第2話 コーンポタージュ
—――どうして何も持たずに帰ってきた!役立たず!
—――この村にはお前の力が必要なんだぞ!
—――お前が…を持ってこないと、この村は滅んでしまう!
ごめんなさい。うまく持って帰れなくて、ごめんなさい。
全部全部、俺が悪いから。
またちゃんと持ってくるから。だから———
「…夢」
朝、目が覚める。
なんとなく昨日の出来事も夢な気がして、プレートを置いた机の上を見る。
そこには朝日を受けて静かに光る赤い屋根の家のプレートが置いてあった。
(夢じゃなかったんだ…)
暫く布団の中で昨日の出来事を思い出し…慌てて飛び起きた。
こんなことをしている場合ではない。早くしないと村長の家の掃除に遅れてしまう。
慌てて赤い屋根の家のプレートをポケットに突っ込み、家を出た。
「…はぁ」
早く夕方にならないかな、と、無意識に思っていた。
夕方になれば、村長の家の掃除も終わる。
そしたらお金とプレートを持って、深淵の森に入って、赤い屋根の喫茶店に…。
あそこで食べたカツサンドという食べ物が、未だ忘れられない。
他にどんなメニューがあるのだろうか。
アイスクリームという甘い氷菓子は、ばにらという味付けだったらしい。
他にも色々な味があるから、ぜひ食べに来てください―——そう言って笑うアヤさんの笑顔も、脳裏に焼き付いて離れない。
あそこに並べられていた本だって、読んでみたい。
一応簡単な文字なら読めるし、俺だって「本」という高価なものに憧れが無い訳ではない。
掃除が終わり。最後に村長の家の井戸から水を汲み上げようとする。
コツン、と音が鳴って、木製のバケツが井戸の底に当たる。
(…ああ、残りの水が少ない)
やっぱり深淵の森の中央まで行かないと。
でないと、この村は———。
ー
チリン、と、軽やかな鈴の音が鳴る。
奥の少女は「いらっしゃいませ!」と笑いかける。
「昨日ぶりですね、エクスさん!本当に来てくれたんだ!」
「はい…今回はちゃんと、お代も持って来たので」
アヤは満足げにニッコリと笑って、「お好きな席へどうぞ」と、エクスを席に座るように促した。
「ご注文はお決まりですか?」
「うーん…前に食べた、カツサンドっていうのがまた食べたいかな。
後は、アヤさんのおすすめで」
「分かりました!夕ご飯、ここのメニューにしますか?」
「そうしようかな」
アヤは手に持っていたメモ帳に何かを書き込み、台所に入っていった。
その間に、エクスは本棚に目を移す。
(…いろんな本がある)
村長の家にも、こんな大量の本は無かった。
それほど本は貴重なものなのに、それが100を超える数並べられている。
(…読んでもいいかな。いいよな。アヤさん、読書喫茶って言ってたし)
本棚に近づき、恐る恐る本に手を伸ばす。
緑色の表紙の本を一冊、席に持ち帰り、ゆっくりと開く。
紙独特の何とも言えない匂いが、緩やかな風となりエクスの茶色い髪をくすぐる。
自分の数少ない知識を叩き起こし、エクスは本の世界へ没頭した。
「おまたせしました。カツサンドと、コーンポタージュです」
「コーンポタージュ?」
コトリと置かれた皿には、薄い黄色のスープが入れられている。
「コーン…トウモロコシをペースト状にして、牛乳や調味料で味付けをしたものです」
湯気と共に、コーンの甘い香りが漂ってくる。
エクスはスプーンでコーンポタージュを掬い、口に入れた。
「わっ、トロトロでおいしいです!」
「フフン、何といっても、アヤさん特製オリジナルコーンポタージュですから!」
「コーンスープなら聞いたことがあったんですけど…。コーンの触感が少し苦手で」
アヤは、わかります!とうなずいた。
「でも、これならコーンが粒で入っていないから飲みやすくていいですね!」
「はい!コーンスープも、牛乳と片栗粉を入れると。とろみが出ておいしいですよ」
エクスはちゃっかり心にメモしておいた。
「そういえば…アヤさんって、ここの店長なんですか?」
「はい!こう見えて、このお店は私一人で経営しているので!」
アヤは自慢気に胸をはった。
「さて…もうそろそろ閉店時間です。エクスさんも村に帰られた方がよろしいのでは?」
「そうですね。俺もそろそろ帰ります」
エクスはお代を払い、裏口から店を出て、村に帰っていった。
(あの人、明日も来てくれるでしょうか…)
来てくれるといいな。アヤは一瞬だけエクスの笑顔を脳裏に思い浮かべ
閉店の準備を始めた。
エクスは家に帰り、赤い屋根の家のプレートを見て笑う。
(明日も行こう)
料理もおいしかったし、本も面白かった。
今度は何を頼もうか。
アイスクリーム?それとも、あのメニューに書いてあった「ビーフシチュー」というのを頼んでみようか。
エクスはそんなことを考えながら眠りにつく。
そして次の日、エクスが赤い屋根の家に現れることはなかった。
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