第4話 ぎこちない距離感

 薔薇のつたが絡まるアーチを抜けて、広がった色とりどりの花々。

 中央に設置されている噴水が、キラキラと光りを弾きながら水が流れている。

 左右にはガーデンフェンスにわせたレイニーブルーいう紫色の薔薇が所狭しと咲いている。

 なんてきれいなの… 

 

 聞こえてくるのはお互いの歩く靴の音。

 この沈黙に私は焦っていた。


 ああ――――――っっ!!

 な、何を話せばいいのっっ!?


 あせった頭の中に、先程の仲睦まじいノックス様のご両親の姿が浮かんだ。


「ノ、ノックス様のご両親、とても仲がよろしいですね。伯爵様はいつも夫人を気遣っていらして、あんな…」


 “あんな素敵な夫婦になれたら…”と言おうとしながらノックス様を見たら、彼の眉間に深い皺が刻まれている事に気が付きとっさに言葉を止めた。


 「あ、あの…ノックス様?」

 

 「…そう見えますか…」

 

 そういうと、ふっと悲し気な顔をされたノックス様。


 私…何かお気にさわる事を言ってしまったの?

 ご両親の事に触れられたくなかった?

 とても仲の良いご夫婦に見えるけれど…


 私はドキドキしながら、自分が発した言葉を思い出していた。

 その後は話す事が怖くなり、再び沈黙が訪れた。


「…戻りましょうか」

 ノックス様はいつものような笑顔を見せながら言った。


「…はい」

 私は何が悪かったのか分からずノックス様の2歩後ろを歩きながら、お互いの両親の元へと戻ろうとした時…


「痛っっ!」


 ガーデンフェンスに咲いているレイニーブルーに、私の髪がからまった。

 急いで取ろうとすればするほどうまくいかない。


 『だからくせ毛は嫌いっ! ノックス様の前で…っ』


 半べそかきながら引きちぎろうかと思った時…


「動かないで」

 

 ノックス様が丁寧に絡まった髪をほどいて下さった。


「あ、ありがとうございますっ」


「いつもカールしているの?」

 

「え? い、いえっ その…く、くせ…髪なもので…」


「くせ髪…そうなんだ…」


 ふっ…と笑ったノックス様。


 『あ、やっぱり変な髪型と思われていたのかな…』

 私は勝手に想像し、勝手にへこんだ。


「やわらかくてかわいいね」

 そういうと、私の髪にそっと触れた。

 

 思いもかけないノックス様の言動に、私の心は舞い上がった。

 そして生まれて初めて、自分の髪質に感謝した。



 ◇◇◇◇



 両家顔合わせを終えた後、婚約が成立し結婚式を挙げるまでの半年間、お互いの交流を深める為に週に1日は二人で出かける取り決めをした。


 けれど一緒にいても、話すのはほとんど私。

 笑顔で聞いては下さっているけれど……

 

 私はいつも不安に思いながら話し続けていた。

 ノックス様が私といて、退屈な想いをしないように。


 出かける場所も…


 私の見たいところ

 私の寄りたいところ

 私の興味のあるところ


 …私の希望ばかり聞いてもらっている。

 そもそもノックス様にどこか行きたい場所がないか聞いても


「どこでもいいよ」


 そう仰るばかり。


 なんにも興味がないみたい。

 いえ、興味がないのは私といる事…?

 早く私との時間を終わらせたいがために「どこでもいい」と仰るのかも…

 

 …そもそも貴族同士の結婚はお互いの利点を考えての政略だ。

 彼からしたら、必要以上に親密になる気はないのかもしれない。

 侯爵家の後見を得て、跡継ぎを設ける事だけを望んでいるのかもしれない。


 だったら…少しでも彼に近づけるように努力する事は無駄な事なのかな…

 それどころか…彼が政略結婚と割り切って跡継ぎのみを望んでいるのだとしたら、

 私の言動はただただ迷惑なのかもしれない…


「……」

 そう考えたら、次に話す言葉が止まってしまった。


「…マリトニー? どうかしましたか?」

 ノックス様が、数歩後ろを歩いている私に声を掛けた。


「あ、い、いいえっ 何でもありませ……っ」

 その時、ノックス様の足元に布に包まれた何かが目に入った。


「ノックス様、足元に…」

 そう言いながら布の塊を拾おうとしたら…


「…っいい!!自分で拾うから!」


「!」

突然のノックス様の強い口調に、反射的に手をひっこめた。

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