第6話 お飾りの妻でいい

 コンコン


 「…マリトニー…入っていい?」


 扉の向こうから心配そうなお母様の声が聞こえる。

 きっと侍女から私の様子がおかしいと聞いて来られたのね。


 「……」

 

 私は返事もせず、布団を被ったままでいた。


 ガチャリ


 扉が開く。

 お母様が入って来たのね。


 ギシリとベッドが沈む。

 ベッドの脇に腰を下ろした事が分かる。


「…マリトニー…今日はノックス様の誕生日プレゼントを買いに出かけたのでしょ? 何かあったの?」


「……」


 言えるわけがないっ

 ノックス様に恋人がいるなんて…っ

 その女性かたひとつの部屋アパートメントに入って行ったなんて!


 もし言ったら婚約破棄になるのよね…


 私は被っている布団をぎゅっと握り締める。

 ノックス様には他に愛する方がいるのに…それでも私は婚約を破棄したくないと思っている。


 みじめだけど

 悲しいけど

 情けないけど…


 それでもノックス様のそばにいたいという気持ちがまさっていた。

 

 15歳の頃から見続けてきたノックス様。

 そんなノックス様の婚約者になれて、来世までの幸せを手にした気持ちになったわ。

 

 二人でお出かけした時に見せてくれるノックス様のお顔が目に浮かぶ。


 私の髪に触れた時に見せてくれたやわらかい表情

 馬車から下りる時に差し出される手

 私のたわいもない話を笑顔で聞いて下さる優しい瞳…


 例え、私への愛情きもちがなくても…夫婦として家族として一緒にいられれば…それでいい…

 そして…できれば…


「…お父様やお母様のような仲の良い夫婦になりたいです…」


「え?」


「それにノックス様のご両親のような…素敵な夫婦になりたいです…でも…そうなれるか自信がないです…不安でたまりません…」


「……」


 私の言葉に、お母様が戸惑っていらっしゃる空気を感じる。

 するとお母様がゆっくりと話し始めた。


「……貴族同士の結婚って…どうしても家同士の利益優先のところがあるから個人の感情は後回しになるけれど、お母様はお父様と結婚出来て幸せよ。でも…夫婦としての関係を構築していく事は一朝一夕ではできないわ。穏やかであたたかい日もあれば、荒れ狂う嵐が起こる事もある…そんな状況を乗り越えて夫婦となり家族となっていくものだと思うの…」


「…お父様とお母様の間にも嵐が起こった事があるのですか…?」


「逆に一度も波風の立たない夫婦なんているのかしらね? リオニー…ノックス様のお母様も昔はかなり苦労されたのよ。伯爵様がかなり…その…恋愛に対して自由な方だったから…」


「え! 伯爵夫妻がですか!? あんなに仲が良く見えたのに!」


 私は思わず布団をめくり、お母様の顔を見た。


「マリトニー…っ」


「あっ!」


 泣き腫らした目を見られてしまった!

 あわててまた布団を被ろうとした時、お母様がそっと私の頬に触れた。


「…不安な事があるのなら、一度ノックス様ときちんとお話してみてはどうかしら? 彼なら誠実に向き合ってくれると思うわよ? とにかく一人で抱えてしまうのはよくないわ。ますますすれ違ってしまうから、ね?」


「……はい…っ」


 お母様のやさしい手に安心し、また涙が零れて来た。

 その後お母様は、私が眠るまでそばにいて下さった。



◇◇◇◇



 今日は週に1度のノックス様との交流日。

 大事な話がある事を伝えて、ウィーター家でお会いしたい旨を事前に伝えていた。

 なので今は、ウィーター家の応接室でノックス様と対峙した状態で座っている。


 私は自分の気持ちを言おうと決めて来た。


 ノックス様はきっとあの女性と別れるおつもりはないはず。

 だって私に紹介しようとしていたのだもの。

 ならば私が出せる答えはただ一つ…


「ノックス様っ どうぞあ、愛する人を迎え入れて下さいっ わ、私は…二番目でも…っ お飾りの妻で構いません!」


「………え!?」 


「長い美しい黒髪の女性の方…ですよね?」

 

 ノックス様は、私の言葉に驚かれた。

  そして……否定もされなかった。


 貴族では夫が愛人を持つ事はよくある話。

 (お父様はお母様一筋だけど……と思う)


 大好きな大好きなノックス様。

 他に愛する方がいることはわかっています。

 

 だから私は形だけでもいいですっ


 他人ひとは、愚かな決断だと笑うでしょう。

 あきれるでしょう。


 それでも私は、あなたのそばにいたいのです!

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