第4話 エクスがいた場所

俺のせいだ。

俺のせいで村が滅びるんだ。


何度も何度も、村長や村の人から、言い聞かされてきた。

その言葉は、俺の脳裏に、意思に、刻み込まれている。

俺が頑張らないと。

俺が———を持ってこないと。

でないと、この村が滅びる。

20年も前から、必死で繋いできた努力を、絆を

無駄にするわけにはいかない。

そんなプレッシャーに押しつぶされて、死にたいと思ったのは、いつが最初だっただろうか。

深淵の森の奥に行けと、お前にしか頼めないと言われた時

ああ、死ねるかもしれないと、他の人に役目を押し付けることが出来るかもしれないと、そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を恥じた。

そして本当に潜って死にかけたとき、俺は初めて、自分は死にたくなかったのだと分かった。

痛みを無理やりにでも思い出させて、正気を保つ。

もし村に帰れたならと、淡い夢を見る。

それは俺自身が、生きたいと願ったからだ。

赤い屋根の家を見つけたとき、心から安堵した。

ああ、生き延びれるかもしれないと。


よくよく考えたら、おかしいのだ。

なぜ一度入ると出られないと言われている死の森の出口を知っているのか。

あそこは地盤がおかしいから、コンパスだって使えないのに。

通った帰り道に、目印なんてなかった。

隠れた名店、なんて言っていたけど、あんな場所、客なんて来れるわけがない。

来たとしても、見つかるわけがない。

常連のプレート?そもそも常連なんて作ることが出来るのか?

それになぜか、あのプレートを持っていたら赤い屋根の店にたどり着くことが出来る。

おかしいだろ。ただのプレートを持っているだけで、まるで導かれるように

店にたどり着くことが出来るなんて。

次々と疑問が湧いてくる。

それでも俺は、もう一度店に行くことは叶わない。

店長のアヤさんに質問することもできない。

—――を持ってくることに失敗してしまった俺は、その責任を償うために処刑されることが決まった。

一昨日も昨日も、牢に幽閉されて、今日がいよいよ死刑当日だ。

老い先短い人生だったな。18歳で処刑、なんて。

家族もいない、兄弟もいない。

そんな俺に価値を見出してくれた村人たちを、村長の期待を裏切ってしまったのだ。

当然の結果だろう。

(あぁ…またあのお店、行きたかったな)

牢の格子がグニャリと歪む。

またあのお店に行って、アヤさんにいらっしゃいませって

笑顔で迎え入れてもらいたかった。

店の秘密なんて関係ない。

どんな秘密をアヤさんが抱えていようと構わない。

またあそこで本を読みたかった。

アヤさんと話したかった。

アヤさんの料理を食べたかった。

(もっと…生きたかったな…)

もし俺が、村の人たちの期待に応えていたら。

俺がちゃんとしていたのなら

死なずに———を持ってこれたのなら。

またアヤさんと話せたのかな。

まだ生きることができたのかな。

「時間だ」

「…はい」

厳格な顔つきの兵に連れられて、村の中央まで歩く。

ああ、嫌だ。死にたくない。死にたくない!

あれだけつらかったのに。

責任に押しつぶされそうだったのに。

ゆっくりと膝をつく。

兵士の持つ大剣が、ゆっくりと上に振り上げられる。

もし、深淵の森であの店に出会わなければ。

そうすれば、あそこで死ねたのに。

こんなに、生きることに執着せずにすんだのに!

(あぁ…あんなお店、見つけなければよかった)

それか、俺が今からでも———を持ってこれたのなら…。


パキンッ


俺のポケットの中で、何かが割れた。

(ポケットの中…?まさか!)

縄で縛られているから、手なんて動かせない。

しかし、周りの様子がおかしい。

先ほどから誰も動かないのだ。

まるで石になったかのように。

(どういうことだ…?)

「エクスさん」

声がした方を向くと、そこには栗色の髪の少女が立っていた。

「アヤさん!どうしてここにっ…!」

アヤは悲しそうな顔をしながら、エクスに歩み寄る。

「本当は、少し立ち寄るだけのつもりだったんですけどね」

アヤは服が汚れることも気にせず、膝をつき、エクスと目線を合わせる。


「私は今からあなたに、赤い屋根の家本来の営業を行います」

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