第5話 高まる不安

「…す、すまない。大きな声を出して」

 ノックス様は落とした物を慌てて拾い、ポケットに入れた。


「い、いえっ 全然気にしておりませんからっ あ、そういえば…」


 私はごまかすように満面の笑顔を見せ、別の話を始めた。

 何を話していたのか全く記憶にない。

 私の関心は、ノックス様が落とされたものへと集中していたから。


 …崩れた布から見えたそれは、美しい髪飾りだった。

 金色の葉には真珠で形作られた薔薇の花。


 私への贈り物?と期待したけれど、それならあんな風に言われるはずがない。


 ううん、照れてらしたのかもしれないわ。


 けど、贈り物なら包装されるのでは?


 どこかで急いで買われたのかもしれないわ。


 もしかして…もしかしたら…


 期待と疑問が織り交ぜになりながら、ポケットにしまわれた髪飾りをいつ取り出されるのか…と私は考えていた。


 馬車が屋敷に着き、降りる際に手を差し出されたノックス様。


「こちらで大丈夫です。今日はありがとうございました」

 

「いや、屋敷の中まで…「いえ、本当に大丈夫です。どうぞ道中お気をつけて下さい」


 ノックス様の言葉に被せるように言葉を発した後、私はお辞儀をした。

 言葉を遮り、送って頂いたのに門先で追い返すかのような態度。

 失礼な事だと分かっている…分かっているけれど……


「…じゃあ、また連絡するよ」


「はい」


 私はノックス様が去るまで、お辞儀をし続けた。

 泣き顔を見られないために…


 結局、最後まで髪飾りが取り出されることはなかった。


 ノックス様は一人っ子だわ。

 女性の兄妹はいらっしゃらない。

 ではノックス様のお母様に? 

 それにしては作りが若い女性向きだった。


 なら、あの髪飾りは誰のためのものなの?


 高まる不安と共に、目からはあとからあとから涙が零れ落ちた。


 そしてこの数日後、ノックス様と女性の密会を目にし、髪飾りの行方を知る事となる…


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