空想話
志央生
空想話
「なぁ、マスター。空想話をしないか」
カウンター席に座る常連客の男との雑談だった。彼が以前に自分が所属する大学のサークルについて語っていたことを思い出す。壁の鳩時計を確認しながら、閉店時間までの暇つぶしには丁度いいかと彼の提案に乗っかることにした。
「いいですね。お付き合いしますよ」
「そうそう、そう来なくっちゃ。俺の練習相手として付き合ってもらおうかな」
彼はウキウキした顔で「どうするかな」と呟いてから手を打った。
「そうだ、空想からとってお題は『空』に関連することにしよう。たとえば、空はすでに宇宙人によって制圧されていて、いつでも地上侵略ができる状態にあるんだ」
机に肘をついて男は饒舌に語り出し、宇宙人が大気圏に艦隊を待機させていて常に砲台を地上に向けているが人類はそれに気づかずにいるのだと熱弁する。
「時々、空飛ぶ円盤の目撃情報が出るがあれは偵察機なんだ。あちらさんは俺たち地球人を観察してどうするか考えてるんだよ」
「なるほど、侵略後の原住民族の扱いを考えていると」
「そういうこと。人類の歴史を遡っても侵略した土地の原住民族は奴隷にされたりしていたんだ。宇宙人だって人間と同じ考えを持っていたっておかしくないだろう」
「それは面白いですね。人間と同じ思考を持って宇宙人も行動する。なかなか興味深い」
「もしかしたら、すでに地球には宇宙からのスパイが送られてきているかもしれないな。マスターはどう思う」
ある程度の話を終えたのか彼はコーヒーを一口飲んでから私に話を振ってきた。手慰みに拭いていたソーサラーを置いて思案する。あくまで空想の話であって現実に沿ってなくてもいいのなら話を広げるべきか。
「一部の人間はその事実を知っているかもしれませんね。たとえば、とある大国はすでに接触を図っていて宇宙人の技術の一端を手にしているとか」
恐る恐る口にしてみた答えに男は笑顔を返してきた。その反応を見て体の内が震えた気がした。
「ほぉ、それは面白そうな展開だ。ただ、そうなると宇宙人側にメリットがないな。その技術に見合う対価として何を大国は渡したんだ」
「そうですね、ここではあえて何も渡していないことにしましょう」
「何も渡していない、ってのは少しズルくないか。空想の話とはいえ、その逃げ方は」
「いえいえ、逃げているわけではありません。宇宙人側には渡すこと自体にメリットがあるから見返りを求めなかった、というのが正確です」
そう私が笑みを浮かべて返すと男は身を乗り出して聞いてくる。その姿に気分が乗ってきて一層空想話に熱が入る。
「彼らは私たちが手に入れた技術をどのように使うか観察しているんです。実験を見るような感覚に近いでしょう」
「動物実験みたいなものか。それならありえるかもしれないな。技術提供もこちらからすれば革新的なものだったとしても、それが宇宙人にとって時代遅れの技術であれば脅威にはならない。それなら、見返りを求めずに行動観察だけに徹するのも頷ける」
口から出てくる言葉に任せて喋り、中身の生合成など考えてはいない。それなのに男との空想話は止まることを知らない。私が語れば彼も語る。交互に渡されていく話のバトンがどこに行き着くか見当もつかない。
「ただ、人類も馬鹿じゃない。渡された技術がどれだけ凄くても、それが最新のものではないことには気づいている。そこで、宇宙人との融和を目的にした組織を立ち上げた」
「融和、ですか。確かに人類にとっては望ましい形かもしれませんが、宇宙人としては侵略して支配してしまうほうが手っ取り早いのでは」
「それは違うな。融和の道として人類の中に宇宙人が少しずつ紛れて共存したとしたらどうだ。外見は人と同じで言葉を交わすことができてコミュニケーションも取れて人間社会に溶け込む。そんな風にして少しずつ人の中に宇宙人が増えていけば、いずれは人類よりも宇宙人の比率が高くなるかもしれない。そうなれば、武力で侵略するより平和に侵略が完遂できるわけだ」
「つまり、今こうして話している相手も宇宙人かもしれないと」
「そういうこと。マスターは飲み込みが早いね。あとは、空には宇宙からやってくる船専用のエアポートがあって人の目には見えないよう宇宙の技術が用いられているんだぜ」
「すでに宇宙人と共生していて、宇宙航空すら可能である。というのは面白いですね。ですが、そこまで関係性が発展しているのなら、エアポートを空に作らなくてもいいのではないですか」
そう問う私に彼は舌を三回鳴らして答えてみせた。
「甘いね、マスターは。地上だと民間人に見つかる可能性が高いだろう。それよりかは普通の人間が簡単に近づけない空に作るほうが発見されるリスクも減らせる。そうでないにしても大陸の面積を考えるとなると余計なものを作る余裕はないからね」
満足気に語る男はコーヒーに舌鼓をうち、これ以上の話の展開はないだろうとやり切った顔をしていた。
「それで空にあるエアポートは一箇所だけなんですか」
彼の隣に腰掛けた女性が会話に入り込むように問いかけてきた。あまりにも突然の乱入に私は驚いたが、彼はもっと驚いていた。
「なんで君がここにいる」
苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せて男は彼女に聞くが「わたしもここにはよく来るので」と軽やかに返す。
「それで、空にあるエアポートは一箇所なんですか」
「そ、それは」
先ほどまでの満足気な顔は消えて男は口を一文字に閉じてしまった。
「部内で勝てないからと外でおおっぴらにやるのはどうかと思います。それにお店の方にも迷惑をかけて」
ため息が聞こえてきそうなほど呆れた表情を浮かべた女性は彼の知り合いであった。
「いえ、私は迷惑していませんよ。むしろ楽しい話でしたし」
精一杯のフォローと場を収めるため彼女にコーヒーを淹れてテーブルに差し出す。
「そう言っていただけると幸いです」
小さく頭を下げてからコーヒーに口をつけ、落ち着いた雰囲気を見せる。
「ほらみろ、マスターもこう言ってるんだ。余計なお世話なんだよ。こっちは楽しく空想話をしていたのに水を差すようなことをしやがって」
やっと場が収まったかと思えば彼がまた捲し立てるように言葉を発した。私は思わ額に手を当てたくなったが露骨に示すわけにもいかず心の内でため息を吐く。
「いいですか、こういう場合は本音がどうであろうと隠して世辞を言うのが普通なんです。言葉のままに受け取って問題ない、なんて言わないで」
声を荒げずに静かに言った彼女に再び彼は口を閉じた。ただ、目には何か言い返してやりたい、という意思があるようだった。
「もういいでしょ、帰りますよ。いつまでもいるのはお店に迷惑です」
そう言って男の腕を引っ張るがぴくりともしない。拗ねた子供と思えば可愛く見えるのかもしれないが分別のつく大人がやると厄介だ。確固たる意志で椅子に鎮座し、誰がなんと言おうと納得する回答を得ない限り立ち上がることはない。
彼女もそのことに気づいているのか心底面倒くさそうに深くため息を吐いた。その様子から彼がこのような行動を取るのが初めてではないことが伺えた。
「はぁ、もう。どうしたら帰るんですか」
渋々ながら彼女が尋ねると男は「もう一回だ」と小さく答えた。それが空想話を指すことは私でも理解できた。
「わかりました。それで満足するのなら付き合いますよ」
彼女は彼の隣に腰かけて今度は正式にコーヒーの注文をしてくる。これからのことを考えるとじっくりコーヒーを淹れても問題ない気がした。
「それで、お題は何にするんですか」
「それは決まってるだろ。『空』だ。さっきは横から入ってきて俺の話を邪魔してきたが、今度はそうはいかないからな」
「はいはい、わかりました」
息を吹き返したように彼は急に強気に話し出してから「マスターも参加してくれ」と頼んでくる。チラリと彼女を確認すると小さく頭を縦に振ったのが目に入った。
「それで、さっきは宇宙人やエアポートの話をしていたようですね。それなら、実は空が実在しないとしたらどう思います」
淹れたばかりのコーヒーを渡すと彼女はそれを受け取りながら空想話を語り始めた。お題である「空」が実在しないとする考えは面白そうだと興味をそそられる。
「はっ、君のパターンは大体同じだな。小難しそうな話題にして人を煙に巻く作戦だろ」
「そういう訳じゃありませんけど。まぁ、あなたには理解できない話かもしれませんね」
話が進む前に隣席する二人のいがみ合いが激しくなってしまった。私は慌てて続きを促そうと「それで空が無い、というのはどういうことでしょう」と問いかけた。
「ごめんなさい。そうですね、空が無いというのは本物の空が存在しないということです。代わりに偽物の空が存在しています」
「それみろ、ややこしいことこの上ない説明だ。最初から本物の空はなくて偽物の空がある、と言えば済むことを」
「黙っててください。それにこれは空想話ですから、相手を話に引き込ませることを考えて遠回りでもいいんです」
一つ進むごとにこうもいがみ合っていては時間がどれだけあっても終わらない気がしてくる。かといって、彼女だけを優先すると確実に男が拗ねるのは先ほどのことを思えば目に見えている。
「いいですか、お題はあなたが出したものに乗ったんです。それなら、話はわたしの好きに進めて問題ないでしょ」
「いや、ある。問題大アリだ。君の好きに話を進めたら君の独壇場になるのは今までの経験でわかりきっている」
「独壇場、って言いますが話に乗っかってくる人も設定を詰めてくる人もいるでしょう。そこにいつもあなたが入れていないから独壇場なんて言っているだけです」
「なっ、後輩のくせに先輩に向かって言っていいことと悪いことがあるだろ」
「こんなところで先輩後輩を持ち出してくるなんてダサいです。それに本当のことなんですから言って悪いことなんてありません」
目の前でヒートアップする口論に私は耐えかねて一つ咳払いをした。それが耳に届いたのか二人ともこちらに顔を向けた。
「ご提案があるのですが」
私は笑顔を作って彼らを見る。どちらも気まずそうな顔をしていたが、私は口を止めることはしない。
「お二人が公平でないと言うのなら、私から空想話の提案をさせていただくのはどうでしょう。そうすれば、どちらかに有利になることはないと思いますが」
そう言ってからっぽになっていたコーヒーカップにおかわりのコーヒーを注ぐ。少しの沈黙の後に二人揃って「それでお願いします」と口にした。
「では、ある日空に大きな穴があいた、とします。この穴が一体何なのか、これを空想話として語りましょう」
私の言葉を聞いて彼らは考え込むような姿勢をとる。私もこの話をどう広げていくか検討する。空に穴があいたらなんて荒唐無稽な話だが、今はどれだけ変な話であっても真剣に語ることができると思うと楽しくなってきた。
「その穴は空全体を覆うほどの広さですか」
最初に口を開いたのは彼女だった。穴がどれだけの大きさなのか決める大事な問いに私は少し沈黙してから答えた。
「空全体を覆うほどではないですね。肉眼でもはっきりと見える大きさで形は丸型とします」
それを聞いて彼女は「そうですか」と口にして再考に戻るが、隣に座る男が今度は声を上げた。
「誰も話をしないみたいだから俺から先手を取らせてもらう」
生き生きとした声音からどれだけ自信があるのかがわかる。私は手を向けて発言を促す。
「空にできた穴からは定期的に何か物が降ってくる。それは大小さまざまなんだが、落下時に衝撃が起きないようになっている」
ふん、と鼻を鳴らす音が聞こえそうなほど胸を張り、自信あり気に語る彼に私は何も言えなかったが、彼女はそうではなかった。
「話を進める上である程度の不確定な要素は認めましょう。ですが、落下時に衝撃が起きないようになっていることの説明はしてください」
その言葉を聞いて彼は舌を三回鳴らしてから話を続けた。
「甘いな、落ちてくるものが不明なんだから落下時に衝撃が起きない理由の説明は今の檀家では不要だろ。まぁ、俺がこのまま語っていいなら話してやらんこともないが」
水を得た魚の如くスルスルと動く彼の口が不要な煽りを彼女にしている。これでは先ほどの二の舞になってしまうと思い私は横から割って入った。
「それなら、一度語っていただいて判断しましょう。納得のいくものであればそのまま進めるということで」
肌がピリつく空気が目の前に漂っているが、彼女が「聞くだけなら」と折れる形で収拾がついた。
「じゃあよく聞いておけよ。落ちてくるものは現代では作ることのできない技術で製造されている。だから、落下時に衝撃が起きないような仕組みになってるんだ」
自信満々の男の答えに大きなため息が聞こえる気がした。ピリついていたはずが冷めた空気に変わっている。
「少しでも期待したのが間違いでした。あぁ、本当にどうして」
額に手を当てて深く落ち込む彼女に彼は「ぐうの音も出ないか」と勝ち誇った顔で突っかかったが「違います」と強い口調で否定されてしまう。
「わたし、なぜ落下時に衝撃が起きないのかを聞きましたよね。それなのに、現代で作れない技術だからそういう仕組みになっている、なんて答えを待っていたわけではないんです。もっとあるでしょ、あくまで空想話なんですから非科学的でもいいから理屈を用意してくれないと誰も納得しませんよ」
溜まりに溜まっていたのか彼に対して一気に捲し立てる。その勢いに気圧されて男は体を後ろに引いた。
「そんな曖昧な内容では納得できません。なので、あなたの話は却下させてもらいます。マスター、それでいいですね」
「えぇ、大丈夫です」
口を挟む暇もなく彼女のペースで話はまとまってしまった。仲裁をするつもりで提案したことだったが間違いだったかもしれないと思った。
「それで、空に穴があることと彼の意を汲んで『物が落ちてくる』という話を採用するとして何なのかが重要になりますね」
「物が落ちてくる、なら私としては未来から送られてきているというのはどうでしょう」
使い終わったカップを拭きながら私が発言すると「悪くないですね」と彼女が言って話に設定が加わった。
「未来から送られてきた、という設定なら先ほど出ていた落下時に衝撃が起きない理由も反重力装置のような技術が用いられていたから、で説明ができませんか」
「まぁ、それなら妥協できないことはありませんけど」
そんな私と彼女のやり取りを一歩引いて聞いていた彼は顔をにやけさせて話に割って入ってきた。
「なんだかんだ言って俺の話を使っているじゃないか。ったく、さっきは納得できないだの却下するだの言ってたくせによ。俺の作った話に乗っかるしかできないとはね。いくら偉そうなことを口にしたところで出るわけよ、本当の実力差ってやつが」
彼はそう息巻いて私たちを見ながら「ほら、続けろよ」と、この空想話が自分の手柄のような態度をとってきた。その姿に流石に私も苛立ちを隠せなくなりそうだったが、先に動いたのは彼女だった。
「勘違いもいい加減にしてください。あなたの言った話は誰でもすぐに思いつく内容であって、そこにアイディアも工夫もありませんでしたよね。そのうえ、詳しい説明も用意してなかった。わたし達はあくまでもその大枠を再利用しているに過ぎません。いったいどこにあなたの手柄があるんですか」
机を手のひらで叩いて溢れ出る怒りを抑えているようだった。彼女の言葉に彼は口をもごもごと動かして聞き取れない声を出していたが、無駄な言い訳は通用しないと思ったのか降参するように両手を上げた。
「ちゃんとした説明ができるのなら話に参加してもいいですけど、さっきみたいな曖昧な空想話をしたら次は許しませんからね」
その言葉に男が首を縦に振ったことで、私たちは空想話に再び戻ることができた。
「それで未来から物が送られてくるのはいいですけど、理由は何なんですか」
「現代で売り捌いて一攫千金狙い、なんてのはどうだ」
「それは少し無茶がありませんか。私が最初に言った穴の大きさは人目につくサイズですから、個人の目的としては目立ちすぎだと思います」
「それもありますけど、大体その一攫千金を狙っているのは誰なんですか。未来から物を送ってきているとして、現代に送り主が来れなければ計画自体破綻するでしょ」
「ほら、それは未来から物を送れるならタイムマシーンも開発されている可能性があるだろう。それで未来から来ているとかで」
「はぁ、どうせそんなことだろうと思いましたけど。それも結局破綻してますよね」
「なんでだよ。どこもおかしいところなんてないだろうが」
「いえ、私も聞いていておかしいと思いました」
「げっ、マスターもかよ。じゃあ、どこがおかしいんだよ」
「では、遠慮なく。根本的にタイムマシーンがあるなら空に穴をあけてまで物を送らなくてもいいという点です。売ることを考えても大きすぎる物を運ぶのは手間がかかるし、持ち運びしやすいもので数を売ったほうがいいでしょ」
「それもあると思いますが、私としてはタイムマシーンが発明されているのなら未来から人が多く現代に流れ込んできている可能性が考えられます。そうなると同じ考えをする人が他にいてもおかしくありません」
「いや、でもだな。もっと考えれば何かいい策が」
「それなら、別の理由を考えたほうがいいでしょうね。すでにいくつも破綻しているのに無駄に粘るのは得策じゃありませんから」
空想話に熱が入り私も遠慮なく会話に交ざる。進みは遅いが少しずつ話が固まっていくのはやっていて楽しくなってくるものだ。そう思うと最初に彼の話に乗っかった自分に賢明な判断をしたと褒めたくなった。
「未来から物が送られてくるのは攻めてくるためだ。未来から現代に攻め込んでくるんだよ」
「はぁー、それで理由は」
諦めずに男はいくつも話の続きを提案するが彼女は容赦無く切り捨てる。私が口を挟む間もなくことごとくバッサリと。
「現代の環境問題が影響して未来は大変なことになっていて、その原因を断ち切るためにやってくる、これならどうだ」
「そうですね、たしかに割とまともですね。ただ、一つだけ言うな狙われたのがなぜ現代なのか。環境問題を問題視するなら産業革命期や文明が飛躍した時期でもいいはずですけど」
「いや、それは都合で」
「それはダメだと言ったはずです」
こんな応酬を何度も繰り返していて、見ているだけの私も彼に同情してしまうほどだった。
「まぁまぁ、落ち着いてください。楽しくできれば私は十分ですから」
助け舟を出す形で声をかけて彼女の言葉を止める。言い足りないという表情を浮かべながらも「それでいいなら」と、こちらの意見に折れてくれた。
「では、話を戻しますけど『未来から物が送られてくる理由』ですが何かありますか」
そう言って彼女の視線がこちらに向けられた。ここまで何も話に関わってきていない私に理由を求めているのだと悟った。
「えぇ、そうですね」
軽く咳払いをして少しでも時間を稼ごうとするが、そんなことでアイディアが出てくるわけもない。ただ、視線の圧だけが強くなるだけだった。
「未来から不要になった物が送られてきている、というのはどうでしょう」
無言の空間に負けて、私はパッと頭に浮かんだことを口にしていた。そこに何か考えがあるわけでもないのに思いついたことを言って、その場をやり過ごすことを選んだのだ。この後にあるのは彼と同じように詰問される未来だろう。そう思い潔く腹を括り、私を咎める言葉を待ったがそれはなかった。
「不用物が送られてくる、というのはアリだと思います」
「その手があったか」
カウンターの二人が予想外の反応を見せていた。その光景に私の心が躍り出しそうになる。
「送られてくる物が決まりましたし、次はなぜ送ってきているのかを」
「このまま私が話を続けてもいいですか」
逸る気持ちを抑えつつも、人の言葉に被せて話しかけてしまう。それを見て彼女は「えぇ、どうぞ」と少しだけ引いた様子を見せたが構わずに語り始める。
「不要になった物はどんな方法を用いても壊すことはできません。それは現代であっても未来であっても同じです。そんな物をたくさん作り続ければどうなるか」
そこまで言って私は彼らの反応を見る。彼女は頷きながら話を聞いており、彼は虚空を見つめて固まっていた。
「壊せない物が大量に作ったとして、それが不要になったとき処分ができない。そうなればそのまま放置するしかない。けれど、それを未来に置いておくのは邪魔になる」
「だから、過去に送ることで解決を図った。そう言いたいわけですね」
私はこくりと頷いてみせると彼女は「なるほど」と言って笑顔を浮かべ、その隣で彼は冷めたコーヒーに角砂糖を一つ落として「ゴミ箱みたいだな」と呟く。
同時に壁の鳩時計が鳴いて閉店時刻を告げた。
空想話 志央生 @n-shion
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