第3話 店を訪れぬ常連

「…」

アヤは読んでいた本を閉じ、ため息をつく。

ダメだ。集中できていない。

料理の本を読んでも、裁縫の本を読んでも、ファンタジーストーリーを読んでも

何を読んでも、集中できていない。

ふとした時に何度も窓の外を見て、あの人が来ていないか確認してしまう。

(料理…は、ダメですね。ふとした時に窓の外を見て火事になっていた、なんて

笑えない冗談です)

昨日も一昨日も来てくれたのに、今日は来てくれないのだろうか。

時間はすでに午後9時をまわっている。

普段なら、午後7時頃に来てくれるのに。

(…まあ、二日で常連扱いしている私がおかしいのかもしれませんね)

たまたま用事があっただけ。

偶然ここに来ることが出来なかった。

普通の喫茶店なら、よくあること。

アヤは自分の気持ちを落ち着かせ、再び本を開き、読み始める。

しかし5分とたたず、窓の外に目をやった。

(…私はあの人のことを、どう思っているのでしょうか)

三日三晩深淵の森を彷徨っていた変人?

店に来て笑顔で料理を食べてくれるお客様?

それとも―――。


(…を使えば、きっと探せるんでしょうね)

この国には、不思議な動物がいくらか存在する。

国のはるか上空を永遠に飛び続ける白き竜「白竜」

海辺で優雅に歌を歌う人と魚のハーフ「人魚」

この森の中央に住んでいる謎多き生物「精霊」

この国の南の果ての小さな巣穴に住んでいる炎をまとった鼠「火鼠」

人間を生贄として捧げる代わりに、神同然の力を与えられた「生き神」…

そして、王家に伝わる秘術を扱う人間「魔法使い」

魔法使いは基本的に王家にしか仕えていない。

ほんの少し流出してしまった情報を密かにかき集め、独自で魔法を使おうとする輩は「闇魔法使い」と呼ばれている。

(あの人に執着しているわけじゃ、ない)

あの人はただのお客様だ。

そんな特別な感情はない。

それでも、もし次訪れるのが最後となるのなら———


(赤い屋根の家本来の営業をしなくてはならなくなる)



その次の日も、またその次の日も

エクスが赤い屋根の家を訪れることはなかった。

(…生きてますよね?)

まさか店に来るために深淵の森に入って迷ったんじゃ…。

そんな心配が頭をよぎるが、いや、プレートを渡しているんだし

この店にくるために迷うことはないはずだ、と思い直す。

(…そういえば、なぜあの人は深淵の森に来たのでしょう)

やはり中央に住む精霊が目的?

それにしては、あまりにも無防備すぎた。

別名死の森と呼ばれる深淵の森に、あんな軽装で挑むとは思えない。

まるで身投げをしにきたような…。

それでも確かに、エクスには何らかの目的があるように見えた。

アヤはあの日の、エクスがアヤを見た時の少し残念そうな目を思い出す。

まるで、探しものをしていた時に、違うものが見つかった時のような

過去の期待と失望が入り混じった目をしていた。

(…昔、同じような目をした人が店に来ていましたね)

その人はとある本を探していた。

森の中央にいる精霊が持っているという、とある儀式を行うための本。

そういえばあの人も、明るい茶色の髪だった。

(…まさか、ね)

アヤは本を本棚に戻し、閉店の準備を始めた。

閉店にはまだ少し早い時間だった。

アヤは素早く店を片付けると、赤い屋根の家の看板に、「Close」の札をかけて

森の出口へ向かった。

(あの服装と話し方のイントネーション…おそらく、ここから少し離れただ)

アヤは前に店に来ていた男を思い出し、まるでそれが嫌な思い出であるかのように首を振って速足で歩きだす。

(…大丈夫、ですよね)

街の灯りが見えてくる。

街に入ると商店街や露店の光で目がくらむ。

アヤは一瞬だけその眩しさに目を細め、何事もなかったかのように奥へ進む。

しばらくすると商店街の光はなくなり、奥に静かな灯明りが見えてきた。

(…少し、立ち寄るだけですから)

アヤは自分にそう言い聞かせて、村の中へ足を踏み入れた。

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