
「是非! って、言いたいとこだけどすまない。今日はこの後予定があってね……ほらあれ」
颯さんが指差した方向には複数人の女性。僕を見る視線は心なしか、嫉妬と憎悪が混じっている気がした。これ以上、颯さんを独占したら命が危ない。
「な、なるほど……わかりました。では、また日を改めて」
「ありがとう、助かるよ」
颯さんは「またね」とクールに別れを告げ向きを変えて歩き始める。僕はそれをただ茫然と見送るだけだった。
さて、僕もそろそろ買い物を……あれ?
ふと足元に目をやると、そこには白くてふわふわしものが転がっていた。
「ん、なんだ……これ?」
さっきまではなかったのに、誰かの落とし物だろうか?
それを拾い上げ確認してみると、落とし物の正体はマスコットホルダー。『ホワウサ』という、白ウサギをモチーフにした女児向けのファンシーキャラ。大きな垂れ耳に丸みを帯びたフォルムに愛くるしい顔が特徴で、昔から人気の高いキャラクターだ。女児向けと言っても、最近は若年層の女性にも人気があるらしい。
この前、妹が教えてくれた。
そうなると、もしかしたらこれは颯さんのモノかもしれない。
さっき連絡先を交換しておけば、直ぐにでも確認できたのに……惜しいことをした。
幸い、同じ学校に通っているのだから、明日にでも直接確認すればいいか。
僕はパーカーのマフポケットにホワウサを突っ込み、気分転換に伸びをした。
騒々しい中庭を暖かい春風が強く吹き抜けてゆく。
呆れ返るような最低な日を、何気ない記念日へと塗り替えるように。
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