夢の中の夢

 曇天の空のもと鬱蒼とした森の中を、少女は一人、歩いていた。ボロボロな服装だった。

 少女の歩く道は、昔は森の奥の城から、最寄りの町まで伸びた道だったが、今では誰も通らず、誰も管理しないから、草は生え放題。殆ど獣道と言っても差し支えない。

 少女は自信の履いている、べこべこした靴を煩わしく思いながら、歩む度にじゃりじゃりと擦過音を鳴らす。

 ずっと歩けばいつか、何か見えてくるものだ。森の獣道は急にカーブをした。そのカーブを超えると、威風堂々とした城館が見える。この城館が設計されたときに、バーンと城館が現れたように見せるために施された細工だった。

 跳ね橋は降りた状態だった。ぼろく足を踏み出すのに少し勇気のいる木製の跳ね橋だった。水堀に溜まった灰色の水は、曇天を映して、水墨画のようだった。水堀を見下ろす少女の金髪以外には碌に色がなく、少女の存在を引き立てていた。

 少女は橋を渡った。

 橋から城館の入り口までは、なかなかの距離があった。広い城館までの空間は雑草が生い茂り、風が吹くたびに海のような波と音をたてる。

 少女は太股ぐらいまである雑草をかき分け進む、ガラス玉のような露で草が少女にぺったりとくっつき、たまに線となって足を伝った。

 雑草の浅瀬を渡り切り、少女が朽ちた城館の扉を開けようとしたとき、強風が吹き、森の木を、庭の雑草を強く揺らして、影だけのカラスたちを飛び立たせた。

 少女が開けようとした扉は風で薄く開いていた、中は暗く、よく見えない。一歩足を踏み出したところで、少女の意識は途絶えた。

 

 少女は夢の中で首筋に何か尖った物を、一インチのすき間をあけ、刺された気がしてゆっくりと目を覚ました。

 広い部屋の広いベットにただ一人。首筋をさすりながら、ゆったりとした曲と、着ている服が上等なネグレジェに変わっていることに気が付いた。

 ゆったりとした曲は楽譜よりもゆっくりと弾かれたゴルトベルク変奏曲アリアだった、ゆっくりと、ゆりかごが揺れるテンポで弾くのは、一打一打の低音をよく聞かせ、高音の繋がりをより、なまめかしくするためだった。

 少女は不審がりながらも、天蓋をどけ、ベットからおりる。部屋の壁紙は紅色で、壁の一面にはモローの絵画が掛けられていた。自然のなか一角獣とともに裸の女がいる絵である。

 少女は音楽の聞こえる部屋の外へ、花の香の吸い寄せられる蜂のように、向かった。

 部屋の外の長い廊下も壁紙は紅色でともすると、なにか巨大な生き物の体内で、腸のように見えた。等間隔で百合の花を模したようなガス燈があった、たまに明かりが揺らめき、廊下がうねうねと動くように見えることも、腸っぽさを醸し出していた。

 音はとなりの部屋から漏れているらしかった。少女は恐る恐る、扉を開けた。

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