第5話 本来の営業
「赤い屋根の家の…本来の営業?」
エクスは目を見開いてアヤを見つめる。
アヤは無言で頷き返した。
「あなたも、疑問に思っていたでしょう。なぜ私があんな場所に店を建てたのか。
なぜあのプレートを持っていたら店にたどり着けるのか」
アヤはゆっくりと目をつむり、そして目を開ける。
コン、と、一つつま先で地面をたたけば、たちまちあたりの景色が変わった。
石のように固まっていた村人たちは消え、あたりは白い靄に包まれる。
「ここは…?」
「ここは私の幻影の中。あなた方でいう魔法です」
「魔法!?」
魔法は、王家に伝わる秘術だ。
アヤさんは王家の人間だったのか?
「私は王家の人間ではありませんよ」
「え…?」
それなら、闇魔法使い…?
「私は赤い屋根の家を開くために、魔法を覚えた。あなたが持っていたプレートは、いわば赤い屋根の家までの道しるべ。本来それを持っていないと、あの店にはたどり着けなかった…。それなのに、なぜあなたはたどり着けたのでしょう」
アヤはコテンと首を傾げ、「答えは簡単です」と、指を鳴らした。
周りに漂っていた白い靄が晴れ、ボロボロになりながらも歩くエクスが映し出される。これは、初めて赤い屋根の家を見つけたあの時の画像だ。
「この時あなたは願った。生きたい、と。
強い願いが、あなたを私の店に案内した」
アヤはにっこりと、いつもの笑顔で笑う。
「さて、ここで本題。私のお店の本当の営業は、強く願った願い事をかなえること!
エクスさんからは聞き出せていなかったけれど、今強く願っていたから
私が自然とそこに引き寄せられた。さあ、答えてください。あなたの本当の願いを」
俺の、願い…?
アヤさんに会いたい。またあのお店に行きたい。
それは本当に、心の底から願ったことだ。
でも、俺が最後に願ったことは何だ?
そうだ、俺が最後に願ったのは―――
「俺は、とあるものが欲しいんです」
「とあるもの?」
エクスは頷き、自分の立っている地面を指さす。
そこは干からび、ひび割れていた。
「俺の村はずっと水不足で、だから滅びかけています。
それを助けるためには、人間を生贄とした「生き神」が必要なんです。
それを作るための材料が、あと一つで揃う」
「…それが、深淵の森の中央にある精霊と関係があったのですね」
エクスはゆっくりとうなずいた。
「深淵の森中央に住む伝説の生き物精霊。その羽の鱗粉が、生き神を作るための最後の材料。俺の本当の願いは、精霊の鱗粉を手に入れることです」
生き神の作り方は、50年も前の誰かが持って来た本に記されている。
人魚の鱗、白竜の角の欠片、火鼠の皮衣、そして精霊の鱗粉。
これらすべてを生贄に渡して、生きたまま土に埋める。
するとその土地に縛られた「生き神」が生まれるのだ。
生き神は、最初は真っ白な見た目をしているが、それを作った者たちの願いを聞き届け、少しずつ見た目が変化していく。
話を聞いたアヤは頷き、目を伏せる。
「…わかりました。それがあなたの願いなのなら」
ポケットの中身を出してください、とアヤがエクスを促す。
エクスは拘束から逃れ、ポケットの中身を渡す。
それは、真っ二つに割れた赤い屋根のプレートだった。
「…明日の14時。それまでに、あなたの願いは叶います」
絶対に、と呟いた後、周りの靄が全て晴れ、時が動き出す。
エクスは慌てて声を上げた。
「待ってくれ!」
「ん?」
兵士も手を止め、村長が怪訝な顔でこちらを見る。
「なんだね、エクス」
「明日の14時まで待ってください!それまでに用意しますから!
村に見張りをつけてもいい。俺が逃げられないように村を封鎖してもいいから!
逃げれば次に見つかった時、俺は死刑でいい!だから待ってくれ!」
そこまで言うなら、と、村長は執行猶予を与えてくれた。
そして次の日。
朝目が覚めると、俺の横には小瓶に入った、光の角度で色の変わる美しい鱗粉が置いてあった。
ー
「…あの人はこれから、幸せになれるのでしょうか」
アヤはそう呟いた後、棚から本を取り出す。
あの人に対しては、この店の営業を終えてしまった。
もうこの先どうなろうと、私は関係ない。
「…幸せに、なってくれるといいな」
チリン…。
扉がゆっくりと開かれる。
「あら?お客様ですか?」
アヤは明るい笑顔で新たな客を出迎える。
「いらっしゃいませ!ここは赤い屋根の家。
深淵の森にある、読書喫茶です!」
そこは、深淵の森の奥にある不思議な赤い屋根の店。
中にはずらりと本が並び
客の願いを叶えてくれる。
新たな客がまた一人、赤い屋根の店に訪れた。
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